軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

09.悪役令嬢はフットボールを観戦する

商人たちは、どちらのチームを応援するか話し合う。

「これはクラウディア様のチームに偏ってしまうのでは」

「でしたら、私はヴァージル様のチームを応援しましょう」

「おれはクラウディア様一択です!」

ヘレンが続く。

「もちろんわたしも、クラウディア様のチームを応援します!」

「ええ、一緒に見守りましょう」

ヴァージルは全体の流れなどを確認すべく、現場担当者と合流する。

ピッチへ視線を向ければ、試合開始に向けて、両チームの選手がバラバラと自陣内に散らばっていた。

十一人中、一人の選手だけは手袋をしてゴール前に陣取る。ゴールキーパーという役職が与えられた選手で、彼だけは手でボールに触れることが許された。

ピッチの中央に主審となる審判が一人立つ。主審は試合中にルール違反がないか、ピッチの中を選手と共に走り回る役回りだ。

他にも副審と呼ばれる審判がピッチサイドに二人おり、それぞれゴールネットがないピッチライン上に一人ずつ配置されていた。

――ピーッ。

主審の笛の音を合図に、試合がはじまる。

先にボールを奪ったのは黒のシャツ、ヴァージルチームだった。

その場にいる全ての人間が、ピッチ内を転がるボールの行方に集中する。

短く刈り取られた草原の上を、選手たちは縦横無尽に走り回っていた。

自陣へ、敵陣へ、ボールは忙しなく移動していく。

「息をつく暇がないわ」

「はい。ああっ、危ない!?」

ボールを持っていたクラウディアチームの選手が、背後からぶつかられて倒れる。

すると、すかさず主審によって笛が吹かれた。

反則(ファール) と認められたのだ。

幸い、倒れた選手にケガはなく、その場で仕切り直しとなる。

クラウディアは娼婦時代に観たフットボールの光景が真実だったのか、信じられなくなっていた。

(まるで別物よ)

ボールを取り合う激しさは健在だ。

時には、二人、三人で敵を挟み、ボールを奪うシーンもある。

けれど人を蹴ったり、殴ったりする選手はいなかった。反則になるからだ。

ボールに人が殺到する前にパスが出されるため、人垣によってボールを見失うこともない。

ヴァージルの言葉を思いだす。

戦略と戦術を駆使した、安全なフットボールだ、と語っていた。

試合をしているのが騎士同士なのもあって、戦略に戦術、自陣、敵陣といった単語もすんなり呑み込める。

ボールがある地点は、戦場でいうところの激戦区だ。

籠城戦ではなく、攻城戦。

だから選手たちは自陣を出て、敵陣へ切り込んでいく必要があった。

敵選手の視界から外れて裏を取る動きは、さながら遊撃隊だろうか。それが一人という極小単位でおこなわれている。

加えて。

――ドンドンドンッ!

チームが敵陣へ入り、攻勢を強めるとゴール裏にいる鼓笛隊が後押しした。

(武芸試合と雰囲気が似ているわね)

