軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.聖女は面談する

フェルミナは朝から面談の予定を抱えていた。

クラウディアを断罪してからというもの、問い合わせはひっきりなしだ。

誰もが聖女と誼を通じたがった。

中には、学生時代のフェルミナを歯牙にもかけなかった者もいる。

朝一番に入っている予定の人物のように。

大聖堂の応接室は、王城とは違い、大きな窓がなく、日差しが入りにくかった。

礼拝堂である本堂を中心に立てられているので、どうしても居住区の構造は、残りもののようになってしまう。

それでも朝はまだ明るいほうだった。

「このたびはお時間を割いていただき、ありがとうございます」

入室したトーマス伯爵夫人が慇懃に礼をする。

王族派を代表する貴族、トーマス伯爵家。

選民思想に近いものを持ち、新興貴族を一切認めない古い家柄だった。

下級貴族のことさえ、下に見ている。

フェルミナの母親、リリスが公爵家入りしたことを鼻で笑うような家だ。そういった気質の人間とは、学生時代に嫌というほど会った。

生まれについて、より考えるようになったのは、それからかもしれない。

聖女と対面するトーマス伯爵夫人は、丸くふくよかな顔から笑みを絶やさなかった。

(辟易するわ)

人によって態度を変える姿に、心の中で舌を出す。

昔の自分も同じだったと思うと頭を抱えたくなるけれど。

「聖女様がいらしてから、王都がより華やぎましたわ。人々が圧力から解放され、心に安寧がもたらされたからでしょう」

「助力になれたのなら幸いです」

「まぁ、なんて誠実な方……! 姉妹であっても魔女であるクラウディア嬢とは大違いですわね!」

話の流れから、トーマス伯爵夫人が元々クラウディアを嫌っていたのが察せられた。

クラウディアに好意的な人は、総じて戸惑いを見せるというのに、夫人は魔女だと断定する。

わかりやすく擦り寄ってくる夫人に、フェルミナは微笑みを湛えた。

自分の母親よりも年上の女性だが、浮かべる表情に反し、敬う気持ちはしぼんでいく。

「ですが、まだ本意を遂げられておられないのではないかしら」

「というと?」

「魔女に騙されていた現実を受けとめられない方が多数おられます。真実を広めるにあたり、その方々の存在が邪魔になっているのではないでしょうか」

社交界の動向について、フェルミナは興味がなかった。

大事なのは民衆であり、民衆に属する、一部の特権階級ではないのだ。

今や気兼ねなく王太子とお茶ができる立場である。貴族階級のしがらみから脱し、聖女という特別な地位を得たフェルミナにとって、平民も貴族も同列で扱うべき存在である。

「どうでしょう、わたくしなら領民を皮切りに、真実を広めるお手伝いができます」

そう言われ、少し思案する。

貴族だからといって特別扱いする気はないけれど、領主の領民への影響力は無視できないのではないか。

「ご助力いただけるなら嬉しいです」

「ご期待くださいませ! 成果が出た暁には、我が領地に混乱が及ばないよう、聖女様のご威光を示していただければ幸いです」

トーマス伯爵領にだけ焦点を当てた夫人の言い方に、首を傾げる。

「どういう意味です? わたしはどこの地域にも混乱を与えるつもりはありません」

「え、えぇ……それはもちろんです」

「もしかして見返りを求めておいでですか?」

これには眉根が寄った。

信徒たるもの、助けたい気持ちがあるなら、無償でおこなうべきだろう。

(わたしが舐められているの?)

小娘だから、簡単に要求が通ると思われている?

ここにいるのが教皇猊下でも、同じことが言えただろうか。

「見返りだなんて……わたくしは、その、聖女様に自領のことを知っていただきたく参った次第です」

「トーマス伯爵領のことは存じております。歴史で習いましたから」

これが上級貴族の実態なのか。

自分のことしか考えていない姿にうんざりする。

離島で庇った少年は仕込みだったけれど、飢えている人は現実にいる。難民だって受け入れている状況だというのに。

「これからも聖女として民衆を安心させるべく努めていくとお約束します」

「素晴らしいご姿勢です! わたくしも聖女様の後押しができるよう頑張りたい所存ですわ。どうでしょう、公の場で一言、触れていただくというのは」

今度は、自分の献身を喧伝しろというのか。

あの手この手で夫人は要求を通そうとしている。

(どうして、あの子のように善き人間でいられないの?)

