作品タイトル不明
罠スキルのルール
「甘露寺くん、ちょっと気になったことを試してみたいんだけど、俺に『バネ床』と『スネア』を仕掛けてみてくれないかな?」
実技終了後、佐藤講師が目を輝かせながらそう提案した。プロの探索者が一介の学生のスキルを身を以て体験したいと申し出るのは異例のことだ。悠太は戸惑いながらも、佐藤の立つ位置を対象に魔素を練ろうとした。
しかし、その瞬間に脳内へ流れてきた通知に悠太の手が止まる。
「……あの、佐藤さん。消費魔素量が跳ね上がりました」
「どれくらいだい?」
「バネ床とスネア、どちらも一つにつき600と出ています」
悠太の報告を聞き、佐藤は「なるほどな。さすがに万能と言うわけではないか」と深く得心したように頷いた。
「やはり対象の難易度に応じて必要な魔素量が変動するんだな。スキルそのものに決まった消費量があるのではなく、その事象を成立させるためのコストを要求されているわけだ」
悠太はこれまでの戦いを思い返す。
スライムや牙ネズミなら、どのスキルも「5」程度で発動できた。しかし、先ほどの人形には「12」を要し、今、目の前のベテラン探索者を相手にすると、その50倍もの魔素を要求される。スキルの出力そのものが対象の格に合わせて自動調整されているのだ。
「なら、次は『落とし穴』だ。俺を対象に構築してみてくれ」
佐藤の更なる要求に悠太がスキルボードを覗き込むと、そこにはさらに絶望的な数字が並んでいた。
「ご、五千五百です。今の俺の全魔素量の数十倍。発動できません」
「俺を消すには、それくらいのコストがかかるということか。じゃあ、対象をさっきの人形に設定して、もう一度俺の足元に作ってみてくれ。それなら作れるだろう?」
言われるがまま、悠太は先ほどの人形を対象に設定し、佐藤の足元へ『落とし穴』を構築した。今度は先ほどと同じ消費魔素50なので、あっさりと術式が完成する。
「よし。じゃあ、作動するか試してみるぞ」
佐藤は躊躇なく悠太が設置した死の口へと足を踏み出した。
「危ない、佐藤さん!」
悠太は思わず声を荒らげて止めようとした。たとえプロであっても、足元が突如消失すれば、ただでは済まない。しかし、悠太の懸念は杞憂に終わった。
佐藤が穴の真上を歩いても、地面はビクともしなかった。そこに穴など存在しないかのように、佐藤は悠太の設置した不可視の座標を平然と踏み抜いたのだ。
「……作動、しない?」
「ああ。設定した対象にしか反応しないのか、はたまた、対象よりも格上の存在には罠そのものが認識されないのか、とにかく発動条件を充たせないようだな。罠スキルの厳格な『ルール』というわけだ」
佐藤は何事もなかったかのように地面を見下ろし、二人に告げた。
(スライムや牙ネズミは対象が違っても作動していた。ということは、スライムを対象に設置した『落とし穴』は格上の牙ネズミには作動しないってことか)
「いい収穫だった。自分のスキルの性質を知ることは慎重な探索者にとって何よりの武器になる。威力を上げれば、消費魔素量も上がる。それはどんなスキルでも同じことだからな。今日の講習はここまでだ。解散!」
帰りのバスは、すでに物理系や魔法系の班が乗り込んでおり、朝のような静寂はなかった。座席も埋まり始めていたため、悠太と凛は自然と離れた席に座ることになった。
窓の外を流れる夕暮れの芦ノ湖を見つめながら、悠太は今日一日の出来事を反芻していた。
ベテラン探索者との絶対的な壁。そして、自分のスキルが持つ制約。
(格上には効かない。それは至極当然の結果だ。でも、コストさえ払えれば…)
「…必勝か」
そしてまだ見ぬ謎めいたスキル達。
今いるのは罠スキルのほんの一歩目に過ぎないことを自覚させられた。
バスがホテルの前に到着すると、大輝はこちらを意識することなく、剛田と笑いながら降りていくのが見えた。昨日のような執拗な視線はもうない。
キャンプも残すところ、あと半日。
実地訓練という名の試験は今日で全て終了した。明日の午前中に簡単な結果報告と講師陣からの総評があり、午後には解散となる。
「……帰ったら、またいつものダンジョンだ」
自室に戻る前、エレベーターを降りる際に凛と目が合った。
彼女は自分の部屋のドアノブを掴みながら、悠太に向けて静かに手を振った。悠太もそれに応え、軽く手を上げて自分の部屋へと吸い込まれた。
泥臭く走り回った疲労が今になって一気に押し寄せてくる。
悠太はシャワーも浴びずにベッドに倒れ込んだ。
明日発表される評価よりも、母親と妹の元気な姿ばかりが頭の中を駆け巡っていた。