軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16.悪役令嬢は第一王女と話す

クラウディアが風呂から上がったあとも、窓の外では滝のような雨が降っていた。

一階の廊下を歩いていると、チューチュエ王国の第一王女ミンユーと出くわす。

「ごきげんよう、ミンユー殿下。お一人ですか?」

「ああ、クラウディア嬢は風呂上がりか」

今日のミンユーはポニーテールではなく、髪留めでアップにした髪をまとめていた。

項が見え、はじめて会ったときより大人びて映る。

日が落ちたのと雨で気温が下がったからか、ミンユーは詰め襟の長袖を着ていた。鎖骨の辺りに留め具がついたワンピースで、全体的にゆったりとしている。

一言交わしたあと、ミンユーの目が揺らいだのをクラウディアは見逃さなかった。

逆行前によく見た表情だったため、自然と口から誘い文句が出る。

「よろしければ、一緒に温かい紅茶でもいかがです?」

「……ご厚意に甘えさせていただこう」

あえて自室ではなく、広間一階へ向かう。

ヘレンが常駐している使用人の元へ行き、紅茶の準備をしてくれた。

(ミンユー殿下は何を相談されたいのかしら)

母親に相談したいことがあるけど中々切り出せない子どもの顔、といったらわかりやすいだろうか。話すタイミングを見計らい、家事をしている周りをうろうろしているときのような、物言いたげな雰囲気がミンユーにはあった。

娼婦時代では新人の子によく見られたものだ。

警戒されると相手が話を切り出せなくなってしまうため、自室には誘わなかった。

ヘレンが淹れてくれた紅茶の香りを楽しみながら喉を潤す。

じんわり温かさが体に広がり、不要な力が抜けた。

ミンユーも同じだったようで、カップを置くと、ゆっくり口を開く。

「突然こんなことを訊かれても困ると思うんだが」

「なんでしょう?」

「殿方は、やはりあなたのような女性を好むものか?」

「人の好みは様々ですわ。どうしてそのように考えられたのか、お聞きしてもよろしいかしら?」

うむ、とミンユーはカップの縁を指でなぞる。

「立食パーティーや国際会議の場で、殿方の視線がクラウディア嬢に集まっていたように感じられた。弟もつい目で追ってしまうと……いや、決してやましい気持ちがあるわけではないと本人のために言っておく」

加えて、リーウェイやシルヴェスターのことが挙げられた。

(そういえば抱き上げられた現場に居合わせられましたわね)

リーウェイの乱行に、シルヴェスターが激怒した件だ。

「先ほどの、雨の中の戯れも見た。あなた方は心から思い合っているのだと、身に沁みて感じたところだ」

「お恥ずかしいですわ」

雨で視界が悪くなっていると油断していた。

トリスタンだけでなく、他の人の目もあったのだと知り、頬が熱くなる。

「羨ましい限りだ」

「ミンユー殿下は、パートナー探しに悩んでおられるのですか?」

「うむ、わたしもメイユイも適齢期を迎えた。良き殿方がいれば婚儀をと考えている」

「とりあえず婚約者のいる方は、避けられたほうが無難ですわね」

品格を損ねてしまいますからと、釘を刺す。

すぐにシルヴェスターに近付いたことだと察したミンユーは、潔く頭を下げた。

「すまない。まず先の愚行に対して謝るべきだった」

「頭をお上げください。ご理解いただけただけで十分です」

「わたしもメイユイもリーウェイ殿下に上手くのせられてしまった。いや、判断を誤ったのはわたしだ。他責をするつもりはないんだが……」

婚活の話の流れから、リーウェイはクラウディアを、ミンユーとメイユイはシルヴェスターを、それぞれ同時にアプローチすれば問題ないと言いくるめられてしまったという。

「思いのほか、リーウェイ殿下が話のわかる人で油断してしまった。あれほど口が上手い人だったとは」

「実は、ご一緒だった折、内心驚いておりましたの。立食パーティーのときは、お二人とも距離を取っておいでのようでしたから」

「本当に面目ない。噂だけで人を評価すべきではないと学ばせてもらった」

クラウディアの前では問題行為の多いリーウェイだが、どういう手品なのか、東洋の王族の間では好感度が増していた。

(悪い噂でマイナス評価だった分、些細な善行でも大きなプラスに働いたのかしら)

「今日は参加者に同行している者も含めて、色んな男性と話させてもらったが全く手応えがなかった。そこで弟に、クラウディア嬢を見習ってはどうかと提案された」

しかし話しかけるきっかけがなく、廊下を彷徨っていたとのことだった。

「お声がけして良かったですわ。気にせず、部屋にもご来訪ください」

「かたじけない。その、クラウディア嬢から見て、わたしに足りないものは何だと思う? できれば婿を取りたいという条件が、足を引っ張っているのだろうか?」

チューチュエ王国は、婿を迎えることで、女性でも王位を継げた。

男女関係なく、王族の血が入っていれば問題ないのだ。

「ミンユー殿下は、同性のわたくしから見ても魅力的です。足りないものがあるとすれば、タイミングでしょう」

「タイミング?」

「まだ相手を妥協するお歳でもありません。国にとって、ミンユー殿下にとって適する方と出会っていないか、出会っていたとしても、婚約するのが今ではないのだと愚考いたします」

「その場合、わたしはどうすればいい?」

「男性を見る目を養ってくださいませ。噂に踊らされず、口車に乗せられず、相手を正しく評価することが何よりの近道です」

娼婦でも、あっさり客に騙される子はいる。

肌で感じた違和感を見逃さないことが大切だと、年長女性としてクラウディアは諭した。

「ミンユー殿下のご身分ともなれば、ほとんどの男性が条件的に物足りなくなるでしょう。でも見る目があれば、その中でも輝くものを見付けられます。そして自分の利点を相手に提示しやすくもなります」

