作品タイトル不明
10.悪役令嬢は選手を応援する
ヴァージルチームの選手が、クラウディアチームのゴール前まで迫っていた。ゴール前を守っている選手が複数いるので、オフサイドにはならない。
遂に、黒いシャツの選手がシュートを――ゴールに向かってボールを――放つ。
「……!」
勢い良く飛んだボールは、ゴールキーパーの手を逃れ――ネットが張られている柱、ゴールポストに当たって跳ね返った。
ゴールネット内にボールが入らないと得点にならないため、ピッチへ戻ったボールに両チームの選手が追いすがる。
一度はクラウディアチームの選手が頭で弾き飛ばすものの近場へ落ち、再度ヴァージルチームの選手へボールが渡った。
またシュートが放たれ、緊張が走る。
ゴールキーパーがパンチングで防ぎ、事なきを得るも、まだ終わらない。
運悪く、攻撃側の選手の元へボールが飛んでしまう。
「ああっ!」
悲痛な叫びは誰のものだったか。
ヴァージルチームは、三度目の正直をものにした。
ゴールネットが揺れ、得点が入る。
ヘレンが頭を左右に振って髪を乱した。
「うううっ、惜しかったです……!」
「本当に。ゴールキーパーも防いだというのにね」
同点とはいえ、悔しい。
選手が諦めず何度も防ごうとしていたから尚更。
しかし攻撃側も果敢に攻め続けた結果だった。
座って応援しているだけなのに、疲労を感じる。
それだけ感情の振れ幅が大きく、緊張する場面も多かった。
選手たちにも疲れが見え始めたところで、休憩となる。
フットボールの試合は、休憩時間を挟んで、前半四十五分、後半四十五分の合計九十分おこなわれた。
近付いてきたヴァージルに訊ねる。
「時間は何かに合わせていますの?」
「学園の授業時間だ。短すぎても醍醐味がない。かといって長すぎても疲れて動けなくなる。ちょうど良い時間を検討した結果、授業時間を参考にすることにした」
クラウディアにとっても身近なところから決められていた。
「俺の構想は、学生時代に友人たちと練ったものだ。彼らもこの事業に参加している」
放課後や休日など、時間があるときに集まっては、フットボールに明け暮れていたらしい。
「最初は審判を配置しなかったんだが、プレイヤー同士の衝突が絶えなくてな。第三者がいたほうが良いとなったんだ」
それこそ取っ組み合いのケンカに発展しかけたことがあった。
学園でもお堅いイメージのあるヴァージルだが、趣味に費やす時間があったと知れて、クラウディアはなんだかほっとする。
逆行し、実年齢より長い時間を生きている自分とは違い、ヴァージルは年齢分しか生きていない。
他の人にも言えることだけれど、辛い幼少期を共に過ごしていただけに気がかりだった。
シルヴェスターやトリスタンと付き合いが長いことを含め、折々で息抜きができているなら良かった。
「休憩時間は十五分だ。様子を見ていた感じだと、少しは楽しめてそうだったがどうだ?」
「はい、思っていた以上に楽しませていただいております。お兄様のチームには負けませんわ!」
「はははっ、そうか。俺も負けるつもりはないぞ」
実際に戦うのは選手たちだ。
クラウディアたちは応援するしかないのだが、すっかりチームを自分のことのように捉えていた。
喋っていると十五分なんて、あっという間だった。
選手たちがピッチに戻り、主審が中央で笛を吹く。
後半戦がはじまった。
途中、休憩があったとはいえ、時間の経過と共に疲労の色が濃く見える。
控えの選手と交代できるのは最大五人まで。
ゴールキーパーを除いた半数は、試合に出続けるしかない。
一人、ボールから離れたところで足を引きずっている選手がクラウディアの目にとまる。クラウディアチームの自陣内、ゴールネット寄りにいるところを見るに、攻撃より守備を担っているようだ。
「大丈夫かしら?」
「動きから察するに、足を攣ったみたいですね」
ふくらはぎだろうか。
なんとか自力で足を伸ばしつつ、選手はボールの動きに合わせて位置を取っている。
そこへボールと敵選手が突出してきて、選手は気力で走った。
彼が止めなければ、ゴールキーパー以外に敵選手を遮るものがなくなってしまう。
必死だった。
