作品タイトル不明
11.公爵令息はフットボールと向き合う
ヴァージルにとって、フットボールは単なる息抜きの一つだった。
友人たちとの野外での遊び。
走ってボールを追いかけるのは大変だが、パスを受けてボールを足下に留められたとき、狙った位置にボールを蹴られたときの興奮は、脳に深く刻まれた。
学園へ通う頃には、ゲーム性を確かなものとすべく、友人たちと議論に明け暮れた。
ルールをつくり、自分たちで試す。
改定に改定を重ね、ようやく形になったのが、今のルールブックである。
会議室で、友人でもあるリーグ戦の運営メンバーと、ルールブックを見返す。
ゾーン伯爵家のタリスが、自信ありげに頷いた。
「これでピッチ上の問題は、あらかた解決できるはずだ」
反則やオフサイドの判定方法など、細かい部分にも決まりを定めた。
学生だけでプレイしていたときの反省が生かされた結果だ。
タリスの発言を受けて、ヴァージルが答える。
「残る問題はピッチ外か」
「フットボールで起こる暴動は、内外関係ないからなぁ」
観客がピッチに乱入することもある。
そもそも競技エリアを設定していることが珍しかった。
平民の間でフットボールは、しばしば路上でプレイされる。事故を起こすのが前提のようなものだ。
ゾーン伯爵家では、独自に領内でフットボールを発展させていたこともあり、タリスの言葉には重みがあった。クラブを複数つくり、試合もおこなうほどだ。
タリスが顎を撫でながら話す。
「興奮するのは、それだけ楽しんでいる証拠でもある。とはいえ、女性だけでなく子どもにも開けた環境づくりを考えると、ピッチ外にも規定を設ける必要があるだろう」
ヴァージルの頭には、昨年の冬に生まれたばかりの末弟アンジェロが浮かんでいた。
手足が驚くほど小さくて、未だに抱くときは緊張する。
彼が成長し、歩けるようになったら、ボールに触れさせたい思いがあった。
礼儀作法をはじめ、勉強漬けの生活の中で、ボール遊びはいい息抜きになるからだ。
いつか一緒に試合観戦ができれば楽しみも増える。
まず参加してもらわなければ意味がないけど、という切実な声で、ヴァージルは意識が現実に引き戻された。
これにはそれぞれ女性に意見を訊く、ということで合意する。
のだが。
ヴァージルが意見を訊ける女性は限られた。
結婚式の準備で忙しいだろうと申し訳なく思いつつも、妹を頼る。
不満点など、感じたことを言語化できる能力を求めると、どうしても人選が偏ってしまった。
最愛の妹は、練習試合の見学を快諾してくれ、河川敷に着く前にフットボールへの懸念も伝えてくれた。
こちらが求めるものを正しく理解してくれる有能さを噛みしめる。
(ディーのような妹を持てて、俺は幸せ者だ)
同行するヘレンのことも、今では信頼を寄せている。
妹の審美眼に狂いはない。
フットボールへのイメージが悪いことは承知の上だった。
(リーグ戦で、これを払拭する)
何でもありの異種格闘技ではなく、ボールを足で制御する競技として確立する。
今日がその第一歩だと、河川敷に足を踏み入れた。
◆◆◆◆◆◆
空は晴天。
観客席にクラウディアを案内し、土手の斜面から、短く刈られた川縁の草を見下ろす。
騎士の訓練所を利用して、土のピッチも考えられたが、スライディングや転倒が多いことを踏まえると、ピッチには芝生が最適と結論付けた。
設置したゴールネットは回収予定だが、今後も河川敷の一部をピッチとして利用できればと考えている。
ただ運用については、要協議だ。
「誰でも利用できると良いのだが」
「不特定多数の利用となると、芝の状態悪化が見込まれます」
答えたのは、圃場の経営者である男性の一人だった。
圃場は、農産物を育てる場所を指すが、中でも芝生を生産、管理する者に声をかけていた。専門職の彼らの圃場は「ナーセリー」とも呼ばれる。
貴族お抱えの庭師も予備の圃場を持っているが、ナーセリーともなると規模が違った。
新たにピッチをつくる場合、彼らなしでは成り立たない。
土壌によって芝生の発育が変わるため、国内から複数人呼び寄せていた。
彼らには、植物の育成において国内屈指である王城の庭師とも、情報を交換してもらっている。
「複数か所を交互に使い、管理者を常駐させれば、ある程度は保てるでしょう。しかし、それも使用者が規則を守るのが大前提です」
柵もなく、誰でも入り放題となれば、荒れるのは必至だ。
リーグ戦に直結することではなく、優先順位の低い話なので、一旦保留とする。
観客席へ目を向けると、わいわいと商人たちが盛り上がりを見せていた。
(今はプレゼンに集中するか)
商人を抱き込むため、リーグ戦が利益に繋がると伝えなければならない。
バックアップのあるなしで負担が大きく異なる上、外部の協力なくして継続など無理な話だ。
有用性を訴えるには、クラウディアやヘレンの顔色も影響してくる。
彼女たちが楽しめなければ、商人たちはフットボールの価値を下方修正するだろう。
あえてヴァージルは、この件についてクラウディアには伝えなかった。
(ここで躓いているようでは何をしてもダメだ)
出来うる限り、環境は整えた。
興行として既にある武芸試合を参考に、戦場で行進の合図や兵士の鼓舞を担う鼓笛隊も各チームに用意した。
鼓笛隊に戦況を見極めてもらい、攻め時や守り時のタイミングを観客にわかりやすく伝えるのが狙いだ。
選手だけでなく、応援に回る騎士たちもシャツで色分けしたのは、そのためである。
ボールの位置や選手の動きでわかることだが、より認識しやすくした。
そして。
「「健闘を尽くすことを誓います!」」
騎士たちの声が、轟く。
決意表明。
選手自身を奮い立たせ、観客に応援を促すものになることを期待している。
「頑張るから見てほしい」ということだが、しっかり声に出して伝えるからこそ、効力があるとヴァージルは考えていた。
主審が笛を吹き、試合がはじまる。
最初のパス。ボールが動くたびに、意識が試合に引っ張られる。
鼓笛隊が良い働きをしてくれるおかげで、攻守に合わせて太鼓が響くと気持ちが高揚した。
(俺が熱中してどうする)
運営側としてピッチ内だけでなく、ピッチ外も俯瞰して見なければ、観客を招待した意味がない。
幸い、見知った顔が多いからか、クラウディアは試合に集中してくれていた。
はじまって早々、飽きられていたら終わりだ。
商人たちの反応も上々。
命のやり取りを前提とする騎士たちが、本気で試合をしてくれているのもあって、ピッチには良い緊張感が漂っていた。
白熱した結果、終盤に衝突するシーンがあったものの、審判が役割を果たし、事なきを得た。
学生時代、貴族、紳士としての自負があり、問題は自分たちで解決できると驕っていた頃は、審判を立てず選手だけで反則を見極めていた。
故意でなくても故意に映る事象など、衝突するのに時間はかからなかった。
しまいには試合後の友人関係にもヒビが入りはじめ、第三者を立てることにした。
普段の揉め事でも、冷静な第三者の存在は大きいものだ。
(頭を冷やすきっかけになる)
試合は一対一の引き分けに終わったが、得るものは多かった。
一番の励みは、フットボールに明るくないクラウディアとヘレンが、また観たいと思ってくれるぐらいに楽しんでくれたことだ。
彼女たちの反応を見た商人たちも、商機を感じている。
リンジー公爵領にも支点を出し、推し活グッズを広めているエバンズ商会のブライアンの目は輝いていた。
(さぁ、正念場だ)