軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18.悪役令嬢は帰れない

城塞都市に来て三日目、朝一でクラウディアはシルヴェスターの部屋を訪れた。

雨で下がった気温は戻らず、クラウディアはパールホワイトのワンピースに、スカイブルーのストールを羽織る。

シルヴェスターも紺のシャツの上から白のジャケットを着ていた。

「熱烈な訪問は嬉しいが、そういった雰囲気ではなさそうか?」

「熱い気持ちは、もちろんありますわ」

並んでソファーに座り、ヘレンが淹れてくれた紅茶を一口、口に含む。

向かいにはトリスタンが座り、同じく紅茶の香りを堪能していた。

「昨晩、ミンユー殿下からお話を伺いましたの」

婚活の部分は端折り、ファンロン王国が開発したキラー種について伝える。

話を聞いたシルヴェスターは考え込み、トリスタンは目を丸くした。

「一世代限りの作物ですか? でもそれって、あとがありませんよね?」

「はい。購入した側は、次も購入せざるを得ません」

「依存させることがファンロン王国の狙いか。随分と都合の良いものを開発したものだ」

試しに仕入れてみるか、というシルヴェスターに、トリスタンが声を上げる。

「危険です!」

「お前の勘が鋭くて安心したよ。本気ではない、思考をまとめる上で口にしただけだ」

クラウディアもキラー種の危うさについて、ずっと考えていた。

だからこそシルヴェスターがあらゆる道筋を辿っているのが予想でき、頭の回転の速さに舌を巻く。

(わたくしが脳内で一つを試行しているうちに、三つは終わってそうだわ)

片やトリスタンは、肌で危険性を感じ取っていた。

これは安易に手を出していいものではないと。

「余剰分として上手く利用する。賢く使えば、損はしない。ふっ、こう並べると詐欺師の常套句だが、自らこの思考に陥ってしまう者は我が国にもおろうな」

「自ら、というところが肝ですわね」

他人からおいしい話を持ちかけられれば、普通なら真偽を疑う。

チューチュエ王国の場合は、国力が劣っていたファンロン王国に献上品に近い形で与えられたことで、疑心が薄れていた。

その話を聞いた上で、自分なら上手く使えると考えてしまったらどうか。

警戒するどころが手を伸ばしてしまう。自分で出した答えに、人は疑問を抱かないからだ。

「依存してから、結局自分も手の平の上で転がされていたのだと気付く。キラー種には、手を出さないのが最適解だ」

微々たる量に留めていても、利益を得られる方法を人は手放せるだろうか?

上がった水準を、なかったことにできるだろうか?

「キラー種は、つくづく人の傲慢な心に作用するものですわね」

「こうして話されたからには、解決に向かっていると受け取れる。教会も把握している可能性が高い」

自国だけで対応が難しいとなったとき、真っ先に頼るのが教会だった。

「リーウェイ殿下が国際会議に招かれているのも、その関係かもしれぬ。東洋の二国は、キラー種という弱みが存在しているため、リーウェイ殿下への警戒を強めていた。だがミンユー殿下たちにとって、リーウェイ殿下が話のわかる人だったことから、警戒を解いたといったところか 」

