軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25.悪役令嬢は海賊と遭遇する

海へ出て、六日目の早朝。

遠くの空が薄いピンク色に染まる頃、けたたましい警鐘が船内に鳴り響く。

「何事かしら」

「様子を見てくる」

クラウディアは飛び起き、尋常ではない気配にドクドクと脈動が速くなるのを感じた。

ルキを待つ間は、部屋に一人きりだ。

壁越しに伝わる慌ただしさが肌を刺す。

じっとしているのが、つらい。

「深呼吸しましょう」

あえて声に出して言う。気がはやるのを少しでも鎮めたかった。

長く息を吐いて、吸って、を繰り返す。

十回ほど繰り返したところで、ルキがドアを開けた。

表情は険しい。

「海賊船が出た。この船が標的にされてる」

海賊。

その単語一つで、緊張が最高潮に達した。

海で最も危険であり、出会いたくない存在だ。

「この辺りの海域は安全なはず……」

どうしようもない状況に、思わず声が漏れる。

すかさずルキは首を横に振った。

「何にでも例外はあるんだよ。とにかく今は時間との勝負だ」

客であるクラウディアたちは、備え付けの小舟で逃げるよう言われたという。

指示に従い、部屋を出る。

「小舟を下ろす準備ははじまってる。海賊が欲しいのは積み荷だ。運良く解放されたら、あとから探して拾ってくれるってよ」

「それに賭けるしかないわね」

海賊といえば、残虐な面がクローズアップされがちだが、彼らは愉快犯とは違う。

野盗以上に効率を重視し、かける労力は最低限だ。

廊下を進み、小舟が見えたところで、大きな衝撃が船に走った。

慌てて手すりにしがみ付く。

海賊たちの喧騒が思いのほか近く、すぐ上にいるように感じられる。

「攻められてるのは甲板だ。怖いだろうが、行くぞ」

小舟のところには、案内役の乗組員が待機してくれていた。

クラウディアたちが乗り込み次第、ロープで下ろしてくれる手筈だ。

ドッドッドッ、と激しい脈動がずっと続いている。

(こんなことなら気付け薬を持ち込めば良かったわ)

そうすれば少しでも冷静になれたかもしれない。

震える体を叱咤し、小舟に触れたときだった。

「二人組の客が乗ってることはわかってる! 大人しく差し出せば、他に用はない!」

海賊の要求は積み荷ではなかった。

目的はクラウディアとルキだ。

「姉御」

「甲板へ行きましょう」

「正気か!?」

「小舟で逃げても、わたくしたちは乗組員に頼るしかないわ。けれど逆は成立しないでしょう?」

彼らにとって、クラウディアとルキは貨物と同じだ。

自分たちが助かるなら、クラウディアたちを差し出すのも厭わない。

「それに無策というわけでもないわ。先ほどの声に聞き覚えがあったから」

「全く、どうなってんだ?」

クラウディアはルキに耳打ちすると、甲板へ向かった。

見覚えるある色黒のいかつい男が立っているのを見て、合点がいく。

振り返り、クラウディアたちを確認したイーダは、ルキに向かって口を開きかけて止める。

そして何事もなかったかのように笑顔を見せた。

「自ら出てきてくれるとは有り難い! では約束どおり、この二人だけを連れて行く!」

イーダは海賊船まで手を貸してエスコートしてくれようとしたが、丁重に断る。

「禊ぎの最中で、男性には触れられないの」

「宗教的なやつか? それは残念だな」

他の海賊に取り囲まれることなく、イーダの先導だけで船を移る。

海賊船はルキが見た、中型船とは違った。

ハーランド王国本土に近い海域のどこかに、隠して停めていたのだろう。

(見過ごせない話だけど)

仮にその場所へ連れて行かれたところで、クラウディアに場所を把握する術はない。

海賊船だけあって、乗っていた貨物船よりも装甲が厚いもののそれだけだった。

(勝手に物々しい外観を想像していたけれど、これでは一目で海賊船と見破るのは難しいわね)

大人しく移動を終えると、イーダが仰々しく両手を広げる。

「ようこそ俺の海賊船へ」

俺の、ということは、イーダは海賊船の船長で間違いなさそうだ。

港町で会ったときと服装がまるで違う。

髪はまとめていないのが素なのだろう。日差しの下、濃い茶髪の髪に赤色のメッシュがよく映えている。

頭には革製の三角帽子があった。

首元を紐で結ぶシャツの上にベストを着込み、丈の長いジャケットを肩に羽織っている。

大きく開かれた胸元からは胸筋が覗き、袖口は肘まで上げられていた。

左腕の前腕にはタトゥーで鮮やかな赤いオウムが描かれ、両腕に目立つ無数の傷跡が彼の歴史を物語る。

(スーツより、 こちらのほうが似合っているわね)

危険な香りどころか、危険な男だったわけだが。

甲板には屈強な海賊たちに交ざってチェステアの姿もあった。

(彼も海賊だったわけね)

