作品タイトル不明
13.男爵令息は胸が躍る
ブライアンが「フットボール」という名称を知ったのは、貴族が通う学園に入ってからだった。
それまではボール遊びの一つとして、友人たちとボールを蹴っていたに過ぎない。
ヴァージルと彼の友人たちが統一ルールをつくったことは、学園では有名な話だった。
(まさか、それが国主催のリーグ戦にまで発展するなんて)
ブライアンも、放課後にフットボールをした経験がある。
というか、学園に通っていた令息で、フットボールに関わったことのない生徒はいないに等しかった。プレイしなくとも友人の応援など、誰かが試合をしていれば、自ずと人だかりができた。
女子生徒からすれば、男子生徒が集まって何かやっている程度の認識だったかもしれない。
商人として練習試合に招待されたのは嬉しかった。
リンジー公爵家の騎士たちによる試合がどれほどのものなのか、純粋に興味があった。
観客席に集まったお歴々を見たときは、ヒュッと胃が縮んだけれど。
(おれも認められているんだ)
名だたる商人たちと一緒に招待されたことが励みになった。
ただクラウディアとヘレンも姿を見せたのは想定外だった。
(わかってたら、もっと身だしなみを考えたのに!)
招待主がヴァージルなのもあって、整えてはいる。けれど、あくまで仕事に差し支えない程度で、女性受けするかは別だ。
ヘレンは気にしなくとも、自信のある装いか否かで心持ちが変わった。
目の前にビシッと決めたヴァージルがいるなら、尚更。
(いや、今は仕事に集中……)
と思いつつも、ヘレンがクラウディアの席を用意するのを手伝う。
ありがとうございます、と笑顔を向けられると、顔が熱くなって頭がほわほわする。
「若いのう」
夢心地で自分の席に戻ると、そう声をかけられた。
王都の商人で、この人の名前を知らなければモグリと呼ばれるほどの名士だ。
「ちと無謀かもしれんが、恋愛はそれぐらいがちょうど良い」
「奥方との実体験ですか?」
訊ねると、カッカッカッと快活な笑いが返ってきた。
叩き上げの翁が若い頃、貴族の令嬢を娶ったのは有名な話だった。
(無謀かぁ。翁が言うからには、相応の理由があるんだ)
最近は、王太子とクラウディアの婚儀まで秒読み段階だと噂されている。
遅くとも年内に式があるだろうと。
前々からシルヴェスターは婚儀を早めたがっていたし、王家側もリンジー公爵側も準備を隠そうとはしていなかった。
ということは、である。
クラウディアと一緒に王城へ入るだろうヘレンも、身分を整える可能性が高い。
元伯爵令嬢とはいえ、現在は平民。
平民のままでも王太子妃の傍にはいられるが、困難を極める。
クラウディアなら無理をさせないために、養子という形で貴族令嬢の身分を与えるというのが大方の予想だ。
それだけ主従の仲は、商人にも伝わっていた。
(男爵位以上になると、養女でもおれには不相応か)
エバンズ男爵家の資産は、年々右肩上がりだ。
だが歴史が浅い。
上級貴族の令息から縁談があれば、ブライアンなど軽く吹き飛ばされる。
唯一の救いは、知己であること。
主人のクラウディアとも、会話できる立ち位置にいる。
(そこに活路を見出すしかない)
ちらりと視線だけで、ヘレンの様子を窺う。
クラウディアと談笑する姿には愛らしさしかなかった。
あの笑顔を自分にも向けてもらえたら――甘酸っぱさに胸を満たされながら、ブライアンは試合開始を告げる笛の音を聞いた。
◆◆◆◆◆◆
試合が終わったあと、思わず天を仰いだ。
「凄い……」
一緒に観戦していた商人たちも、口々に感想を言い合い、分析を交わす。
翁はディフェンダーと呼ばれる、ゴール前で守備にあたる選手に興味を引かれていた。
(ここまで統率が取れるものなんだ)
ヴァージルチームの選手が、クラウディアチームの選手をオフサイドに誘い込んだ動きを思いだす。
ゴール前では、綺麗な一列がヴァージルチームによって描かれていた。
広いピッチ上では、状況が刻一刻と変わる。
下手をすれば数十秒の間に、ボールが自陣から敵陣へ飛んでいくのだ。
忙しなく走り回りながら、ここぞというときに歩調を合わせてつくられた陣形の美しさに、観戦していた全員が見惚れた。
オフサイドについてクラウディアに説明しながらも、内心は洗練された技術の高さに戦いていた。
