作品タイトル不明
27.悪役令嬢は海賊と話す
夕食を食べたあと、クラウディアとルキは、海賊船にある客室で過ごしていた。
客室といっても、乗組員と分けられた個室という感じで、必要最低限のものだけが窮屈そうに揃えられている。ベッドは二段ベッドだった。
ベッドサイドには小ぶりの丸テーブルと椅子が二脚置かれている。
折りたたみのパーティションがあるので、着替えには困らなかった。
ルキと同室だが抵抗感はない。
彼にとって自分が性別を越えた「ボス」という存在であるとわかっていた。
「髪を洗いたいわ……」
贅沢なのはわかっている。船の上では真水がいかに貴重かも。
だからといって欲求は消えないのが難点だ。
「わかる。おれはいい加減切りてぇんだけど」
スラフィムの影武者を務めることがあるため、ルキも長い金髪をよく手入れしていた。
海風にあたると髪がごわつくため、二人揃って後ろでまとめている。
明日の朝には目的地に着くというので、もう少しの辛抱だ。
「スラフィムと会ったとき、おれはブチ切れるからな」
「ええ、わかったわ」
甲板では会話の邪魔をしないようルキは引き下がったが、怒りは消えていない。
ここは素直にぶつけてもらおうと、客室へ案内されてすぐ相談した。
「しかし籠もってると時間感覚が狂うぜ」
窓がないため、時計を信じるしかないのだ。
部屋を出ても廊下と別の部屋があるだけで、日の光を浴びるには甲板へ出るのが一番手っ取り早い。
そんな他愛もない話をしてると、来客がある。
「ちょっといいかしら……?」
意外なことにチェステアだった。
クラウディアが迎え入れると、ルキが立って椅子を勧める。
紳士的に見えるが、チェステアを背後から見張るためだ。
「訊きたいことがあって」
視線を落としたチェステアは、膝の上で指を絡める。
リリーのときとは真逆の、弱気な態度にルキと顔を見合わせた。
「あの子たちの問題は解決したのよね?」
「ウーゴスに関することは解決したわ」
「そう……あなたは、最初からそれが目的だった」
甲板でイーダとした話を、反芻しているようだ。
「乗組員たちはどうなったの?」
「最終的には療養することになるわね。たくさん無理をしていたから」
お香が使われた話は秘匿案件なので、核心部には触れない。
「ウーゴスがやってたことは? その、犯罪ギルドに悪用されないの?」
チェステアの質問内容で、彼が優しい人なのだと知る。
彼にとって港町ブレナークは他国のことであり、他人事だ。
仕事上の付き合いだと切り捨てる人もいるのに、港を離れてからも、ずっと現地のことを心配していたらしい。
「悪用はされないわ。そもそも誰にでもできることではないの。彼の身柄は国へ引き渡されたから、犯罪ギルドも関与できないわ」
ウーゴスを引き渡す対価として、彼の資産は犯罪ギルドが押収したことを伝える。何の得もなしに、犯罪ギルドが協力すれば怪しまれた。
ここでようやくチェステアの淡い青紫色の瞳と目が合う。
「全部あなたが手配したのよね?」
それに答えたのはルキだった。
「姉御じゃなきゃ、できねぇよ。犯罪ギルドに協力させた上で、国に事態を治めさせるなんてな。言っとくけど、あんたのとこの上役と同じくらい住む世界が違うからな。軽々しく話かけられる相手じゃねぇぞ」
クラウディアが何も言わないので黙っていたが、度重なる質問に限界がきたという。
チェステアは慌てて頭を下げた。
「すみません!」
「いいのよ、ルキも気にしないで。ここでは『ただのクラウディア』でいたいわ」
前の船で立場に振り回されず過ごせたのが気に入っていた。
身分を手放したいわけじゃない。むしろ対価を払い、どんどん利用していきたい。
ただほんの少しだけ、何者でもない時間が有り難かった。
「姉御がそう言うなら、いいけどよ」
「チェステアにも、今までどおりの対応をお願いするわ」
戸惑いながらも、わかったわ、と了承してくれる。
「疑問は解消されたかしら?」
「ええ……本当は、ただ謝りたくてきたの。ずっと失礼な態度を取っていたから。でもいざとなると切り出せなくなって……ごめんなさい」
改めて、深く頭を下げられる。
