軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.第一王女は憧れる

東洋の国、チューチュエ王国。

北のショワンウー王国、南のファンロン王国に挟まれるようにして存在しているが、国の面積は三か国の中で一番広い。

ただ砂漠地帯も多く、耕作地は限られていた。

遊牧民がオアシスに根を下ろしたのが国のはじまりだが、未だ遊牧を続ける国民も一定数いる。

(ハーランド王国とバーリ王国の国力には、到底敵わん)

両国は険しい山脈で隔てられているが、互いの国土には平野も多く、農業が盛んだ。

食糧自給率はいうまでもなく、海にも強いとあっては歯が立たなかった。

(内陸戦なら、わずかに望みがあるか?)

チューチュエ王国が誇る騎馬隊を使えばと思うが、最後には兵糧問題に行き着く。

長期戦になれば、目も当てられない。

それだけ国の実りに差があった。

ファンロン王国のキラー種に手を出した領主がいても責められないほどに。

成った実を植えても発芽はなく、一世代だけ収穫が可能な稲。

突然変異か、または品種改良の成果かはわからないが、ファンロン王国は、キラー種の苗をつくることに成功していた。

(してやられた)

たとえ一世代だけでも、安価で実りのある稲。

一世代だからこそ、次も購入せざるを得ないのだが、気に留める者は少なかった。

驕りがあった、といえよう。

国力の劣るファンロン王国に出し抜かれることはないと、チューチュエ王国はかの国を見下していたのだ。

そこを上手く突かれた。

気付いたときには、キラー種に依存する領主は一人や二人ではなかった。

キラー種を頼りに、他の事業をはじめる者までいた。

キラー種ならば、今までより少ない耕作地で収穫が見込める。浮いた分の耕作地を、主食となる稲から、高値で売れる種目へ作付けを切り替えていた。

すると、どうなる?

劇的に収入が増える。

領主が興奮し、手を叩いて喜ぶほどに。

それが死への第一歩とも気付かず、彼らは自ら、奈落へ向かって歩き出したのだ。

(よりにもよって他国の苗に依存するとは)

苗への依存は、力関係を瞬く間に逆転させた。

領主がおいしい目にあっていればいるほど、その落差は大きかった。

ファンロン王国はただ一つ、キラー種の供給を絶つと脅すだけで、彼らを好きにできるのだ。

もしこのまま王家が領主の表面的な黒字に騙されていたら、国は内側から食い破られていた。

(遅くとも気付けて良かった)

幸い、手遅れではない。だが依存度の高い領地の回復には、時間と労力を要した。

教会への根回しも必要だった。

次世代の王族が集まる国際会議――実質は顔合わせに過ぎないが、この場に素行が悪いと評判のリーウェイが招かれたのは、教会がキラー種の存在を重くみたからだ。

国家間のパワーバランスが逆転しても、教会は動じない。調和が取れていれば問題なかった。だがキラー種は、世の混乱を招きかねないと判断された。

ひとえにファンロン王国が成熟していないからである。

ファンロン王国が他国の手綱を上手く握れるなら良かったのだが、それだけの力量がかの国にはなかった。

ミンユーも良い印象を持っていない。

リーウェイの下半身の緩さは個人的なものではなく、王族の土壌が持つものだった。

(今やそれが頭痛のタネか)

以前なら、軽蔑し、距離を置いても問題なかったものの、キラー種に国が蝕まれているせいで、そうも言ってられなくなってきた。

また対策中の現在、キラー種の供給を絶たれると国が混乱するのは明らかだ。

ファンロン王国には、自分たちの企みが上手くいっていると勘違いさせねばならず、最悪ミンユーがリーウェイの後宮に入ることも考えられた。

(さすがに最終手段だが)

教会がお灸を据えてくれれば、悩む必要はなくなる。

国際会議がどうなるか、ミンユーは不安しかなかった。

怪盗がナイジェル枢機卿の隠し財産を狙っていると聞いたときには、頭がこんがらがりそうだった。

(だが目眩ましにはなるか)

東洋の国の現状を、西洋の国に知られるのは避けたかった。

怪盗の存在はいい話のネタになる。

そう思って、ミンユーは国際会議に臨んだ。

東洋の面々には、緊張感が漂っていた。

皆、リーウェイが何を要求してくるか警戒していたのである。

リーウェイに、頭の天辺から足のつま先まで観察されたときは、内心冷や汗をかいた。

しかし、これといったアクションがなく肩すかしを食らう。

一階の広間でメイユイといたときに話しかけられたときは、ついに、と思ったものの、話題はナイジェルの隠し財産や西洋や南洋の国についてだった。

「何を恐れておられるのか知りませんけど、これでも分別はあるんですよ」

「恐れているわけでは……」

か細い声で応えるメイユイに、説得力はなかった。

リーウェイも苦笑している。

「なら、そういうことにしておきましょ」

穏やかに応えられ、ここでミンユーは疑問を抱いた。

自分たちの彼への評価は正しかったのか。

評価の元は、全て伝聞によるものだ。顔を合わせたことがあるのは、メイユイの兄だけで、それも表面的なやり取りだけだった。

会話の中で感じた印象は悪くなく、飄々としているものの丸眼鏡の奥の瞳には、しっかりと理性がある。

(認識を改める必要があるか)

