軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覚醒者キャンプ

悠太が『罠使い《トラップメイカー》』として覚醒してから、早いもので一ヶ月が経過しようとしていた。

季節は梅雨を通り越し、日差しが肌を刺す初夏の装いを見せている。高校生活において最大の難所の一つである期末試験も昨日でようやく幕を閉じた。

試験期間中、悠太は 飲泣呑声(いんきゅうどんせい) の思いでダンジョンへの出入りを自制し、机に向かっていた。妹の結衣に勉強を教わりながら、なんとか苦手分野を克服し、補習という名の強制労働を免れたのは幸運というほかない。

しかし、一難去ってまた一難。覚醒者たちには、この後に『実地試験』とも呼ぶべき学校行事が待ち構えていた。

「覚醒者キャンプかぁ……なんでわざわざ夏休みの初日からそんなもんやるかなぁ」

悠太は下校時刻の喧騒の中、一人で溜息をつく。

4月から7月までに覚醒した生徒およそ20名が一堂に会し、外部から招いたプロの探索者を講師に迎えて二泊三日の訓練を行うプログラム。

探索者としての基礎能力の向上、そして何より心得を学ぶための行事だというが、悠太にとっては胃に穴が空きそうなほど憂鬱なイベントでしかなかった。

あの大輝のような当たりスキル持ち達と三日間も行動を共にし、自分のハズレスキルを晒し続けなければならない。想像するだけで、せっかく終わった試験の解放感が霧散していく。

(いや、考えるのはよそう。今はとにかく数日ぶりのダンジョンだ)

浮足立つ気持ちを抑え、悠太は校門へと急ぐ。数日間、魔素を動かさなかったせいで体内の感覚が少し鈍っているような気がする。

「早くあの淀んで湿った空気が吸いたい!」

誰かに聞かれたらドン引きされるほど、悠太はダンジョンに飢えていた。罠を仕掛ける緊張感の中に早く身を置きたかったのだ。

「――甘露寺くん!」

そんな時、背後から澄んだ鈴の音のような声が響く。

振り返ると、そこには夕日に照らされた如月凛が立っていた。

「あ、如月さん。何か用?」

校内でも一、二を争う人気者。容姿端麗、成績優秀、そして探索者としても圧倒的な才能を持つ彼女は、悠太のような日陰者とは本来、一生縁のない存在のはずだ。

「期末試験、お疲れ様。手応えはどうだった?」

「ああ、まあ、なんとか。補習にはならない程度にはね」

悠太は適当にかつ短く答えた。彼女と長く話しすぎると、周囲の男子生徒からの刺さるような視線が痛いのだ。

「良かったね!来週からの覚醒者キャンプ本当に楽しみ!プロの講師の方からお話を聞ける機会なんて滅多にないもん」

凛は穏やかに微笑む。彼女にとっては更なる高みを目指すための希望に満ちたイベントなのだろう。

だが、悠太は曖昧に首を振るだけにとどめた。

「どうかな。俺みたいなスキルのやつが行っても邪魔になるだけだと思うけど」

「そんなことないよ!私は楽しみだと思ってるよ。甘露寺くんがどんなふうに戦うのか見られるのを」

悠太は彼女がなぜ自分にこれほどまでの興味を示すのか全く理解できなかった。以前、教室で大輝に絡まれていた時に助けられたことはあったが、それ以来、彼女は折に触れて悠太に声をかけてくる。

(嫌味?…じゃないよな。如月さんがそんな性格だとは思えないし。でも、期待されるような要素なんて俺には……)

凛は何かを言いかけるように口をわずかに開けた。その瞳には単なる好奇心とは違う、どこか真剣で確かめたい何かがあるような光が宿っている。

しかし、今の悠太はそれを受け止める余裕がなかった。彼の頭の中はこれから向かう第二階層の牙ネズミの配置と目標とする新スキル習得に向けた気概に満ちていたからだ。

「悪い、如月さん。これから用事があるから。じゃあ、キャンプで!」

「あ、ええ……。頑張ってね、甘露寺くん」

凛の言葉が最後まで終わる前に、悠太は背を向け足早に校門を潜り抜けた。

背後に残された彼女の表情が一瞬だけ寂しげに曇ったことに、彼は気づく由もなかった。

「甘露寺くんも頑張ってるんだなぁ…」

凛は一人、夕闇に染まり始めた校庭を眺めながら小さく呟いた。

彼女が悠太に感じるのは大輝たちが放つ強者の輝きではない。それは暗い奈落の底で静かに牙を研ぐ、未知の捕食者のような無限の可能性であった。

そして、底しれない何か。

彼女の『空間把握』が捉える悠太の魔素は他の誰よりも静かで、深い淀みを持っていた。

一方、足早に駅へと向かう悠太はキャンプへの不安を振り払うように拳を握りしめた。

自分だけの道を進む。たとえそれが孤独で、周囲に理解されないものであっても。

来週のキャンプで何が起きようと、今の自分にできるのは罠の精度を上げ、一ポイントでも多くのスキルポイントを積み上げることだけだ。

「よし。今日は15匹、いや20匹は狩ってやる!」

電車の窓から見える夏の空は、どこまでも青く高く広がっていた。