藻掻くように体を動かし、敵選手へ手を伸ばす。
瞬きを一度するぐらいの間だった。
足がもつれたのか、追いすがった選手がバランスを崩し、敵選手を巻き込んで横転する。
「危ないっ!」
勢い良くピッチに激突した二人は、すぐには起き上がれない。
主審は笛を吹き、イエローカードを守備側の選手に示した。
仲間の選手たちが主審に抗議する。
イエローカードは、反則の中でも危険だと判断されたときに提示される。
もう一段階上にレッドカードがあり、それが出た場合は一発で退場。チームは一人欠いた状態で戦わなければならなくなる。
イエローカードでも一人で二回出されると、レッドカード相当となり退場だ。
攻撃側の選手に手をかけ、倒したのは確かに危険だった。
けど、故意ではありませんよね? とヘレンが訴える。きっと味方の選手たちも同じ気持ちで判定に不服なのだろう。
そこへ、ヴァージルチームの選手たちも大きく声を上げはじめる。
彼らも彼らで味方を倒された言い分があった。
遂には選手同士で怒鳴り合いがはじまり、空気がピリつく。
一触即発。
誰か止めに行けないのかとクラウディアはヴァージルへ視線を送った。
ヴァージルは動くことなく、真剣な表情でピッチを見つめている。
クラウディアに気付くと、軽く手を上げて待ってほしいと示す。
(何か考えがあるのかしら)
ヴァージルに倣い、クラウディアは再びピッチへ視線を戻した。
今にも誰かの手が出そうな雰囲気だ。
殺伐とする中、主審が選手たちの間に割って入る。ピッチサイドにいた副審たちも一緒になった。
熱くなった選手たちと対話がおこなわれる。
先に冷静になった選手から、一人、また一人とその場を離れていく。
(こういうことだったのね)
ヴァージルが話した、審判という第三者の必要性。
貴族の令息でも、自分を律することに慣れている騎士たちでも、ここまでヒートアップするのだ。
間に入る人間がいなかったら、収拾がつかなくなるのは容易に想像できた。
ピッチ内が落ち着きを取り戻す。
敵選手を倒してしまった選手も、仲間の助けを借りて足の攣りを治した。
起き上がると倒した選手に向かって頭を下げる。
手を振って答えられたことで当該選手間のわだかまりは解消した。
試合続行だ。
それからも両者譲らず、最後までピッチを駆けた。
結果は、一対一の引き分け。
試合終了の合図となる笛が吹かれた瞬間、選手全員がその場に座り込んだ。
疲労困憊している姿を目の当たりにし、労いたい気持ちでいっぱいになる。
「皆、凄かったわね」
「はいっ、わたし、感動しました」
見知った顔、というのもあるだろう。
普段から厳しい訓練をしているのは知っている。
けれど、これだけの長時間、頑張る姿を見続けたのは武芸試合以来だ。貴族お抱えの騎士団が集まっておこなわれる武芸試合の開催は、二年の一度。
将来的にリーグ戦が本格化すれば、月に数回は試合を見られることになる。
「主催者側より、選手たちのほうが大変そうだわ」
「そんな風に感じてしまいますね。終盤は、他の選手も足を攣っていましたし」
休めば治るとのことだが、蓄積された疲労が全快するのに、どれだけかかるのだろうか。
気になった点は、まとめてヴァージルに伝えようと頭にメモする。
すぐには立ち上がれずにいると、爽やかな風が汗を拭ってくれた。
刈られず、長く伸びた草がサワサワと音を立てる。
ふう、と息をついて、こぼす。
「楽しかったわ」
しみじみ、そう感じた。
うまくパスが繋がらず、攻撃に転じられなかったときはストレスが溜まったし、ゴールを奪われたときは悔しさに拳を握ったけれど。
一喜一憂。
選手と同じ時間を共有し、気持ちを一つにした。
ヘレンが笑顔で頷く。
「わたし、また観たいです」
「そうね、リーグ戦がはじまる前にも練習試合があるなら、誘っていただきましょう」
結婚式の準備もあるため、都合がつくかはそのとき次第だとしても。
(また応援したいわ)
何故だろう、と自分の心の動きを振り返る。
そこに初心者でもフットボールを楽しめるヒントがありそうだった。
ヴァージルが描く、フットボールの未来。
試合直後の余韻に浸りながら、自分もその未来が見たくなった。