作品タイトル不明
15.侍女は養女になる
タウンゼント伯爵家。
リンジー公爵家の遠縁にあたり、領地も隣接している。
大体、土地や水源の利権が絡み、隣り合う貴族同士は仲が悪いものだが、タウンゼント伯爵家は例外だった。
平野部に位置し、周囲を全て他家に囲まれているのが理由である。
誰かと同盟を結ばなければ、いつ背後を取られてもおかしくない立地で相手に選ばれたのが、周囲で一番の権力を誇るリンジー公爵家だった。
現在、縁戚になっているのは同盟を結ぶ際、両家で婚姻があったからだ。
以後、ずっと良好な関係が続いており、ヘレンの養子縁組先として真っ先に名前が挙がった。
王都にある伯爵の屋敷で顔合わせとなった際には、平民になった両親も同行した。
応接室で対面した齢六十になるタウンゼント伯爵は、ヘレンの父親のことを覚えていた。
「お久しぶりですな。事情は伺っております」
「このたびは、なんと言ったらいいか……私の不始末のせいで……伯爵には感謝申し上げます」
頭を下げ続ける父親の背中を見て、ヘレンは胸が締め付けられた。
ヘレンの養子縁組は、将来を見据えたものだ。
主人であるクラウディアは近々、王城へ入る。
その際、クラウディアの子どもの乳母になるには身分が必要だった。乳母になれなくとも、王城で働くにあたり、身分があれば無用な争いを避けられた。
(お父様は、どんなお気持ちかしら)
もちろん事前に両親から賛同は得ている。
受け入れてもらえる家があるなら、是が非でもと言われた。
そのときも父親は、ヘレンに頭を下げた。自分がもっとうまく人付き合いができていれば、苦労させることはなかったと。
ヘレンに、父親を責める気持ちはない。
むしろ自分がもっと早く家の異変に気付いて、助けになれていればと反省するばかりだ。
一人娘として溢れんばかりの愛を注がれてきた。
それは没落したあとも変わらないことを、父親の背中に見る。
「どうか顔をお上げください。お父君としては、やるせない気持ちでいっぱいでしょう。何、親戚が増えるだけですよ。ヘレン嬢のお父君は今も昔も、あなた一人です」
父親が目元を押さえる。
つられて、ヘレンを真ん中にして隣に座る母親も涙を拭った。
「あくまで書類上のこと。とはいえ、家族同然にヘレン嬢のことはお守りします」
タウンゼント伯爵のグレーの瞳と目が合う。
「よろしくお願いいたします」
「これは、私とあなたの商談でもある」
利害の一致。
タウンゼント伯爵家にとって得るものがあるから成立する話だと、ヘレンも承知していた。
「妻は早速、お披露目のドレスを仕立てようと張り切っておるよ」
ふぉっふぉっ、とタウンゼント伯爵が笑う。
タウンゼント伯爵家の子どもは三人とも男の子で、娘がいなかった。
三兄弟は既に結婚しているものの、嫁と姑では遠慮が勝ってしまうらしい。
「お母君と妻の希望分で、最低二着は仕立てる予定だ。あとで付き合ってやっておくれ」
商談と言われ、身構えたところで虚を突かれる。
(あくまで表面的なところの話ではってことよね)
表情を崩さないよう気を付けながら、再度よろしくお願いしますと答えた。
クラウディアを通し、リンジー公爵が用立ててくれた養子先である。
恩義に報いるためなら、クラウディアの不利益にならない範囲で何だってするつもりだった。
◆◆◆◆◆◆
伯爵夫人のスケジュールに合わせ、ヘレンはドレスを仕立てるため、足繁く伯爵家へ通った。
実母も養母もヘレンの菫色の髪に合わせた、淡い色を求めた。
はじめは遠慮していた実母も、養母の気さくさに触れ、最終的には二人ではしゃぎながらドレスカタログに目を通していた。
(長かったわ)
伯爵家の侍女に手伝ってもらい、出来上がったドレスに袖を通す。
ヘレンは選択に時間をかけない質で、令嬢時代にドレスを仕立てるときは即決だった。
養母との様子を見るに、実母としては色々と相談してほしかったのかもしれない。
(良い機会になったかしら)
先に完成したドレスを見た実母は、目に涙を浮かべていた。
クラウディアの侍女になり、充実した日々を送っていたのもあって、ヘレンは没落したことをあまり気にしていなかった。
実母としては思うところがあったようだ。
当然といえば、当然のことかもしれない。
けれど、ヘレンにしてみれば、両親が元気でいてくれればそれで良かった。
ドレッサーに座り、鏡に映る自分を正面から見る。
以前にも、出先で着飾る機会があった。
これからは、これが普通になるのかと思うと、お尻がもぞもぞする。
すっかり性根が「侍女」になっていた。
手際の良い伯爵家の侍女にお礼を告げる。
「綺麗にしてくれて、ありがとう」
「勿体ないお言葉です。元がお美しいので、ほとんどすることがありませんでした」
肌も艶やかで……と言われ、鏡越しに目が合い、間が生まれる。
沈黙の後、侍女が覚悟を決めた顔をした。
「失礼でなければ、どのようなお手入れをされているかお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「エバンズ商会の化粧水を使わせていただいています」
「やっぱりエバンズ商会……!」
今や王都で品質の良さを知らない者はいない。
品薄で手に入らないと、貴族の令嬢ですら嘆いた。
侍女ともなれば、夢見るばかりである。
(もしかしたら、お義母様もお使いではないのかしら?)
確認して、必要ならブライアンに相談しようと頭にメモする。
「リンジー公爵家の侍女は、仕事の頑張り度合いによって褒賞でいただけると噂で伺いました」
肯定すると、血涙を流す勢いで羨ましがられる。
リンジー公爵家には、エバンズ商会からサンプル品が卸されていた。侍女宛には、使った感想を求められる分があり、一時は争奪戦が起こったほどだ。
それが褒賞となったのは、侍女長マーサが執事長と相談して、事を収めた結果である。
ヘレンは特別枠として、褒賞に関係なく常用しているが、それは伏せておいた。
支度が終わり、ドレッサーから立ち上がる。
菫色の髪は、ふんわりと遊びを残して後ろで編まれ、レースのリボンが絡められていた。
養母が仕立てたドレスは、スカートが空気を含んで広がる可愛い仕立てであるものの、レイクブルーの生地が幼さを控えさせ、年相応の落ち着きを見せる。
侍女がほうっと息をつく。
「とてもお綺麗です」
「ありがとう。あとで髪の結い方を教えてもらえるかしら?」
クラウディアにもしてみたかった。
快諾されて、これも頭にメモする。
二階に用意された私室から出て、階段を下りる。
これから、タウンゼント伯爵家に養女として迎えられたお披露目会があった。
広間を使わせてもらっているものの規模は小さく、ほぼ身内の集まりだ。
リンジー公爵家からは、クラウディアとヴァージルが出席してくれていた。
(お二人ともお忙しいのに)
有り難いと思う半面、少しでも時間があるなら休んでほしいとも思う。
特にヴァージルは、最近目の下のクマが目立ってきている。
「ヘレン様のご到着です」
使用人が、広間に集まっていた出席者たちに告げる。
前へ出るよう促され、ヘレンは挨拶に備えた。