作品タイトル不明
華麗なる戦い
演習場の奥から姿を現したのは人間大のマネキンだった。顔の凹凸もなければ服の質感もない、木製とも磁器製ともつかない滑らかな質感の操り人形。
しかし、その関節から漏れ出る魔素の輝きは、それが単なる練習台ではないことを雄弁に物語っていた。
「今回用意したのは出力調整が可能な自律式ゴーレムだ。強さを四段階に分けて設定してある。4月覚醒組や同等の者には最高ランクの『S』、まだ不慣れな者には『C』といった具合にな」
佐藤はタブレットを操作しながら、二人の対戦相手をセットアップしていく。
「如月さん、君は文句なしで最高ランクの『S』だ。甘露寺くんはまだ戦い方が特殊で未知数な部分も多い。下から二番目の『B』ランクから始めてもらう」
まずは凛の模擬戦が始まった。
演習場の中央に立った凛に対し、Sランクの人形が目にも止まらぬ速さで地を蹴った。
「え?!」
観戦していた悠太の目には、人形が消えたように見えた。しかし、凛は動じない。彼女の『空間把握』は超高速で移動する人形の軌道をまるで動画をスローモーションで見るかのように完璧にトレースしていた。
人差し指一本分、あるいは紙一枚分。
凛は最小限の足さばきで人形の鋭い手刀や蹴りをことごとく回避していく。敏捷性のステータスにポイントを振っている成果がこの極限の回避劇を支えていた。
「すごい!一発も掠ってすらいない」
悠太は息を呑んだ。人形の動きは、いつも見ている牙ネズミより格段に速い。それを凛はダンスでも踊るかのように優雅にいなしている。
反撃は一瞬だった。
凛が右手を軽くかざすと、人形の軸足付近の空気が爆ぜた。『見えざる手』による不可視の圧力。完璧なバランスを誇っていた人形がほんの数センチ体勢を崩す。
その刹那、凛の瞳が冷徹な光を放った。
『虚空穿』
彼女が空をなでるように右手を一閃させる。
音もなく、衝撃もなく、突っ込んできたSランクの人形の両腕が肘のあたりから忽然と消滅した。
ボトリと落ちた両腕の切断面は鏡面のように滑らかで、そこには切られたという事実さえ残さず、ただ存在そのものが虚空へと還された。
動きを止めた人形に対し、凛は静かに残身を解く。
決着までわずか一分足らず。佐藤は呆れたように首を振り、苦笑いを浮かべた。
「おいおい……少しは手加減してくれよ。これ多少の破損なら俺のスキルで修復できるんだが、次元の彼方に削り取られた腕は修復じゃなくてパーツごと新調するしかないんだ。この人形、一台で高級車が買えるくらいの経費がかかってるんだぞ?」
「あ!……申し訳ありません。つい、確実に仕留めようと思ってしまって……」
先ほどまでの冷徹な戦士の顔から一変、凛は申し訳なさそうに頭を下げた。佐藤は「冗談だ、それだけ君のスキルが図抜けてるってことだよ」と笑って彼女を労った。
一方、それを見ていた悠太は激しい後悔に苛まれていた。
(失敗した!如月さんの後にやるなんて、ハードル上がりすぎだろ)
あの華麗で、圧倒的で、非の打ち所がない戦闘。
対して自分の戦い方はどうだ。
泥臭く罠を張り、じわじわと獲物を追い詰め、最後は穴に落とすだけ。
華やかさという言葉からかけ離れた場所にある自分の設計図を、この天才の後に披露しなければならないなんて。
「さあ、次は甘露寺くん、君の番だ」
佐藤の呼びかけに悠太は重い腰を上げた。
凛が「頑張って、甘露寺くん!」と、期待に満ちた眼差しを向けてくる。それが今の悠太にはどんな応援よりもプレッシャーとなってのしかかった。
悠太は演習場の中央へと歩みを進める。
対峙するのは先ほどの人形よりツーランク落ちるとはいえ、牙ネズミなど比較にならないほどの戦闘能力を持つBランクゴーレムだ。
悠太は深く息を吐き、魔素を指先に集中させた。
凛のように世界をえぐり取るような派手な力はない。
だが、自分には自分にしかできない詰みの形がある。
「はぁ、……始めるか」
悠太の影が照明の下で静かに伸びた。