メイユイとミンユーの行動の変化を、シルヴェスターがまとめる。

次いで、ふっと口角が上げられた。

「知らぬ間に、東洋では面白いことが起きているな」

「シル、困っている方がおりますのよ?」

「すまない、対岸の火事を眺めている気分だった。とはいえ、ファンロン王国に調子づかれるのは好まぬ。下剋上は失敗してもらわねば」

ハーランド王国にとって優先すべきは、外交がしやすい国だ。

わざわざ面倒ごとが増えそうな国を応援するいわれはなかった。

「さて、今日は雨だ。外へ行くのは断念して、建物内を見て回るか」

「まずは朝食ですね! 朝から頭を使ったからか、お腹が空きました」

トリスタンの言葉に、クラウディアも同意する。

近衛のコスタスが来るのを待って、朝食が用意されている広間一階へ下りることにした。

だがいくら待てども、コスタスが姿を現すことはなかった。

◆◆◆◆◆◆

「行方不明ですか?」

朝食後、広間一階でもたらされた報告に、クラウディアは愕然とする。

コスタスの到着が遅く、クラウディアたちは先に朝食へ向かい、城塞の使用人に様子を見に行ってもらっていた。

結果、部屋はもぬけの殻で、朝から誰も姿を見ていないという。

失踪でしょうか? とは使用人の言葉だ。

部屋があまりに綺麗だったためである。

「失踪はあり得ぬ」

シルヴェスターが断言する。

王太子の護衛に選ばれるほどの人である。持ち場を投げ出すなど、到底考えられなかった。

彼自身、天職と言っていたくらいだ。

トリスタンも首を傾げる。

「タイミングが不可解ですし、ここは城塞都市ですよ? どこへ行くっていうんですか」

「国際会議中、船は出せませんものね」

主催者によって禁止されている。

失踪が目的だったなら、三日目の朝――もしくは二日目の夜である必要性も思い当たらなかった。

「雨で足跡は消せるかもしれませんけど……うーん、国際会議の終わりを待って島を出たところで、行けるのは本島ぐらいです。早々に足がつくんじゃないかなぁ」

トリスタンの言うとおりで、行く着く先は限られている。

クラウディアは何かの素振りはなかったかと、シルヴェスターに訊ねた。

「最後に会ったのは、昨晩ですか?」

「そうだ、私を部屋へ送り届けたあと、外出はないと知ってコスタスは自分の部屋に戻った。不審な点は一切なかったぞ」

人の機微に聡いシルヴェスターが、異変を見逃すはずがない。

となると、他に考えられるのは。

「急な用事で出るしかなかった……としても、長時間の不在なら伝言を残しますわよね?」

「考えたくはないが、事件に巻き込まれているかもしれぬな」

残念ながら、一番濃厚な線だった。

「ケントロン国の王太子殿下に伝えてくる」

事件となれば緊急事態だ。

対応を相談すべく、シルヴェスターは席を立った。

そして間を置かず、雨の中、本島へ向けて狼煙が上げられることになる。

迅速な対応には理由があった。

行方不明者は、一人だけではなかったのである。

しかも悪いことは重なり。

「船が出せぬとは」

「この雨で海は大時化とのことです。元より潮流が速いですから、この状況で船を出しても難破するだけだと言われれば、納得するしかないですね」

「まさか孤立無援を体験することになるとは、思いもしませんでしたわ」

ほどなくして、ケントロン国の王太子から広間一階へ集まるよう号令がかかる。

まだ事態を把握していない参加者は、急な集合を受け、広間に集まるなり顔を見合わせた。

軽口を叩ける雰囲気ではなく、重苦しい静寂が広がる。

皆の視線が、ケントロン国の王太子へ集中した。

「お集まりいただき、感謝申し上げる。皆様にご足労いただいた理由を、これから説明させていただくが、最後まで落ち着いて聞いてください。慌てる必要は、何一つありません」

一呼吸置いて、王太子が現状を周知させる。

「今朝方、ハーランド王国の近衛コスタスと、修道者マリタが行方知れずとなりました」

二人の行方不明者が出た。

この事実に、ざわめきが起こる。

「どうかご静粛に。このことを受け、先立って本島へ狼煙を上げました」

不測の事態が発生した場合の対処法は、初日に説明されていた。

参加者の一人が発言する。

「では救援が来るのですね?」

「残念ながら悪天候のため、本島からも離島からも船が出せません」

ざわめきが大きくなり、「ご静粛に」と言葉が繰り返される。

「ここがどこだか、皆様お忘れですか? 難攻不落と名高い城塞都市です。たとえ救援がなくとも、問題はありません」

天気が回復次第、船は渡せる。

島は城塞都市として自給自足できるようにつくられている上、国際会議に際し、前もって十分な備蓄もあった。

「引き続き、皆様にはご不便をおかけすることなくお過ごしいただけます。ただ、この悪天候ですので、散策はお控えください。念のため、城塞内の警備を増やします。不安がある方の元にも、教会の騎士を派遣させていただきますのでお声かけください」

行方不明者については、事故の可能性も否定できないとして、締めくくられた。

自分たちの身の安全が保障されるならと、参加者たちは一応納得したようだ。

その後、シルヴェスターは個別でケントロン国の王太子に呼び出された。