各貴族の騎士団によっておこなわれる、模擬戦闘。

規模はまるで違うけれど、一進一退の攻防には通ずるものがあった。

「よーしっ、行けー!」

観客席から、一際大きな声が上がる。

クラウディアチームのパスがうまく繋がり、敵陣内に深く入り込んだのだ。

クラウディアも息を呑んで見守る。

果たしてボールの行く末は。

ゴール前でパスを受け取った選手が、足を振りかぶる。

その瞬間、辺りが静まり返ったような錯覚をクラウディアは覚えた。

打撃を受けたボールが、ゴールを守る選手――キーパー――の手をすり抜け、ゴールネットへ向かう。

ネットは、背後に向かって鋭く突出した。

次いでボールがゆっくり落ちる。

決まった。

ゴールだ。

全身の毛穴が開き、血が体中を駆け巡る。

「わぁああ! クラウディア様、やりました!」

興奮して、抱き付いてくるヘレンを受けとめる。

かくいうクラウディアも、抑えきれない歓喜があった。

自分に誓いを立ててくれた彼らが、成し遂げたのだ。

まだ一点。

勝敗が決まったわけではないのに、クラウディアは涙ぐみながら盛大な拍手を送った。

試合前に訊ねた見所が、全て詰まったシーンだった。

「凄いカタルシスね」

「はい、敵にボールを奪われて、中々前へ進みませんでしたから」

点が入りにくいとも言われていたとおり。

募っていたもどかしさから解放されて、ほう、と熱い息を吐く。

ピッチ上では、点が入ったことで選手たちが試合開始時と同じ位置に戻っていた。

主審の笛で、再開される。

(知っている人たちが、目の前で頑張っているからかしら)

こんなにも手に汗握るのは。

昔に観た試合では、全く感情移入できなかったというのに。

遠目でもシャツが張り付くほど汗だくになって走り、時には接触などでバランスを崩して倒れ、また起き上がって走る。

白いシャツは汚れが目立ちやすく、土や草に塗れているのが如実に伝わった。

「あ、また……!」

再開早々、クラウディアチームが再び敵陣のゴール前へと迫る。

クラウディアはヘレンと手を握り合った。

あと一歩。

前へ出た選手がパスを受け、蹴り込もうとしたときだった。

ピッチサイドを走っていた副審が旗を上げ、試合が止まる。

何が起こったのか、瞬時に理解できない。

「オフサイドか」

「いやぁ、素晴らしい誘い込みだった」

「私はこれほど美しい陣形をはじめて観ましたよ」

クラウディアチームを応援していた面々は悔しがったが、同時に賞賛もしていた。

「クラウディア様、オフサイドってわかりますか?」

「えっと、確か……」

ヴァージルが配ったルールブックに記載されていた。

攻撃側――クラウディアチーム――の選手が、守備側――ヴァージルチーム――の選手を前方に一人だけ残した状態でパスを受けること。

「前方に一人っていうことは、敵のゴールキーパーの次に自分がいる状態ですね」

「ええ、パスを出されたときの位置が基準になるとあるわ」

反則となるため、試合は止められて仕切り直しとなったのだ。

見極めた副審の目の良さを褒めたい。

「このルールには、どのような意図があるのかしら?」

細かすぎる気がする。

なくてもいいようなものだけれど。

声が聞こえていたようで、ブライアンが答えてくれた。

「端的に言えば、ゲームをより面白くするためです。賛否両論あるんですけど、おれはオフサイドのあるほうが好きです。守備側も攻めの姿勢を見せられるので」

先ほどのシーンを思い返してみる。

オフサイドと判定されたとき、ヴァージルチームの動きはどうだったか。

黒いシャツを着た選手たち、中でもゴール前にいた四人が一列に並んでいた。

「もしかして、わざとオフサイドを取らせる動きだったの?」

「そうです。一人でも位置取りをミスると失敗する戦術なんですが、ヴァージルチームはうまく窮地を脱出しました」

目まぐるしく動く戦況の中で、瞬間的に動きを合わせられるものなのか。

あまりの技量の高さにクラウディアは目を瞬く。

「ついボールばかりに意識を集中しがちですが、余裕のあるときに全体を俯瞰して、双方のチーム戦略について考えるのも一興ですよ」

「奥深さに溜息が出そうだわ」

自分はまだフットボールの一端にしか触れていなかったのだ。

「特に今回は両者とも統率のされ方が凄いんです。リンジー公爵家の力を見せ付けられます」

一度ボールから視線を外し、全体を観てみる。

すると選手たちは陣形をつくり、渡り鳥のように並走している瞬間があった。

(綺麗)

戦術的な動きなのに、自然の奇跡があった。

感嘆している間にも形は変わっていく。

「ああっ、ダメ!」

ヘレンの叫びを聞いて、クラウディアはボールの行方を追った。