作品タイトル不明
33.聖女は戸惑う
小さく日差しが差し込む大聖堂の客室で、フェルミナは混乱していた。
なんとノリス司祭が、ナイジェル枢機卿だったと判明したのだ。
ギーク枢機卿から面会の許可がおり、挨拶に伺った先のことである。
年老いたナイジェル枢機卿の姿に、最初は同一人物だと気付けなかった。
本人から明かされても、冗談かと疑った。
仕草や雰囲気だけで、年齢すら偽れるのかと口を開けて呆けてしまったぐらいだ。
(意味がわからないわ)
動揺するフェルミナに、ナイジェル枢機卿は正体を偽っていた理由を話してくれたが、まだ上手く呑み込めていない。
(身分にとらわれず、自由に行動するためだって言ってたけど……あぁ、もう! ただでさえ忙しいっていうのに!)
頭をかき乱したい衝動を堪える。
問いただしたいことはたくさんあったが、フェルミナを取り巻く事情が、それを許してくれない。
大聖堂には連日、黒魔術から守ってほしいと訴える民衆が押し寄せていた。
フェルミナが放った言葉が一人歩きした結果だった。
聖女様が言ったのだと発言を引用されるため、フェルミナが先頭に立って対応せざるを得ず、朝から晩まで働き詰めの日々が続いている。
(こんなはずじゃなかったのに……)
はじめのうちは想定どおりに物事が進んでいた。
クラウディアが魔女である真実が、民衆の間に広く浸透していったのだ。
けれど、ある日を境に風向きが、黒魔術へと変わった。
きっかけは不明だ。ギーク枢機卿は、人の移り気が原因だと言っていた。
(教会から公式の発表が出ているのに、どうして信じてくれないの?)
黒魔術に奇跡の力はない。
だというのに、人は呪えるんじゃないかとか、クラウディアが遠くから人を操ったのではないかと意見が絶えなかった。
黒魔術を恐れるあまり、クラウディアを早く処刑しろという声もある。
僅かではあるものの、残忍な意見が存在する現実を、フェルミナはどう受けとめたらいいのかわからない。
クラウディアに対し、相応の処罰を求めてはいた。
でも自分と同じように、修道院へ籍を移されるのを想定していたのだ。
聖女と一修道者、その立場の違いを想像して楽しんでいた。
(ダメ、準備しなくちゃ。迎えが来てしまうわ)
今日はシルヴェスターとの会食を理由に、忙しい現場を抜け出せていた。
善きおこないを続けるためには、サボるという選択肢はない。
けれど最近、とみに息苦しくなってきていた。
(わたしは、聖女のはずなのに……)
頭痛の気配を感じながら、フェルミナは王城からの迎えの馬車に乗った。
◆◆◆◆◆◆
食堂の長机には、色とりどりの料理が並べられていた。
いつもは一品ずつ運ばれて来るのだが、今日は形式が違うらしい。
フェルミナの視線が皿の上を行き来しているのを見て、シルヴェスターが補足する。
「温かい料理は、このあと運ばれてくる。それまでは気になったものを好きに食べてくれ」
「ありがとうございます」
ナッツの上に飴色のソースがかかったサラダにフォークを刺す。
口に含むと、サクサクのナッツと野菜のシャキシャキ感が合わさり、香ばしくも甘い風味が鼻を抜けていった。
王城で食べる、おいしい料理が心の救いだった。
大聖堂での食事は代わり映えがなく、お腹を満たすための作業に近い。
「今日は、聖女殿の時間があまり取れないと聞いて、この形式にしてもらった」
「えっ!?」
初耳だった。
訊けば、聖女様は忙しいから時間を縮めるよう要求されたという。
(わたしに何の断りもなく!?)
思わず目尻がつり上がりそうになる。
やっと休めると思ったのだ。疲弊した心を癒やせると。
会食がなくなったわけじゃないが、大切な時間を取り上げられた気分だ。
ここで黙り込むとシルヴェスターに失礼なので、何とか会話を繋げる。
「わたしのために、わざわざ用意してくださったんですか?」
「私も忙しいときは、この形式で食べるのだ。料理人たちは慣れているから、気にしなくていい」
口ぶりから察するに、度々あることのようだった。
「目まぐるしい日々を送っていると、食事が唯一の楽しみになる。聖女殿にも堪能してもらえれば、皆、喜ぶ」
「はい、堪能させていただきますっ」
シルヴェスターの意見に完全同意する。
(考えてみれば、シルヴェスター殿下もわたしと同じだわ)
休めない。
サボることを許されない。
王太子として、聖女として。
国民を、信徒を、背負っている。
大聖堂で働いている間は、誰も自分のことをわかってくれないと思うことも多々ある。
でも呑み込むしかなかった。自分は聖女で、特別な存在だから。
けど、その特別を分かち合える人がいたのだ。
「シルヴェスター殿下は、最近どうですか? お忙しいでしょうか」
「そうだな、執務に追われているが、まだ寝る時間はある」
「寝る時間がないときも?」
「時には。最近で言うと、ナイジェル枢機卿の独断での入国に対する処置や、各地で起こっている混乱を整理することだろうか」
語られる内容は、規模が違った。
よく見れば、シルヴェスターの傍らには書類がある。
(わたしが来る直前まで、仕事をされていたんだわ)
フェルミナの忙しさは、大聖堂に限ったものだ。
礼拝時間は夕方で終わるので、それ以降、信徒の来訪はない。
事務作業が残っているものの、夜には決まった時間に寝られた。
(一国の王太子ともなると、睡眠時間まで削られるなんて)
国内全土の事情が、この王城に集まっていた。
「お疲れ様です。わたしには、まだ甘えがあったようです」
「聖女殿も、よくやっていると聞いている。一修道者から、段階を経ることなく上位の聖女になったのだ。せめて領地単位での経験があれば、また違っただろうが」
トーマス伯爵夫人との面談もそうだ。
経験があれば、夫人に腹を立てることなく、話をまとめることもできたという。
「とはいえ、聖女殿が積み上げてきたものはちゃんと評価されている。そのうち、私も相談を持ちかけることがあるだろう」
「わたしでお役に立てるなら本望です」
国の話に、どこまで付いていけるか自信はなかったが即答した。
力を求められたことが嬉しかった。
「忙しさについては、私の立場上、していることが大きく聞こえるかもしれぬが、領主なら誰もがやっていることだ。リンジー公爵も、決して暇な人ではないだろう?」
言われて、頷く。
確かに父親も帰る日が遅かったり、帰られず王城に泊まることもあった。
(わたし、お父様の仕事内容もよく知らないわ)
知らなくても許された。
公爵令嬢だったから。
(いえ、本当にそうかしら?)
知ろうとしなかっただけじゃないのか。
公爵令嬢を理由に、面倒なことから目を背けていただけじゃ?
(わたしって、つくづく楽なほうへ逃げる人間なのね)
そして聖女となり、以前の言い訳が通用しなくなった途端、こうして疲れ果てている。
離島の修道院でグチっていた自分に言いたい。聖女になってからのほうが大変だぞ、と。
まだあのときは背負うものがなく、好き勝手にものを言えていた。
(でも、今は……)
世間を良くしようと放った言葉でさえ、別の部分に焦点が当てられる。
こちらの言いたいことをくみ取ってもらえず苛立ちが募った。だからといって、それを信徒たちにぶつけるわけにもいかなくて。
「聖女殿は自分の意図とは違う方向に発言の解釈が進み、戸惑ってはおられないかな?」
正に悩んでいたことをシルヴェスターに言い当てられ、フェルミナは握っていたフォークを落としそうになった。