離島の修道院で一緒だった赤毛のシスターが頭に浮かんでいた。

言動が清らかで、フェルミナの行動指針になった子だ。

綺麗に着飾った夫人の手を見る。

指には大きな宝石が載った指輪が、首元には輝くネックレスが着けられていた。

どれか一つでも寄付されれば、助けになるのに。

フェルミナの視線に気付いた夫人がにっこりと笑む。

「綺麗でしょう? 聖女様が着けられれば、もっと輝きを増すと思いますわ。またお時間をつくっていただければ、秘蔵のものを何点かお持ちします」

「すみません、時間が来たようです」

何を勘違いしたのか、夫人の提案に我慢ならなくなって、退室を促す。

(わたしが、聖女の、このわたしが、物欲しそうに宝石を見ていたとでも言いたいわけ!?)

失礼にもほどがあった。

綺麗なものを否定するつもりはない。

けれど、この情勢下で着飾って富みを誇示する夫人と同類に扱われたのは心外だ。

◆◆◆◆◆◆

昼、シルヴェスターと会食するため、フェルミナは王城を訪れた。

食堂へ案内され、長机の最奥の席にシルヴェスターが、その斜めの席にフェルミナが着席する。

日差しが眩しくないよう、窓際に立つ侍女が、こまめにカーテンの位置を調整した。

薄いカーテンに濾過された柔らかな光が、食事をする二人に降り注ぐ。

(まるで舞台のワンシーンみたい)

照明で彩られる一幕の中に入り込んだ気分だった。

シルヴェスターの落ち着いた声音を聞いていると、朝の不快な気分が霧散していく。

胸がほわっと温もり、癒やされるのを感じた。

(忙しい王太子が、連日会ってくれるなんて稀よね?)

