作品タイトル不明
08.悪役令嬢はフットボールのルールを知る
馬車から降りると、目の前にある川が心地良い風を運んでくれる。
川は、王都の中心街を縦に割るように流れていた。
人口が増加し続ける王都で、埋め立てられることなく川が残されているのは、水源の確保や船を使った流通のためでもあるが、火事の延焼を防ぐのにも一役買っている。
河川敷では草が生い茂り、土手は地元民の憩いの場になっていた。
土手の斜面を下ると、川と隣接する一部の草が短く刈り取られて、長方形の区画がつくられている。
「あそこがフットボールの競技スペースだ。ピッチと呼称している」
「整列しているのは、公爵家の騎士ですか?」
ピッチ内で、整列している顔に見覚えがあった。
ヴァージルが頷く。
「リンジー公爵家でもフットボールのチームをつくり、リーグ戦に参加する。彼らは騎士団から選抜された選手たちだ」
選手の身分に決まりは設けられていない。平民も参加できる。
本来なら領地で広く募集をかけたいところだが、時間が限られているため、今回は騎士たちの中から選ばれていた。
右半分は白いシャツを、左半分は黒いシャツを着て直立している。
ピッチ前までやって来ると、唯一鎧姿で待機していた騎士団長が声を張り上げた。
「全員っ、敬礼!」
騎士たちの動きには、寸分の狂いもない。
一つの動きで、ザッと全員の衣擦れの音が重なる。
右手の拳を胸に当てるのが、リンジー公爵家における敬礼だった。
敬礼後は、微動だにせず直立不動となる。
「ご苦労。善戦を期待する」
「よろしくお願いいたします」
軽く挨拶し、クラウディアたちは土手の斜面に設けられた観客席へ向かった。
地面に布が敷かれただけの場所だが、先客の姿があった。
エバンズ商会のブライアンが満面の笑みで手を振って、クラウディアたちを迎える。
他にも王都の名だたる商人たちが顔を揃えていた。
ヴァージルが説明してくれる。
「今後もリーグ戦を開催するには、興行として成立させる必要がある。彼らには支援を頼めないかと思って招待した」
しっかり管理された場を設けるには、資金が必要だ。
ヴァージルは秩序が保たれることをアイデンティティーにしようとしているし、フットボールを貴族だけの遊びにするつもりも毛頭なかった。
むしろ国民全員が安全に参加できる競技にするのが最終目標である。
全てをヴァージルの部署だけで管理するのは無理があり、地域に根付いた興行には商人たちのほうに一日の長があった。
クラウディアが座る場所を整えるヘレンを手伝いながら、ブライアンが口を開く。
「フットボールの試合が観られるっていうんで、凄く楽しみにしてたんですよ!」
男性が集まっているのもあって、商人たちはフットボールの知識があった。
興行への支援についても興味を持っている。
クッションが置かれ、ヘレンが日傘を掲げるとクラウディアの座席が完成した。
腰を落ち着かせるクラウディアに、こそっとブライアンは声を潜める。
「懸念は集客についてです。世間一般にフットボールは男性のもの、という認識が強く、観客も荒々しい点を問題視しています」
暴動に巻き込まれたら商売どころじゃない、ということだった。
「ヴァージル様が掲げられている目標の通り、女性や子どもも楽しめたら申し分ありません。ありませんが」
現時点では、理想で終わる可能性もある。
それを見極めるためにも商人たちは集まっていた。
ブライアンが商人たちの輪に戻ったところで、クラウディアは訊ねる。
「よろしければフットボールの見所を教えていただけないかしら」
これには口々に声が上がった。
「各人の技量でしょうか?」
「いやいや、やっぱりゴールの瞬間でしょう!」
「フットボールは点が入りにくいですからな」
年齢に関係なく、侃々諤々の議論がはじまる。
普段クラウディアの前では絶対に見せない賑やかさに、笑みが漏れた。
ハッと気付いたブライアンが咳払いする。
「ごほんっ、騒がしくて申し訳ありません」
「いいえ、皆様が熱くなっている姿を見られて嬉しいですわ」
営業しているときとは違う、素の姿。
(心からフットボールを好いておられるのね)
昔の客も、女性をエスコートするのは下手だったが、フットボールへの熱意は本物だった。
「もっとフットボールについて知りたくなりましたわ」
ヴァージルの依頼のあるなしにかかわらず、純粋に理解したいと思う。
それだけフットボールについて語る商人たちの目は、童心に返ってきらきらしていた。
話しているうちに、試合の準備が整った。
最終確認を終えたヴァージルが、ルールを説明する。
「リーグ戦を開催するにあたり、統一ルールを設ける。競技場の広さ、ゴールネットの使用、監督、選手の人数、そして試合には必ず審判を用意すること」
詳細についてはルールブックが配られた。
「まだ発展途上であるため、ルールは改定の余地がある。以上を念頭に置いて、試合を見てもらいたい」
フットボールは、敵、味方に分かれて得点を競う。
より多く得点できたチームの勝ち、という基本は単純なゲームだ。
「ゴール」と呼ばれる区画にボールを入れるのが唯一の得点方法で、横長のピッチを真ん中で割り、相対するようピッチの両端にゴールがあった。
統一ルールでは、その区画に四角くネットが張られる。ネットは成人男性より高く、幅はピッチに対して六分の一ほどだ。
横倒しにしたカゴにボールを入れる感じで、ボールが敵陣のネットへ入れば、一点を得られた。
わかりやすいですね、とヘレンが言う。
「そうね、わたくしが観――聞いた話では、杭が用いられていたわ」
ゴールラインが杭と線で示されていた。
遠目では、ゴールが入ったのかどうか判断が難しかったのを覚えている。
それが解消されただけでも、ストレスがだいぶ減りそうだ。
クラウディアたちの理解を待って、ヴァージルが口を開く。
「今回は黒いシャツを着ている者が、ヴァージルチーム。白いシャツを着ている者が、クラウディアチームだ。ピッチに立つ選手は各チーム十一人。ピッチサイドには、監督が各一人と、交代選手が待機する。他の者たちは応援に回る」
視線を向ければ、ピッチ中央のラインを境に、黒と白が綺麗に分かれていた。
ピッチの外で応援に回った騎士たちも半々になり、ゴール裏で陣取っている。これはネット越しにいることにより、同じ服を着ているピッチ内の選手と見分けがつくようにするためだった。
「今、選手たちが立っているところが、各々の陣地だ」
観客席がある土手の斜面へ向かって、審判、選手と監督が一列に並ぶ。
中央に審判が立ち、ヴァージルチーム、クラウディアチームが左右に分かれていた。
黒いシャツを着た選手が叫ぶ。
「我ら、ヴァージル様のために!」
続いてゴール裏も、ヴァージル様のために! と復唱した。
白いシャツを着た選手が叫ぶ。
「我ら、クラウディア様のために!」
「クラウディア様のために!」
「「健闘を尽くすことを誓います!」」
重なった声が、ビリビリと空気を振動させた。
最後には、一糸乱れぬ動きで、全員が拳を胸に当てる。
騎士たちの真剣さが伝わり、クラウディアは胸がジンとした。
普段からリンジー公爵家に対し、命を賭してくれている者たちである。
感情移入しないほうがおかしかった。