長い緑色の髪をお下げにし、首元にフリルの付いたシャツとベストを着ている。赤と黒のチェック柄のロングスカートが彼の人柄と相まって良く似合っていた。

クラウディアは集まった海賊たちを見回し、カーテシーを送る。

優雅に、品良く。

雑多な甲板に咲いた、一輪の花のように。

「こちらへ移る前から思ってたが、おたく度胸あるな」

強面の男たちに囲まれたら、男性でも顔がヒクつくものだ。

相手がイーダ一人であっても、自分の行く末を想像し恐怖するだろう。

「お褒めいただき光栄ですわ。白状しますと、確証を持っているに過ぎません」

「確証?」

「お迎えに来ていただき、ありがとうございます。この余興は、スラフィム殿下の指示かしら?」

スラフィムの名前を出した途端、イーダから笑みが消えた。

「なんでそれを」

「先ほど、ルキを見て、驚かれたでしょう? 知っている方とそっくりだったから」

小舟の乗り場から甲板へ上がる前、ルキの身だしなみを軽く整え、スラフィムに擬態させていた。

そして、イーダが驚いたのを、クラウディアは見逃さなかった。スラフィムと面識があれば、誰だって驚く。当人を知っていれば尚更、何故ここに王太子が、と。

「絵姿で見ただけだったら、すぐには結びつかなかったはずです。会って、雰囲気も含めて記憶にあるからこそ、イーダ様は驚かれた」

「全くそのとおりだ。今回のは上役に会う前の試験みたいなもんでな」

今更スラフィムがクラウディアを試すのは解せなかったが、取り組み自体には納得する。

(ここでの反応で、相手の器を計るのでしょうね)

ルキが眉間にシワを寄せるのを、クラウディアは視線で落ち着くよう諭した。

会話を咀嚼したイーダが、ん? と顎に手を当てる。

「待て、どうして俺の名前を?」

「ふふ、どうしてでしょう?」

イーダの反応が良くて、つい答えを引き延ばしてしまった。

肝を冷やされたことへの、ちょっとした意趣返しでもある。

このままリリーであったことを伏せていても良かったが、彼らとの関係性を考えて、打ち明けると決めていた。

クラウディアの視線に気付いたルキが、黒縁眼鏡をかける。

そこでやっとイーダは合点がいった。

「おたくら、もしかして……!」

「ウーゴスを引き渡していただいた以来ですわね」

「嘘だろ。え、でもおたくはローズガーデンのリーダーで……」

「正確には違います。ウーゴスの裏を探るため、ローズガーデンに協力していただいておりましたの」

「裏を探ってた?」

「イーダ様もでしょう? わたくしは少年たちと知り合ったのがきっかけですわ」

リリーのときは、シラを切るしかなかったことを謝罪する。

ひとえに少年たちをローズガーデンと繋がらせないためだった。

「そういうことか。じゃあ、おたくは最初から彼らのためにウーゴスに近付いたのか」

「はい、イーダ様も少年たちと出会っていたなんて、世間は狭いですわね」

「あいつら、リリーさんが無事か心配して、港まで来てたんだよ。俺が近況を教えたら、満足して帰っていった」

セルとミチたちが港まで来ていたのは初耳だった。

ウーゴス捕縛後、後処理もあって彼らには会えないまま、港を出ていた。

ローズガーデンの構成員に言づてだけ頼んである。

「なるほど、なるほどなぁ!」

そう言いながらイーダは何かを噛みしめ、彼の表情に笑顔が戻った。

「くぅーっ、おたくは凄く良い女だったわけだ! しかもとびきりの!」

今すぐビールでも飲みたい顔だ。

何度も頷くイーダに向かって、チェステアが声をかける。

「でも港で会っただけじゃ、スラフィム殿下との繋がりはわからないはずよ」

「お? そうか……?」

わかるのは、イーダを探っていたことだけ。

ルキが種明かしする。

「あんた、ウーゴスの倉庫で蝋板使ってただろ? あれは、おれがスラフィムに売ったやつだ」

「マジかよ!?」

王都の貧民街向けにおこなわれた施策の一つに、蝋板作りがあった。

貧民街の人間が安い資材で作るため出来映えは良くないものの、寄付の返礼品として価値を持っている。

そのうちのいくつかを、ルキはスラフィムに売っていた。

クラウディアもイーダが使う蝋板に見覚えがあり、その日のうちにルキと情報共有している。

「じゃあ、そのときから、俺が殿下の関係者だってわかってたのか!?」

「あくまで可能性の一つとしてですわ。確証を得たのは、スラフィム殿下に擬態するルキの顔を見て驚かれたときです」

蝋板を持っているだけでは、人伝に渡されたとも考え得る。

王族であるスラフィムと顔を合わせられる人間は少ない。既知ならば、それだけ関係が密接であることの表れだった。

(スラフィム殿下は、海賊を味方に付けておられるのね)

口には出さないけれど、イーダが軍人とは思えなかった。国に所属する者が持つ特有の規則性を感じられなかったからだ。

アラカネル連合王国の前身は、バイキングだといって過言ではない。

国の成り立ちを鑑みれば、繋がりを持っていても道理だった。

「うわーっ、凄いな! 俺はマジで全然気付かなかったぜ!」

ひとしきり驚き、感心してくれるイーダに、最後は苦笑する。

ここまで持ち上げられると、くすぐったかった。