(騎士たちだから指揮系統が整っているのか)
オフザボールと呼ばれるボールが足下にない時間、選手たちはしきりにコミュニケーションを取っていた。
(なんにせよ、このレベルがリーグ戦で集まるんだ)
とてつもない熱量の衝突が予想され、ぞわぞわと武者震いする。
その後のヴァージルによる事業説明で、興奮は最高潮に達した。
支援金に相当する広告ついて記された文面を確認し、反射的に立ち上がる。
「広告の申請条件に、商会の運営年数が明記されていません!」
不備でないよう願うあまり、半ば睨むようになってしまった。
やや無礼な態度であってもヴァージルは気にするどころか、待っていましたと言わんばかりに目元を緩めた。
優しくさえ映る表情に、同性ながら心を鷲掴みにされる。
(うっ、ずるい)
社交界で氷の貴公子と評されるほど、ヴァージルの表情は硬い。
だからこそ変化に気付けたのもあるけれど。
(クラウディア様が笑ったときと雰囲気がそっくりだ)
よく気付いたと褒められたように感じてしまう。
男として負けた気がして、書面に意識を集中させた。
「なら、王家御用達の商会じゃなくても……」
円形闘技場の収容人数は、一万五千人。
ハーランド王国の玄関口として名高い港町ブレナークから近いこともあって、観客は現地の人間だけに留まらないだろう。
加えて観戦しなくとも、会場周辺に集客できれば費用対効果は十分ありそうだった。
男性消費者を獲得したいエバンズ商会にとっては、渡りに船だ。
しかしこのあとも、ブライアンはうならずにいられなかった。
風に促されるようにしてヴァージルを見上げる。
青い瞳が高貴さを湛え、国民を一つにまとめると語る姿には息を呑んだ。
(ああ、そうだ。この人は為政者なんだ)
リーグ戦の主催者であるシルヴェスターも、運営するヴァージルも。
この大会は、道楽などではなく、政策の一つ。
畏怖を感じながら、頭の中で思考が巡る。
会場に円形闘技場を使うことからも、リーグ戦は武芸試合を見本としていることが考えられた。
その上で、武芸試合の難点をクリアしていることに気付く。
武芸試合もリーグ戦も、地方から人を移動させることは同じで、準備や移動には相応の費用がかかる。
即ち、領地を持つ貴族に、過分に資産を溜め込ませないための処置だった。
資産――力を持ち過ぎると、人は他者に対する敬意を失う傾向になる。その対象は王家も含まれた。
反乱分子を生まないため、適度に搾取する。
王家が徴収すれば反感が生まれるため、自領ではないところでお金を落とさせる理由をつくる。
その仕組みが武芸試合であり、リーグ戦だ。
武芸試合における難点は、試合の準備と称して、武器などを用立てられることにあった。
フットボールは、ボール一つあればできる。
戦争準備の隠れ蓑には使えない。
(武芸試合に比べて移動する団体の規模が小さいから、領外で使う費用も抑えられる)
領主としては武芸試合に比べて、参入しやすいはずだ。
またフットボールには、時勢に合う大義名分があった。
正に今、ヴァージルが語った国民を一つにすること。領民と難民の摩擦を抱える領地は少なくない。
(敵チームと新たな摩擦は生まれるかもしれないけど)
それも織り込み済みだろう。
一つの領地において、領民がまとまればいいのだ。
(考え過ぎて熱が出そう)
競技としてのフットボールと、背景にある政治的思惑。
学生時代に統一ルールをつくったぐらいだ。ヴァージルのフットボールへの熱量も本物である。
(ここまでうまく政策に組み込むなんて、どうやったらできるんだ)
リーグ戦開催における理念と意義を聞いた商人たちは、すっかり乗り気である。
この語らいが最後の一押しとなった。
(国の政策なら、余程のことがない限り続けられるもんな)
今後も継続して開催される未来が保障されている。
ならば、と同席した商人たちは利を得る判断をした。
(クラブごとのカラーとかあるんだろうか)
今回は黒がヴァージルチーム、白がクラウディアチームだった。
リーグ戦でも色分けされることが想起される。
推し活を推奨するエバンズ商会としては、会場でグッズ展開に力を入れたい。
ブライアンの頭の中では既に、数種類のグッズ案ができあがっていた。