相手を分析できれば、望むものもわかってくる。

逆行前にも似たようなアドバイスをしたことを思いだしていると、ミンユーはお付きの侍女を呼んだ。

「すまない、メモを取らせてほしい」

クラウディアが伝えたこと一つ一つ復唱しながら、ミンユーは書き残していく。

実直な女性だ。

「ありがとう、大いに助かった。このままではリーウェイ殿下も候補に挙がりそうだったんだ。さすがにリーウェイ殿下相手では、わたしが嫁に行くしかなくて困っていた」

ここでもやはりチューチュエ王国とファンロン王国の力関係が気になる。

ミンユーの言い様では後宮に入るのも致し方なく、ファンロン王国のほうが力を持っているようだ。

「一つお訊ねしてもよろしいかしら?」

「ああ、何でも訊いてくれ。クラウディア嬢の問いなら、包み隠さず答えよう」

ミンユーにとって得るものが大きかったらしく、予想外の大盤振る舞いだった。

では、と頭に浮かんでいた質問を、より核心的なものに変更する。

「チューチュエ王国は、ファンロン王国に何か弱みを握られているのでしょうか?」

「……」

ミンユーが顔色を失う。

先ほどの発言を後悔しているのが、手に取るようにわかった。

「無理に答えていただく必要はありませんわ。どうもこちらの情報が最新のものではないようで、気になっていたのです」

「いや、答えると言ったのはわたしだ。前言は撤回しない。ただ、これで貸し借りは無しにしてほしい」

「もちろんです」

ふうー、とミンユーは長く息を吐く。

彼女の中で話す内容がまとまるのをクラウディアは待った。

「まだ弱みには至っていないと、わたしたちは考えている」

「はい」

「ただファンロン王国から稲の苗を輸入しだしてから、風向きが変わりはじめた」

ファンロン王国の稲は実りが良く、豊作が約束されていた。

耕作地の少ない、特に砂漠を持つ領主は、これを歓迎した。

(きっと多かれ少なかれ北国のショワンウー王国にも通じる話だわ)

決して明言はされないけれど。

「この稲には問題もあったが……何せ安価でな。目先の利益を優先する者が現れるのに時間はかからなかった」

ファンロン王国の稲を育てれば、食糧自給率は高水準を維持できる。

ここが落とし穴だったとミンユーは語る。

「表面的な数字に満足している間に、問題の根が着実に我が国を浸食していた」

実りが良い苗を安価で手に入れられる時点で、裏があるのではと考えるべきところだ。

しかし国力差でファンロン王国が劣っていたのもあり、献上品に近い形で受け取っていたため気に留める者がいなかった。

「ファンロン王国の稲の問題点、それは成った実を植えても発芽しないところにある。一世代だけ収穫できる稲なんだ」

一瞬、理解が追い付かなかった。

そのような植物が存在するなど、クラウディアは知らなかったからだ。

(もしかしたら報告には挙がっているかもしれないわね)

クラウディアに届ける情報としては弱く、選ばれなかった可能性がある。

自国で栽培する限り、将来性のないものだ。そのうち淘汰されると考えても不思議ではない。

(シルにも伝えて、ファンロン王国の報告書を検めないと)

なくなるはずのものが、なくなっていないのだから。

「ファンロン王国側は、毎年その苗を生み出せるのですね?」

「しかも他国へ売れるほど大量にな。それ専用に作付けしているんだろう。わたしたちは、これをキラー種と呼んでいる」

依存するようになって気付く。

安価で実りの良い苗は、いつか自分たちを殺すものだと。

ファンロン王国が供給を絶てば、瞬く間に食べるものを失う未来が待っていた。

「だが安心してほしい、既に対策済みだ。考えの浅い領主を切り捨てても良かったんだが、最終的に国民にしわ寄せがいくからな、国のほうで軌道修正した」

さすがに対策の詳細までは教えてもらえなかった。

頭の中で聞いた話をまとめる。

「今後キラー種が脅威になることはないけれど、現在すぐに供給を絶たれるのは困る状況ということでしょうか」

リーウェイに求められたら、ミンユーもメイユイも後宮に入ることを拒めないのを踏まえると、こういう結論に達する。

「わたしの口からは肯定も否定もしない」

「それで結構です。情報の等価交換になっていないのが心苦しいですわ」

年長女性としてのアドバイスと国家機密では割に合わなすぎる。

眉尻を下げるクラウディアを、ミンユーはきょとんと見返した。

「得をした、とは思われないのか?」

「あまりに得るものが多すぎると、バランスが悪くて落ち着きませんの」

どこかで帳尻をつけなければと思う。

キラー種の話になってから、はじめてミンユーは笑った。

「なるほど、クラウディア嬢は徳の高いお人のようだ。気にせずとも機密というほどのことではない。輸入については調べればわかる。ただ現状、あまり注目されてないだけだ」

ミンユーが腰を上げる。

「長話になってしまったな。蒸し返してしまうが、雨に濡れるお二人は美しかった」

「お忘れください」

「恥じる必要はない。わたしの国では、徳が高い人が来ると雨が降るという言い伝えがあるんだ。機会があれば、ぜひシルヴェスター殿下と二人で訪ねてほしい。盛大に歓迎しよう」

「ありがとうございます。そう言っていただけて、救われますわ」

辞するミンユーを見送ってから、クラウディアも部屋へ戻る。

(シルへは、明日の朝一に報告しましょう)

夜も更けていた。

雨足は強かったが、ミンユーと打ち解けたことで、クラウディアの足取りは軽かった。