上級貴族ですら会議でもない限り、毎日顔を合わせないだろう。

しかもギスギスと神経を尖らせる関係ではなく、穏やかな時間を共にしているのを鑑みれば、いかに自分が重要視されているか、わかるというものだ。

「聖女として王都で過ごすのは慣れてきたかな?」

「こうしてシルヴェスター殿下がご配慮してくださることもあり、一日の終わりには気を揉むことなく眠れています」

「聖女殿にとっても、今は待っている時間だろう。気を揉んでおらぬのなら何よりだ」

クラウディアが護送された以上、フェルミナは異端審問を待つのみ。

結果は決まっていても、確定しないと対外的に動けない人もいた。

シルヴェスターもそのうちの一人だ。クラウディアが魔女の烙印を押されない限り、婚約破棄もできない。

「時間の流れが長く感じられますが、必要な過程だと心得ております。ただその中にあって、自分のことしか考えておられない方がいるのは残念です」

「今日は確か、トーマス伯爵夫人との面談があったのかな?」

「はい。真に安寧を求めるなら、献身すべきだと思いませんか?」

今朝のあらましをシルヴェスターに伝える。

理解のある彼は、予想どおり頷いてくれた。

「信徒であるなら、事前に伝えることもない。行動で示せばいい話だ」

「ですよね!」

「ただ、為政者としてなら、トーマス伯爵夫人の言い分もわかる」

「為政者として、ですか?」

要領を得ないフェルミナに呆れるでもなく、シルヴェスターは話をかみ砕いてくれる。

「聖女殿にとって私はどんな身分かな?」

「ハーランド王国の王太子にあらせられます」

「そう、そして教会の信徒でもある。聖女殿も、籍が抜けているとはいえ、リンジー公爵の娘である事実はなくならない。人は多面的な身分で成り立っているのだ」

その数だけ見方があり、一面だけで語るのは惜しいと諭される。

「特にトーマス伯爵夫人は領地を抱えている。信徒という個人の身分では間違った行動でも、領民を抱えた領主夫人としての行動ならば、私は非難できない」

自分一人の信仰を守るか、領地の安寧――利益――を求めるか。

時と場合によるが、今回は為政者なら後者を選ぶほうが自然だという。

フェルミナは目が覚める思いだった。

朝一番の澄んだ空気を、肺いっぱいに満たしたような心地になる。

「わたし、考えが足りていなかったんですね……」

「聖女殿は教会の象徴であり、信徒の希望だ。信仰という一面に絞って判断を下すのも、間違いではあらぬ。だが私は、聖女殿なら信仰を重視しつつも、多面的に物事を捉えられると確信している」

「か、確信ですか?」

「会話していればわかることだ。考えることを止めた人間かどうか。善悪や規則、自分の心の動きがどこからくるのか。思考を放棄した人間は、誰かの操り人形でしかなくなり、意思すら持たなくなる」

離島の修道院での経験から、フェルミナの視野は広がった。

良いほうへ変わったという自負がある。それを認められ、胸がじーんとした。

こみ上げてくる熱が、瞳を潤ませる。

ノリス司祭と別れてから、自分に歩み寄ってくれる人がいなくなっていた。

「まだ経験が浅いにもかかわらず、聖女殿はよくやっている」

「ありがとうございます。そう言っていただけて、嬉しいです……っ」

努力をちゃんと見てくれている人がいるのだ。

自分のおこないが無駄にならないと知れるだけで、救われた。

「すみません、わたしのほうがシルヴェスター殿下のお話を伺うほうなのに」

「気にしなくていい。息抜きは大事だ。聖女殿には気軽に相談できる相手はいるかな?」

「ノリス司祭が話を聞いてくれていました」

離島の修道院を離れたときから一緒にいること。

聖女として足らない知識を補ってくれていることを話す。

「聞き上手な方なので、つい色々と話してしまうんです。生い立ちから、わたしのことなら何でもご存じです」

修道院へ送られるきっかけになった、学園での顛末も知っている。

それがクラウディアを疑うきっかけにもなっていた。

「なるほど、心強い味方がいることに越したことはない。私もトリスタンのおかげで、ストレスを溜めずにいられている」

シルヴェスターとトリスタンの主従関係は有名だ。フェルミナも学園で直に見ていた。

ノリス司祭とは、教師と生徒の関係性に近い。

(いつか違う関係を築ける相手ができるかしら)

現状では交流が限られている。

同年代の修道者と話す機会もあまりなかった。

「これから聖女殿には、トーマス伯爵夫人に限らず、色んな人間が近付いてくるだろう。処世訓として、一つだけ伝えておきたいことがある」

「何でしょう?」

「物事の一面だけを見せる人間には、注意することだ」

人の多面性については、先ほど話を聞いたばかりだった。

物事にも適用できると、シルヴェスターは語る。

「どんな物事にも、大なり小なり良い面と悪い面が存在することを忘れないでもらいたい。意識さえしていれば、自ずと深く探るようになる。今後、聖女殿を操ろうとする者が現れても、その人物の裏について考えられるはずだ」

「わたしを操ろうとする者……」

「相手に選択させているようで、その実、決まった答えに誘導してくる者は、よくいる」

「シルヴェスター殿下でもですか?」

「聖女殿以上に、私を操りたい者は多いよ」

なんて不敬なのだろう。

そう思うものの、トーマス伯爵夫人の例がある。

信仰や敬意より、別のものを優先する者がいるということだ。

(また誰かに操られるのは、絶対に嫌)

学園でのことが走馬灯のように蘇る。

フェルミナはいいように使っていたつもりだったが、相手も同じだった。

ちゃんと相手の裏を考えなかったから、シルヴェスターの前で醜態を晒すことになったのだ。

(反省しなくちゃ)

今日の日記は、書くことが多くなりそうだ。