作品タイトル不明
28.悪役令嬢は海賊に案内される
「アラカネル連合王国にも貧民街はあるわ。そういった心身共に貧しい環境を見せることなく、お母様はあなたを育て上げられた。とても素晴らしいことよ。あなたがお母様を誇るのは当然だわ」
しかも信仰の違いから、アラカネル連合王国にある修道院は、アラカネル島に限られる。
ハーランド王国では、教会の受け皿があっても貧困層を支えきれないのに、連合王国にはその受け皿すらなかった。
政策が間に合っていないのは、どの国も同じで、頭を悩ませる問題の一つだ。
「あなたはお母様によって選択肢を与えられた。けどルキの言うとおり、選択肢すら与えられない人が、この世の中には大勢いるの」
海賊だってそうだ。
ただイーダの海賊船は、スラフィムと関係がある。
海賊の中でも、特別な立ち位置のため、引き合いには出せない。
(イーダも、チェステアの母親を慮って、酷い環境のところへは連れて行かなかったのかしら)
もしくは育てることに慣れていないのか。
チェステアの考えを知りながらも娼館へ連れていったことを考えれば、多いにありそうだった。
職人の中には、見て学べ、技を盗めと、相手に丸投げする者もいる。
技術を言語化できないからだ。
イーダは娼館へ連れて行くことで、様々な家庭環境や女性の努力があることを、チェステアに見抜いてほしかったのかもしれない。
「すぐには理解できなくとも、意識して目を向ければ、その片鱗はどこにでもあるわ。わたくしやルキから見れば、あなたはもっと視野を広くできる。ルキの怒声は、もっと目をかっぴらいて、ものを見ろ! っていうエールよ」
「目をかっぴらく……」
言いながら、素直に淡い青紫色の目を見開くチェステアは可愛らしい。
(エヴァが言っていたのは、このことかしら)
港町の娼婦エヴァリールも、チェステアについて、憎いところばかりではないと語っていた。
「ただ辛い現実を見ることになるから、ほどほどにね。時には目を閉じて、自分の心を守ることも大切よ」
「わかったわ。イーダはここが悪いって指摘はしてくれるけど、説明がないの。経験して学ぶしかないって。理解できない自分が悪いと、ずっと思ってたわ。学ぶ手段を得られていなかったのね」
やはりイーダは言葉が足りなかったようだ。
「ついでに言っておくと、勉強しても学力に繋がらない人もいるわ」
「勉強しても?」
唖然とするチェステアを見て、彼は勉強が得意なのだと察する。
「できる人は、できない人が理解できないわよね。体力がなく、学ぶこともできない人は、どうすればいいと思う?」
「……」
「役立たずだと切り捨てるかしら?」
「……わからないわ」
「ふふ、イジワルな質問だったわね。正解はないの。漠然とした理想はあっても、具体案はわたくしも持ち合わせていないわ」
何か思いついても、それが成功するとは限らない。
「こんな風に、答えのない問題も存在するの」
「クラウディア様は、ずっとそんな問題と向き合っているの?」
「わたくしがやりたいことだから」
そう言って、笑う。
恵まれた環境で生まれ育った責務でもあるけれど。
問題を解決できる力があるなら、望む未来のために使いたい。
どんな生まれでも、選択できる世の中にしたかった。
(それが、わたくしのやりたいこと)
改めて目標を確認し、抱えている不安が少し晴れる気がした。
ナイジェルに足止めされている場合ではないのだ。
チェステアが帰ったあと、ルキに呆れられる。
「姉御は面倒見が良すぎだ」
「前へ進もうとしている人がいて、自分が協力できるならしたいのよ。だってタイミングが合わないとできないことだもの」
時間に方法、何より余裕がなければ、他人と向き合えない。
巡り合わせが良かったの、と伝えると、ルキは納得した。
「いい暇つぶしになったってことか」
ものは言い様である。
◆◆◆◆◆◆
翌朝、スラフィムのいる島が見えてきた。
入港し、港へ降りる。
「あー長かったー!」
「揺れない大地が有り難く感じられるわね」
はじめての長い船旅だった。
ルキに続き、クラウディアも両腕を広げて伸びをする。
港は、上を見ても、下を見ても青かった。
空には清々しい青空が広がり、海でも同じ色が日差しを受けて輝いている。
透明度が高く、浅瀬では泳ぐ魚や海底にできた影まで見えた。
小さな島で山と海が近く、木々の碧さも映える。
遠目に町の様子が窺えた。
石垣に囲われた木造の家屋に、テラコッタ色の屋根が並んでいる。
港近くの白い砂浜といい、宝石を散りばめたような景色だった。
