軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

12.公爵令息はフットボールの意義を説く

今が好機、とヴァージルは商人たちへ呼びかける。

「荒削りではあるものの、これがリーグ戦における試合の標準となる」

町の路上でおこなわれる危険な遊びとは違い、明確なルールがあり、暴力は反則とみなされ罰則が与えられる。

「我々はこの『標準』を浸透させることで、フットボールの悪い印象を払拭し、身分関係なく楽しめる安全な娯楽として普及させたい」

そこで、と商人ひとり一人に視線を向ける。

彼らも融資のために呼ばれたのだと、理解していた。

問題は、金を出す価値があるか否か。

「既に顔見知りばかりが集まっていることには気付かれているだろう。フットボールの試合において、地域外から商人を招くことは考えていない」

「リンジー公爵領の商人もですか?」

飛んできた質問に深く頷くと、かすかなどよめきがおきた。

リーグ戦の運営メンバーには、お抱えの商人を持つ貴族が集まっている。

何かしら事業をおこなう際、運営側の特権として利権を確保するのは当たり前のことだった。

しかしヴァージルは自分を含め、例外を一人も認めなかった。

志を一つにする運営メンバーも了解している。

「我々は、フットボールを地域に根付かせたい。その際、外野の勢力があれば邪魔になる。これは運営側の総意である。逆に考えれば王家直轄領以外でおこなわれる試合に、君たちは関われないと思ってくれ」

「なるほど、あくまで地元の商人を優先するわけですな」

「そうだ。ただ招かれた場合は、これに該当しないとする」

今回の場合、王家直轄領の商人が、他領の商人を招くのは有りだ。

「また、今から説明するリーグ戦の広告だけは、領外からの参加を認める」

「広告とは、街頭に出す看板のようなものですか?」

「そのイメージで間違いない」

リーグ戦の会場には、王家発祥の地として知られるグラスターにある円形闘技場が選ばれた。

昔、王都がグラスターにあった頃のもので、長らく使われていなかったが再利用される運びとなったのだ。

「円形闘技場内外の目立つ場所に、看板や横断幕、幟を掲げる。場所ごとに値段が設定されており、この広告の権利をもって、各々の支援としていただきたい」

「広告料が、即ち支援金になると?」

「理解が早くて助かる」

損得勘定に余念がない者たちである。

ここでヴァージルは広告が掲示される場所と、料金の目安が記載された案内を配った。

「皆にはリーグ戦が、王家主催の大会だと念頭に置いてもらいたい。優勝クラブは、王族から直々に讃えられる。また支援してくれる商会は広告に限らず、ハーフタイムなどの時間を使い紹介する予定だ」

勢い良く立ち上がり、エバンズ商会のブライアンがよく通る声を発する。

クラウディアやヘレンとも懇意のため、ヴァージルも見知った顔だった。

「広告の申請条件に、商会の運営年数が明記されていません!」

(仕掛けに気付くのが早い)

彼の力強い眼差しは、記載不備でないことを願っていた。

王都において、街頭の目立つ場所に広告を出すためには、色んな条件がある。

中でも厳しいのが商会の運営年数だった。要は老舗しか出せないのだ。

ヴァージルは満を持して答える。

「運営年数は問わない。ただ詐欺行為を防ぐため、経営状態は審査される」

優良な商会として名が通っていれば、料金さえ支払えば良かった。

招待された商人たちの商会は、全て条件を満たしている。

「なら、王家御用達の商会じゃなくても……」

これは独り言だったが、複数の商人が目を光らせるのをヴァージルは見逃さなかった。

業種により、王家御用達の看板を掲げられる商会は限られる。

言うまでもなく、元々が狭き門だ。

ここで王家主催の大会に大きく広告を出せば、訪れた客にどう映るか。王家御用達でなくとも、それに準ずる優良商会だと伝わる。

宣伝効果を想像できない者たちは、この場に一人もいなかった。

また現在、王家御用達の商会にはプレッシャーがかかった。もし目立つ場所に広告がなければ、資格がなくなったのかと疑われかねない。

広告の条件が国民に広く伝わればプレッシャーもなくなるだろうが、果たして試合を観に来た一般客が、そんな細かいところまで気にするだろうか。

運営、特に主催者であるシルヴェスターは、代わり映えしない商会の序列に新たな風を入れようとしていた。

(たとえ影響がさざ波程度でも、行動することに意味がある)

貴族社会は、王族派、貴族派の派閥がある。

近年は、貴族派の不手際で勢いが失速しているが、なくなっていいものでもなかった。

(循環のない水たまりは濁っていくばかりだ。とはいえ、最も重圧を受けているのは、俺らだが)

事業が失敗すれば、全てが水泡に帰す。

今のところ商人の反応は悪くなく、ヴァージルは人知れず息をついた。

まだ最後の山場が残っている。

(社会に与える影響は、これが一番大きい)