「謝罪って勇気のいることですものね」
「許してくれるの?」
「元から、気にしていなかったわ。世渡りが苦手な印象はあったけど」
「うっ、イーダからもよく言われるわ。口に出す前に考えろって」
今ならチェステアの心に触れられる気がして、今度はクラウディアが質問する。
「リリーのときが顕著だったけれど、女性に対して思うところがあるのかしら? 娼館での話も聞いたわ」
娼婦たちから総スカンを食らったこと。
チェステア自身も彼女たちを否定だったこと。
さすがに娼館の件が出てくるのは予想外だったらしく、一瞬にして顔が真っ赤になる。
「どうしてそのことを!?」
「姉御をなめんな。普段と違うことがあれば情報が入る」
実際は雑談で聞いたのだが、ルキが良いように語る。
目を泳がしていたチェステアは、深呼吸して居住まいを正す。
「あたし、海の女神を信奉しているの。この口調や服装も、その影響よ。だからって別に女性になりたいわけじゃないわ。修道服みたいなものなの」
信仰上の服、ということだった。
たとえがわかりやすかったので、ルキも納得する。
「あと女性というと、あたしの中で母親が軸になるの。あたしの母親は、それはもう強い人で」
女手一つで育てられた生い立ちを聞く。
「男性に混じって働いて、イーダと張り合うくらい腕っ節も強かったわ。さすがに、あそこまでの筋肉は求めてないわよ?」
性差に関係なく、母親は対等だった。
「決して男性に媚びることはなかった。だから安易に縋る女性がダメなの。強く対等でいられるポテンシャルをドブに捨ててるように見えるのよ」
「なるほど、女性への理想が高いのね」
「ただのマザコンじゃねーか」
「ルキ」
クラウディアが婉曲に表現した言葉を、ルキが台無しにする。
「母親を尊敬するのは、そんなに悪いこと?」
「いいえ、悪くないわ。けれど、それで他の女性に対し排他的になるのは、お母様も望んでおられないのではないかしら」
理想は大なり小なり誰でも持っている。
嫌悪感を抱く相手だっている。チェステアは、そのエリアが極端に広かった。
「つーか、何で姉御のことは、すんなり受け入れてんだよ」
「クラウディア様は、賢い女性だから」
イーダに甘えた声を出したのも、全て演技だった。
甲板でことのあらましを聞き、イーダと対等に会話する姿に感服したという。
「おん? あんたもしかして、娼婦が本気で客に甘えてると思ってんのか?」
「まさか。気に入られるために演技してるのぐらいわかってるわ。けど、はじめの時点で考えることを放棄して娼婦になったんじゃない」
肉体労働には向き不向きがある。
なら勉強して、小売店の販売員などを目指せば良い話だとチェステアは語る。
これにはルキが噛みついた。
「ふざけんなっ、彼女たちが全員、自分の意思で娼婦になったとでも思ってんのか!? 親や旦那に売られるやつもいる。家族を食わせるためになるやつもな! 勉強したくてもできないやつが、この世の中にはごまんといるんだ! 皆が皆、あんたみたいに恵まれてると思うな!」
彼にとって娼婦は身近な存在で、中には姉と慕うミラージュもいる。
ミラージュは、自らすすんで娼婦になったが、生まれ育った貧民街が抱える事情を誰よりも知っていた。
クラウディアが宥める前に、ルキは自分で呼吸を整える。
「悪い、黙る」
そう言って感情を切り離し、護衛の務めに徹した。
チェステアはルキの気迫に押され、目を見開いていた。
クラウディアは優しく、一つの理想を信仰する青年を諭した。
「お母様はとても努力されたのだと思うわ。あなたを飢えさせず、更には勉強できる環境まで整えられたのだから」
チェステアのような偏った思考は、珍しくない。
リンジー公爵領は他領より豊かで、貧困層でも食べるのには困らない背景から、似たような考えの偏りが目立った。
明日をもしれない命。次の食事にいつありつけるかわからない極限状態が続く環境を想像できないのだ。
逆行前のクラウディアもそうだった。
娼館へ行ってはじめて、生きる過酷さを知った。
(ある意味、幸せなことよね)
想像力の欠如は、平和に暮らせている証拠なのだ。