作品タイトル不明
34.聖女は現実と向き合う
「どうしてわかったんですか!?」
「大聖堂に信徒が押し寄せているのは知っている。聖女殿の発言が、間違った解釈で広まった結果であることも。悩まないほうがおかしい」
気付いてないかもしれないが、眉間にシワが寄っていると指摘されて、慌てて手で隠す。
「これが聖女でなく、権限のある枢機卿なら、司祭など役職を経ていく上で学んでいくのだろう。また跡目を継ぐ者なら、教育の中で領民への接し方を学ぶ」
そのどちらでもないフェルミナは、いわば特例だった。
「本来なら側近であるノリス司祭が助力すると思うのだが、発言に際し、校閲は受けなかったのか?」
「こんな感じで告知するとは伝えました。シルヴェスター殿下にとって、わたしの発言は危うく思えましたか?」
「あのときは、危うさよりも衝撃が勝った。ただ黒魔術や魔女の実態は、世間一般にあまり知られていない。国民にとっては、どこかで耳にした程度だろう。身近でないものを語るには、説明が足りないように感じられた」
センセーショナルな衝撃と一緒に、受け手にとって不確かな言葉が手元にやって来る。
「理解と既知は違う。けれど、言葉を知っているが故に、双方の間で会話が成立してしまうのが厄介だ」
理解している人が前提ありきで話したことを、知っている人は前提を飛ばして聞いてしまう。そして情報として足らない部分は、勝手な想像で補完する。
「日常の中で、そんなインプットとアウトプットが繰り返された結果、知っているだけだった人も理解した気になってしまうのだ」
「ですが、教会は黒魔術に奇跡の力はないと公表しました」
ちゃんと答えを出している。
なのに何故、勝手な想像が収まらないのか、フェルミナは疑問だった。
「『奇跡の力』もまた、『黒魔術』や『魔女』と並んで、実態が不明瞭なものだからだ。聖女殿は奇跡の力について、具体的に説明できるかな?」
きまぐれな神様が起こす奇跡。
瞬時に答えが浮かぶも、話の流れでこれだけはでは足りないと感じる。
目を左右に動かしながらフェルミナは考えた。
そして言葉の認知度として、黒魔術や魔女と同列に語られた意味を悟る。
一般の人にとって、奇跡の力もまた触れることのないものだ。
修道者は毎日のように司祭から教会の歴史を学ぶ。その中で、きまぐれな神様が起こした奇跡も司祭の解釈を伴って語られた。
一般の人も教会に足繁く通い、司祭の話を聞いて、理解度を深めることはできる。けれど多くの信徒に、そんな余裕――時間――はない。
「教会は理解していることが当たり前になっていて、知っているだけの人がいることを、忘れてしまっているんですね」
自分もそうだ。
黒魔術について、民衆が理解しているのを前提で語っていた。
信徒が勝手に言っていることと思っていたけど、種をまいていたのは自分だったのだ。
フェルミナが出した答えに、シルヴェスターは頷く。
「一つ、フォローをするならば、教会が出した声明の短さは致し方ないことでもある。端的に述べなければ、まずもって情報が広く届かないのだ」
説明が長くなればなるほど、何が要点なのか混乱する。
伝言することを考えればわかりやすい。
「先に重要な事実だけを伝え、詳細は随時礼拝などで少しずつ伝える算段だろう。理解者が増えれば、混乱は収束していく」
大聖堂の多忙さも、一時的なものだという。
いつかは収まると知り、フェルミナは胸をなで下ろした。
「ただ聖女殿の発信力が強いが故、どこまで話が一人歩きするかは私にも不明だ。少なくとも現状は、各地の教会施設が大聖堂と同じ状況にある」
「王都の大聖堂だけではなかったんですか!?」
教会や修道院にまで民衆が押し寄せていると聞き、フェルミナは血の気が引いた。
もしかしたら離島の修道院にも、自分の発言で迷惑がかかっているかもしれない。
「聖女殿はクラウディア嬢の容疑を広く周知させるために、あの場で公表したのだろう? ならば同様の混乱も広く起きて当然ではないか?」
「あ……」
少し考えればわかることだった。
愕然とし、思考が途切れる。
言葉もないフェルミナに、いつでも相談に乗ると、シルヴェスターは穏やかに微笑む。
発せられた声が、そっとフェルミナに寄り添った。
「君からすれば、私は最も恵まれた生まれだろう」
咄嗟に否定できなかった。
世が不条理である怨嗟をずっと抱えていた。
今もその気持ちは消えていない。
フェルミナの反応に気分を害しても仕方ないのに、向けられたシルヴェスターの眼差しは優しかった。
「事実だ。私は責任と同時に多くのものを与えられている。君が抱える苦しみや悲しみが、どれほどのものかは想像できない。それでも、君が耐え、生き抜いてきたことを尊いと感じる心はある」
胸に手を置き、拳を握る姿に訴えかけられる。
これほどまでに、自分のことを考えてくれていたことに驚いた。
(わたしから情報を得るためだけじゃなかったんだ)
自分にとって会食が息抜きである半面、シルヴェスターにとっては、教会の動向を探る場だと思い込んでいた。
(ずっと、わたしが心に抱えるものを知ろうとしてくれていたの?)
話してきた内容を思いだす。
確かに教会の動きを伝えるだけで終わったことは一度もなかった。
「君の過ごしてきた日々、感情は、全て君のものだ。一つも無駄なものなどない。だから君が感じるものを、そのまま受け入れ、大切にしてほしい」
君は君のままでいいと言われ、全身がじんわりと温かくなる。
荒れた指先から、頬やこめかみに至るまで。
善きおこないを色んな人が褒めてくれた。
けれど苦痛を含めた自分自身を認められたのは、これがはじめてだった。
(お母様ですら自分を責めるばかりで、わたしが感じる痛みには鈍感だったわ)
フェルミナの苦痛がわかるからこそ、原因たる自分を責めていたのだろうけど。
ただ寄り添ってほしかった。
苦痛を拒むのではなく、シルヴェスターが言ったとおり、何もかも含めて自分なのだと認めてほしかった。
今更ながらに気付く。
思いが通じない母親に苛立っていたけれど、自分の望みを言語化できていなかったことに。口に出さなくてもわかってほしいなんて、ただの甘えだ。怒る資格なんてない。
「わたしって、いつも遅いのね」
つい声に出してこぼしてしまう。
呟きは、シルヴェスターにも届いていた。
「遅くない」
「でも」
「気付いたときが、最短だ。何も気付かず、一生を終えることだってあるのだぞ? 君には必要な時間だった」
ああ。
本当に。
この人は、自分が抱えるものを、全て大切にすることを願ってくれている。
視界が潤み、嗚咽が漏れそうになって、手の平で口を塞ぐ。
聖女を冠してから、人前で張り続けていた気が、緩んだ瞬間だった。
シルヴェスターは、そんな弱い姿を見なかったことにしてくれた。
抱き締めて慰められなかったことに寂しさを覚えるも、対等なのが嬉しい。
そして落ち着いたあとに、シルヴェスターから自分の全てを覆す情報が与えられた。
動揺した。
でも、それも、対等である証だった。