作品タイトル不明
罠スキルの可能性
魔素を使い果たした悠太の体はひどく重かった。精神を集中させて精密な罠を構築し続ける作業は、重い荷物を運ぶような肉体労働とは別の脳の内側がじりじりと削り取られるような独特の疲労を伴う。
(いつもならこのまま改札へ向かうけど……今日は少しだけ見ていくか)
悠太はすぐに帰宅せず、第二階層のメインストリートが一望できる半壊したテラス席の影に身を潜めた。
そこでは自分と同じくらいの年齢の探索者たちがそれぞれの才能を爆発させている。
「はああああっ!」
一人の剣士が、魔力の光を纏った大剣で牙ネズミを真っ二つに叩き斬る。その隣では魔法使いの少女が詠唱と共に鮮やかな火炎を放ち、群がるネズミを一網打尽にしていた。
彼らの戦いはどこまでも華やかで力強い。
直接的に魔物を屠り、力で道を切り拓くその姿はまさに世間がイメージする英雄そのものだった。
「すごいなぁ……。あいつら、やっぱり格好いいよ」
悠太は独り言を漏らす。
そしてそんな彼らの戦い方を観察しながら、静かに自分のスキルボードを展開した。
テラスの向こうで戦うエリートたち。
彼らの身体能力やスキルは悠太とは本質的に違うのだろう。あの中に混じって剣を振るう自分を想像してみるが、どうしてもイメージが湧かなかった。
(俺にはあんな派手な戦い方はできない。でも、この『罠スキル』の先には彼らさえも到達できない何かがあるんじゃないか?)
悠太の視線はスキルツリーの細部へと吸い寄せられた。
ツリーの上段には【筋力上昇】【物理防御上昇】といった身体強化の項目が並んでいる。
これらを伸ばせば、あんなふうに剣を振るう適性が上がり、真っ向勝負ができるようになるのかもしれない。
特に【敏捷性上昇】は、敵に囲まれた際の生存率を劇的に高めてくれるはずだ。
しかし、悠太の心はその先――「 罠(トラップメイキング) 」から派生する、より複雑で巨大な枝葉へと向けられた。
そこには、既存のスキルから枝分かれした未知の罠の名前が並んでいる。
『仕掛け槍』『トリモチ』…
これらは名前から何となく効果を想像できる。
(仕掛け槍は『バネ床』や『スネア』と同じように敵が触れた瞬間に槍が飛び出すような罠なのだろう。
トリモチもまた『スネア』と同じく拘束系か?)
しかし、さらにその先、消費ポイントが跳ね上がる未知の領域に、悠太の理解が及ばない謎のスキル達が存在していた。
『キューブ』
『ウッルの目』
『ピクトグラム』
……
「なんだろう? 罠の名前なのか?」
それらはこれまでの罠の概念――物理的な穴やワイヤー、バネといった仕組みとは明らかに一線を画している。表示されているのはスキル名だけで、肝心の説明文は取得するまで見ることができない。
「ウッル……?」
悠太には全く聞き覚えのない言葉だったが、その響きには何やら神秘的な雰囲気が感じ取れる。
「ピクトグラム?…ぴくと?…うーん、全然分からん!」
そんな中、最も悠太の目を惹いたのが『キューブ』だった。
その単純で幾何学的な名前が何を意味しているのかは分からないが、その単語には何となく実用性が感じとれた。
【新規スキル取得:キューブ】
【必要スキルポイント:300】
「300!今の俺のポイントじゃ、全然足りないな」
現在の保有ポイントは『24』
身体能力を少しずつ底上げして堅実に安全に戦う道もある。だが、遠くで華やかに戦う同世代の姿と目の前の謎めいたスキル名を交互に見つめ、悠太の心は熱く疼いた。
(決めた!次はこの『キューブ』を覚えるぞ)
もし、誰も見たことがないような方法で敵を駆逐できたら。
不遇と蔑まれた罠使いがあのエリートたちの想像も及ばない方法でダンジョンを支配できたとしたら。
身体を鍛えるよりも、この未知の能力を完成させること。それが自分がこの世界で、このスキルと共に生き残る唯一無二の道だと確信した。
目標が定まった瞬間、鉛のように重かった足取りが不思議と軽くなった。
悠太はスキルボードを閉じ、意気揚々と地上への階段を駆け上がる。
地上に出ると、そこには夕暮れの街並みが広がっていた。空はオレンジ色から深い藍色へと移り変わろうとしている。
今日稼いだ六千四百円で帰りに少しだけ良い夕飯の材料を買おう。結衣が好きなおかずの材料や母さんの疲れが取れるようなものを。
「三百ポイント。やるぞ! 明日も明後日もその後も、第二階層へ通い詰めてやる」
家族を守るためのお金と自分を証明するためのポイント。二つの目標が甘露寺悠太を体の底から突き動かしていた。