軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.侍女は祝われる

(落ち着いて、落ち着いて、落ち着いて)

クラウディアの後ろに付いて、人前に出たことはある。

けれど自分が注目されるのは、これがはじめてだった。

トクントクンと、心臓の音が加速する。

――言うべきことは全て頭に入っている。

だから大丈夫。

揚げ足を取るような人は、ここにはいないのだから。

顔を上げ、集まった人々に視線を巡らす。

(大勢の前で話す、クラウディア様を見習って)

過去の光景を思い浮かべている間にも、緩やかなクセのある黒髪に視線が吸い寄せられそうになるのを律した。

「本日は、わたしの新たな門出にお集まりいただき、心より感謝申し上げます」

最初の一言さえ出ると、あとは練習の成果が出た。

滞りなく挨拶が終わり、目礼する。

視線を上げると、タウンゼント伯爵が引き継いでくれた。

「新たなわたしの娘に、どうか皆様の祝福をお与えください」

それが乾杯の合図となり、ヘレンもグラスを受け取って掲げる。

(ここに集まってくださった皆様にも祝福を)

人知れず、気まぐれな神様に祈った。

無礼講となった途端、友人たちが駆けよって来る。

「ヘレン、おめでとう!」

「おめでとう! またパーティーでも会えるのよね!?」

「ダメ、あたし、もう……っ」

一人泣き崩れる友人が出て、慌ててハンカチを渡した。

学園を去るまで、ずっと一緒だった親友の三人。

うち二人は結婚し、姓が変わっている。

以前に比べ、見た目がふくよかになった子は、妊娠していた。

それぞれの人生を歩みつつも、またこうして顔を合わせられたことを実感すると、ヘレンも鼻の奥がツンとする。

(折角、綺麗にしてもらったんだから、化粧を崩すのはお披露目会が終わったあとよ!)

何とか耐える。

しかし長くはもたなかった。

一粒こぼれ落ちると、あとは止めようがなくて。

「ううっ、皆に会えて、嬉しい……っ」

「やだ、もらい泣きしちゃうっ」

四人で涙を流す。

別離は唐突で、クラウディアの計らいで再会は叶ったものの、以前と同じように気軽には会えなかった。

今後はもう身分の違いで気兼ねする必要がなくなる。

(ああ、わたし、自分が思っているよりもずっと寂しかったのね)

親友二人の結婚式に出席できなかったこと、他にも寂しいと感じる瞬間はあったものの、乗り越えられないほどではなかった。

いつだって傍にクラウディアがいてくれたから。

強くあれただけで、本当は泣くほど寂しかったのだ。

自分で、自分の心をわかっていなかった。

やっと等身大の自分を知ったことで、気持ちが落ち着いてくる。

「お互い、前ほど自由な時間はないけど、またすぐに会いましょう」

「ええ、絶対よ」

約束。

破ったら、ただじゃおかないんだから、と最後は皆で笑う。

一息ついたところで、ヘレンは視線を巡らせた。

黒髪の兄妹を見付け、背筋を伸ばす。

広間の窓から射し込んだ光が、麗しい兄妹を象っていた。

艶やかな黒髪に、澄んだ青い瞳。

数え切れないくらい顔を合わせているのに、目が合うたびに心が引き締まる。

ヘレンはクラウディアの前へ行くと、ドレスの裾を持って頭を下げた。

「このたびは、またとない機会をいただき、重ねて御礼申し上げます」

「タウンゼント伯爵のご厚意あってのことです。ヘレンのドレス姿を見られて嬉しいわ」

後半のくだけた口調に、また涙が溢れる。

「クラウディアさまぁ」

「あら、今日のヘレンは泣き虫ね」

肩を抱かれ、伝わってくる体温に癒やされる。

ヴァージルにも挨拶を、と思うけれど、中々顔を上げられない。

早く涙が引っ込むよう願っていると、耳馴染みのある声でぽつりと呟かれた。

「幼い一面もあるのか」

カーッと頬に熱が集中する。

今までもクラウディアの所在がわからなくなったときなど、ヴァージルに不甲斐ない姿を見せたときはあった。

けれど、そのときはヘレンもいっぱいいっぱいで急を要していたため、羞恥を感じる暇がなかった。

たった一つといえども、ヘレンはヴァージルより年上である。

(年下の子たちの前で泣くなんて、情けないわ)

思わず縮こまると、クラウディアがもうっと不満の声を上げた。

「お兄様、もっと気の利いたことは言えないのですか?」

「悪い、蔑んだわけじゃなく……その、可愛らしいと思ったんだ」

「お兄様?」

「ん?」

ヴァージルに悪意がなかったのは、クラウディアもヘレンも声音でわかっていた。

ただ、まずはお祝いの言葉だったり、気合いの入ったドレス姿を褒めたりするべきではないかと、クラウディアは思い、指摘したのだ。

ヘレンはそう認識していた。

ヴァージルだけが話の流れに乗れていなかった。

おかげで優しい声で追撃され、ヘレンは顔が真っ赤になる。

(か、可愛らしいって……いえ、深い意味はないわ。ヴァージル様のことだもの)

単に印象を語っただけだ。

それでもヘレンにとっては衝撃的だけれど。

(あれよね、猫とか動物にも向けられる、慈愛を含んだ「可愛い」よね)

自分に言い聞かせ、納得する。

若干の混乱はあったけれど、おかげで涙は引っ込んだ。

「言葉が足りなかったか? 今まではしっかりした印象が先行していた。仕事で接する機会が多かった所以だろう。けれど、この場で自然体のヘレンを見られた気がした。それが俺には可愛く映ったんだ。意外性に心を惹かれたというべきか?」

「ありがとうございます。これ以上は、ヘレンの心臓が止まってしまいますわ」

クラウディアの腕に掴まっていないと、立っていられなかった。

あくまでヴァージルは真剣なのだが。

はた、と目が合うなり、大きな手で口を覆って顔を背ける。

クラウディアは兄の変化を見逃さなかった。

「お兄様、耳が赤いですわよ」

「……気にしないでくれ」

気になる。

あとから自分の言葉が、他人にどう聞こえるか自覚したのだろうか。

急に、ヴァージルこそ可愛らしく見えて、ヘレンは和んだ。

「さすがにお化粧が崩れてますし、一度着替えて参ります」

「もう一着ドレスを仕立てたのよね? 楽しみに待っているわ」

席を辞し、私室へ戻る。

鏡を見るのが怖くて、先に化粧直しをお願いした。