続く会話でも、女性を下に見る素振りはなく、クラウディアへの興味も卑猥さは感じられなかった。

◆◆◆◆◆◆

(まさか打ち明けることになるとは)

クラウディアと話したあと、ミンユーは自室へ戻るなりベッドへ倒れ込んだ。

己の未熟さを反省する。

リーウェイが予想外にも、ミンユーやメイユイに興味を示さなかったことで、張り詰めていた緊張が緩んでしまったのかもしれない。

彼の意識の先は、ハーランド王国の王太子シルヴェスターの婚約者、クラウディアにあった。

他へ興味が逸れるならと、メイユイと二人で口車に乗ってしまった。

(他人を人身御供にするとは、なんたる下劣)

そんな浅はかな行動を、シルヴェスターとクラウディアは簡単にはねのけた。

単なる政略結婚ではない二人の絆を見せ付けられ、ミンユーは頭から冷水を浴びた心地になった。

(謝罪も後手に回ってしまったし……あああ、わたしはどうしてこうも愚かなのか)

自室のベッドの上で、枕を抱きながら藻掻く。

クラウディアと話したいと思ったのは、雨の中で婚約者と戯れる姿を見たからだった。

童心に返った姿は眩しく、それでいて長い睫毛に水が滴る様子は心が震えるほど美しかった。視力の良さを心から感謝した。

雨で服が張り付き、体のラインが浮かぶ様は扇情的で――と頭に浮かんだ光景を急いで消す。これ以上は他人が見るべきものではない。

そう思うのに、噴水前での二人の様子が脳内で勝手に映し出される。

雨の音が耳元で蘇った。

向かい合い、シルヴェスターとクラウディアの視線が重なる。

雨粒が余計な不純物を洗い流し、純粋な二人の気持ちだけがそこにあった。

遂には唇が――。

物語のワンシーンのようで、ミンユーは目が離せなかった。

立場を切り離し、一人の人間として、クラウディアと話してみたくなった。

(風呂上がりのお姿も綺麗だった……)

湿り気の残る長い黒髪に、上気した頬。ほのかに色付くそれは桃のようで、またミンユーは釘付けになった。

(気持ちをくみ取ってもらえるとは)

奥行きの浅い洞窟で押しかけたことを謝罪したい、話したい気持ちはあったが、どう切り出せばいいのかわからなかった。

お茶に誘われたときは飛び上がりそうなほど嬉しかった。

(わたしは驕っていたのだろうか)

クラウディアの人柄に触れ、大事なことを見落としていた。

彼女も、国際会議の参加者である。

即ち、外交に来ている者であり、ハーランド王国が能力のない令嬢を送り出すこともなければ、王太子の婚約者に選びもしないのだ。

鋭く核心に切り込まれたときは息が止まった。

無意識のうちに侮っていたのだ、そうでなければ虚を突かれるわけがない。

(言質もしっかり与えてしまって、わたしは何をしているんだ)

これがチューチュエ王国の第一王女とは。弟にすら謝りたくなった。

あとには退けず、勉強代として頭を切り替えた。

(言い伝えのとおり、徳の高い方だった)

情報の大きさに申し訳なさそうな顔をしていたのが印象に残っている。

青い瞳が深く濃い色を宿し、血色の良い唇が固く結ばれていた。

考えが透けて見えるメイユイとは雲泥の差だった。何故か男性はすぐ騙されるが。

クラウディアからは素直な感情しか伝わってこない。

こちらの落ち度なのだから、気にする必要は皆無だというのに。

ミンユーには、クラウディアをリーウェイの人身御供にしようとした負い目もあった。

(キラー種について、ハーランド王国はどうするか)

考えると知恵熱が出そうだったが、調べればわかると伝えたことに嘘はない。

教会も把握していることだ。

仮にハーランド王国がファンロン王国と繋がろうとしても、ファンロン王国が拒否する。自分の手柄を他国に奪われたくはあるまい。

(大丈夫だ。想定より早く露見することにはなったが、こちらの分が悪くなることは……ないよな?)

ないと願う。

何かあれば、同じくキラー種に悩まされているショワンウー王国と手を取ることになるだろう。

普段はいがみ合っていても、他国が介入してくれば協力するのが隣国というものだ。

ごろりと仰向けになる。

見慣れない天井とも、あと一日の付き合い。

明後日の朝には、島を発つ。

(帰るまでに、またクラウディア嬢と話せたらいいな)

そう思いながら、ミンユーは目を閉じた。