春の風が、ヴァージルの前髪を優しく揺らす。

青い瞳は濃く色付き、紺青を宿した。

「忘れないでもらいたいのは、我々には理念があり、意義がある。最初にフットボールを普及させたいと語ったが、これを手段として国民を一つにまとめる意向だ」

国が難民を受け入れているのは周知の事実。

現地では、領民と難民の間で不和が起きているところも少なくない。

故ナイジェルの企みで、より溝が深まった場所もある。

「誰かを応援するという行為は、普段できない気持ちの共有を容易にさせる。対象が同じであれば、より強く。これがフットボールを地域に根付かせる最たる理由である」

領民、難民に関係なく楽しめる場をつくること。

また当事者同士も安全なプレイを通して、絆を深める機会とすること。

文化の違いは障壁にならないと伝えたかった。

「リンジー公爵領では、リーグ戦の開催にあたり、応援団として領民、難民の複数世帯を現地へ招待する。これは、はじまりに過ぎない」

初夏に開催される大会は、いうなれば試運転だ。

参加するクラブも少ない。

観客のほとんどは現地の人間だろう。

けれど、開催地にグラスターを選んだのは、何も権威付けするためだけではなかった。

港町だけあり、陸路だけでなく海路も移動手段に加えられる。

「地方から、より多くの人間を集める。今まで出会う機会すらなかった人々が、一堂に会す光景を想像してほしい」

基本的に領民が領外へ出ることはない。

例外は、王都や交易が盛んな商業都市ぐらいだ。

「国が主催するのだ。その範囲は、国内全土! これが今後どれだけ大きな人の流れを生むか、君たちに説明する必要はないだろう」

試運転後の次回リーグ戦への参加は、領主に委ねられる。

とはいえ、他領に名を轟かせられる機会だ。

国内で一番強いクラブを持つのは、どこの領主か。自己顕示欲の強い貴族を煽る準備は万端だった。

拳を握り、ヴァージルが宣言する。

「本日ここにクラウディアを招待したように、観戦には貴賓席も設けられる。身分に、地域に関係なく人が集まる場所、それがリーグ戦会場である!」

フットボールを通し、人を集める。

ただそれだけでは終わらせない。

国が求める領民の団結。

真に目指すべきものがあることを、ヴァージルは商人たちに示した。

金を稼ぐのは、商人にだってできる。

ヴァージルは貴族であり、シルヴェスターは王族である。

自分たちにしかできないことがあり、むしろそれこそが開催する意義と説く。

その上で、商人たちがどれだけ関われるか。

商機を見出せるか、ヴァージルは彼らの能力に任せた。

◆◆◆◆◆◆

「すっかり商人たちは目を輝かせていますわ」

帰りの馬車へエスコートする道中、クラウディアが笑顔で伝えてくれる。

「お兄様は将来への希望を与えてくださりました」

商会も地域に縛られる。

王都や港町は人も流動的だが、王家直轄領全てがそうではない。

安定にあぐらをかき、停滞に気付けない者は商人として終わりだ。

本日、観戦に集められた商人たちは、しっかりその見極めができる者たちだった。

リーグ戦に新たな商機を感じ取っていた。

「ブライアンは広告の申請と、応援グッズを展開するようです」

「以前から推し活グッズを取り扱っているエバンズ商会の持ち味だな」

メイン商材の化粧品で王都の女性には名前が知られているが、そこに留まっている。推し活グッズの購入も女性客が多いと聞いていた。

男性にも名前を覚えてもらうのに、リーグ戦会場での広告はうってつけだった。

またエバンズ男爵家は新興貴族である。

領地は持っておらず、自前のクラブを持つのは難しい。

それでも広告を出すことで、観戦しに来た貴族に認知してもらいやすくなる。

貴族社会において、名が知られていない者に発言権はなかった。

馬車へ乗り込む前に、クラウディアが足を止める。

「フットボールを知る機会をくださり、ありがとうございます。試合観戦をした所感としては、選手が身近な存在であればあるほど良いかと存じます」

観戦における演出には、武芸試合に通じるところがある。

だからこそ、足りない部分を指摘された。

「わたくしたちにとって騎士は身近な存在ですが、多くの平民にとっては違います。武芸試合を観戦できる平民は富裕層のごく一部だけです」

顔を知っているのと、いないでは、熱の入りようも変わる。

「試合前に選手たちが技術を見せる機会をつくるのはいかがでしょう」

「なるほど、そこまでは考えていなかった」

運営メンバーにとって、選手たちは最初から身近な存在である。

同じ領民同士なら、観客は応援するものだとも思っていた。

「騎士でも領地の垣根を越えて、人気のある者がいます。フットボールでも、自ずとスター選手が生まれるでしょう」

見目の良い騎士や技術が光る騎士には、老若男女問わず熱い視線が集中する。

領民のくくりは意識に留めて、現場では制限を設けないほうが良いのでは、とクラウディアは語る。

「自由があったほうが、応援する側の気持ちも楽だと思います」

「うむ、このことも運営で共有しよう」

また屋敷に戻ったら、感想や案をまとめてくれるという。

有能な妹に、ヴァージルは頭が下がるばかりだ。

無理だけはしないよう言い含め、自分と同じ黒髪を見送る。

(まずは、一つクリアか)

クラウディアの反応は良かった。

しかし観客への課題は残る。

武芸試合以上に、リーグ戦では広く平民を集める予定だ。

騒ぎは当然起きる。

警邏に当たる人数の確保、ヴァージルに立ち止まっている暇はなかった。