イーダがチェステアを連れて現れる。
「こっちに裏道がある。付いてきてくれ」
町へ続く表通りには向かわず、林に紛れる。
波の音を近くに感じながら、イーダが先導する獣道を進んでいく。
しばらくして、背の高い石垣が現れた。
石垣の一部に、小さな窓の付いたドアが設置されている。
ひと一人がやっと通れる大きさのため、イーダは窮屈そうだった。
あとに続いて入った先は室内で、空間が開け、廊下が続く。
廊下の向こう側で、金髪の貴人が佇んでいるのが見える。
「やっとお出ましか」
「おいおい、口には気を付けてくれ」
ルキの発言をイーダが咎める。
「おれはいつもこうだ」
「そんな気はした」
イーダにとっては、自国の王太子。
ルキにとっては、腹違いの兄弟である。
ルキの容姿に、イーダも関係性を予想していたらしく、一応の声かけだった。
二人の間に挟まったチェステアは、しきりにスラフィムとルキを見比べている。
「もしかしてチェステアは、スラフィム殿下とはじめて会うのかしら?」
クラウディアが訊ねると、悲鳴に近い声が上がる。
「はじめてよ! 双子だって知ってたなら先に言ってよね!?」
「いや、俺も驚いたから」
声量を抑えながらも、イーダに詰め寄った。
双子じゃねぇよ、とルキが訂正する。
賑やかな来訪を、スラフィムはグレーの瞳を細めて楽しそうに眺めていた。
スラフィムの前へ出たイーダは、背筋を伸ばし、静かに頭を垂れる。
「客人をお連れしました」
「ご苦労様です。道中で、すっかり打ち解けたようですね」
和やかに笑む好青年。
その柔らかい雰囲気を壊したのは、同じ顔を持つ狡猾な青年だった。
ルキは呻る獣のように、鼻根にシワを寄せる。
「てめぇっ、姉御を試すなんざぁ、どういう了見だ!」
突如響いた怒声に、一瞬にして部屋の空気がピリつく。
ここにはスラフィムを守る騎士たちもいるのだ。
すぐさま主人は手を挙げ、騎士たちを制止する。
「試した覚えはないけど……詳細を教えてもらえるかな?」
「はっ、シラを切る気かよ。そっちが寄越した海賊のせいで、どれだけ姉御がショックを受けたと思ってる!?」
クラウディアは否定せず、視線を落としながら苦笑する。
これにスラフィムは血相を変えた。
「イーダ、どういうことですか?」
「え? 俺はいつもどおりに……」
「いつもどおり? まさか、ただ引き継ぐのではなく、試したんですか!?」
どうして今更、と思ったけれど、スラフィムにとっても想定外だったようだ。
クラウディアとルキはその可能性を見越し、客室へ案内されたあと相談するに至った。
何もなければクラウディアは、一方的にスラフィムを頼る形になって借りをつくる。
けれど、この件を上手く扱えば、その借りをなくせると踏んだ。
「姉御の状況を知っていながら、よくできたもんだよなぁ!」
オラつくルキのがなりは堂に入っていた。さすがプロである。
「ルキ、結果的に何もなかったのだから……」
「いえ、申し訳ありません! こちらの伝達ミスです」
謝罪するスラフィムに、部屋全体に動揺が走った。
何せ国を代表する王太子が頭を下げたのだから、イーダとチェステアは所在なさげだ。
(二人には悪いけれど)
命の危機だと、恐怖を感じたのは本当だ。
この場は泥を被ってもらう。
「ただでさえ心を痛めておられるのに追い打ちをかけるとは……お詫びの言葉もありません。まずは、ゆっくりしていただくのが良いでしょう。お部屋は用意してあります」
「それで誤魔化すつもりか?」
「まさか。ご連絡をくださった件の働きでお返しできたらと思いますが、いかがでしょうか?」
「そうしてくださるなら、わたくしは助かりますわ」
望む言葉を引き出せたので、話がこじれるのはここまでだ。
双方納得の意を示し、一旦、時間を置いて、話し合いは昼食の場へ持ち越されることになった。
ルキは護衛扱いで、同じ部屋へ通される。
ただ中にも複数の部屋があり、寝所は別で用意されていた。
案内の侍女が説明してくれる。
「クローゼットの中にドレスを用意させていただいております。お食事前に湯浴みはいかがですか?」
「お願いするわ。ここは部屋から直接外へ出られるのかしら?」
部屋の奥にドアと同じ大きさの窓があった。
ガラス越しに、白い砂浜が窺える。
「はい、プライベートビーチへ出られるようになっております。よろしければ、湯浴みの準備中、散策されてはどうでしょう」
港で見たスカイブルーの海を思いだし、クラウディアはビーチへ出ることにした。