作品タイトル不明
22.商人は部下と合流する
港に停泊させていた中型船に乗り込む。
甲板へ上がると、ポニーテールではなく、三つ編みのお下げ姿のチェステアがいた。
スーツを脱ぎ、すっかり普段の姿に戻っている。
両手を腰に当て、淡い青紫色の瞳に睨まれる。お怒りモードだ。
「渡しちゃって良かったの? ウーゴスの荷物も全部押収するんじゃなかったかしら?」
チェステアは望遠鏡を使い、捕り物の一部始終を船から見ていた。
イーダは港でローズガーデンの構成員が集まっているのに遭遇し、何かあるのかと停泊地に留まっていた。
そこへウーゴスが逃げてきたのである。
どうどう、と手の平をチェステアに向けて宥める。
「できれば、の話だ。変に目立って、こちらの身元がバレるほうがまずい」
ウーゴスが何かしらの裏技を使って、乗組員を酷使しているのはわかっていた。
普通に考えて、あり得ない運航の過密さだったからだ。
乗組員が逃げてもおかしくない状況にもかかわらず、彼らは仕事に従事していた。
大方、中毒性のある葉っぱでも吸っているのだろう。
イーダはその証拠を調べにやって来たのだが、リリーに先を越された。
「まさかリリーさんが犯罪ギルドのリーダーとはなぁ」
娼館など、周囲での情報収集に区切りを付け、ウーゴスの行動を把握しようと見張っていた矢先の出来事だった。
不自然に集まってくる人間から漏れ聞こえた内容で、彼らの正体が犯罪ギルドの構成員だと知った。
ここは彼らの地元だ。よそ者の自分たちが出て行ったところで分が悪い。
イーダにしてみれば、リリーに貸しをつくれただけでも万々歳だった。
チェステアは眉根を寄せ、唇を尖らせる。
「海でなら負けないのに」
「とっととウーゴスに船を出させられなかった俺らの手落ちだよ」
ウーゴスの裏技がわからなくとも、運航中に船ごと奪えば、答えに繋がるものを得られる算段だった。
またすぐに船を出すだろうと、軽く考えていたのが悪かったのか。
「失敗したのに、どうして平然としていられるわけ? ウーゴスのやり方を、犯罪ギルドが悪用するかもしれないのよ?」
「俺だって成功させたかったさ!」
チェステアの責めに耐えきれず、つい大きな声を出してしまう。
身元を詮索されたくなくてウーゴスを引き渡したが、これが正解である自信はなかった。
(上司は構わないって言うだろうが)
一番は自分たちの身を守ることだ。
そのためには他がどうなろうと関係ない、と割り切らなければならないときもある。
「ごめん、言い過ぎたわ」
「いや、チェスもこの町の連中が心配なんだろ」
犯罪ギルドがウーゴスを手に入れたことで、より状況が悪くなる恐れがあった。
そのうち、他の船でも同じ手法で乗組員を酷使するようになるかもしれない。
社交性が皆無のチェステアでも、同じ立場の者には多少態度を軟化させた。イーダの船に乗れば、他の乗組員たちとも何とかなっている。
また自分の生い立ちもあって、子どもが寂しがったり悲しんだりするのを嫌った。
「希望はリリーさんかな」
「どこがよ。犯罪ギルドのリーダーだったじゃない」
「だけど、少年たちには慕われてただろ?」
リリーの近況を知るために港まで足を伸ばしていた少年たち。
彼らはリリーが父親を助けてくれると信じていた。
「もしかしたら今回ウーゴスの事務所に踏み込んだのも、少年たちの父親を助けるためだったかもしれない」
望みをかけて、自分の勘を告げてもおいた。
僅かでも良心へ傾いてくれたらいい。
「よしてよ。犯罪ギルドが人助けするわけないわ」
「かもな。どのみち、俺たちは引き上げだ」
少年たちやこの町の船乗りたちとは、別の道を歩んでいる。
(これで簡単に気持ちを切り替えられれば、苦労しないんだが)
怒気が消えたチェステアは、いつもより小さく見えた。
怒ることで自分を奮い立たせていたようだ。
「気にしたところで無駄よね……」
「忙しくしていれば気も紛れるさ。報告書は任せた」
「イーダが女にうつつを抜かした結果、失敗したって書いておくわ」
「何でだよ、女性と戯れるのも情報収集の一環だろ!?」
独身の船乗りが船から降りて一番に向かう場所、それが娼館だった。
個人的な情報は聞き出せなくても、世間話から見えてくるものもある。
イーダの訴えに、チェステアは半眼になる。
「リリーのことよ」
「お前やけにリリーさんに突っかかるな?」
「あなたの言葉を真に受けて、少しでも期待した自分がバカだったわ」
最初は、男に媚びを売って商売をしているのが目に余ったという。
「イーダも知ってるでしょ、私の母親が自分の腕っ節で稼いでたの」
「おう、よく俺と腕の太さを競い合ったもんだ」
チェステアの母親は息子とは違い、筋肉が付きやすい体質だった。
材木屋で男に交じって働き、ケンカも強く、明朗快活な性格は一緒にいて心地良かった。
「つくづく正反対な親子だよな」
「自分でもそう思うわ。私にとって母親は誇りよ。他の男に媚びることなく、一人で私を育ててくれたんだから」
だから男にしなだれる女が、チェステアには軽薄に見えてしまう。
「そんな女に仕事の邪魔をされるのが嫌だったの。でもリリーを探していた子たちは、真剣だったでしょう?」
騙されているのではと疑ったものの、彼女を信じる姿に触発され、見方を変えようとした。
けれど次に見たリリーは商人ではなく、犯罪ギルドのリーダーだった。
「確かに私は間違っていたわ。リリーは薄っぺらい女じゃなかった。極悪だったわ」
「なるほど、お前にしてみれば期待を裏切られたわけか」
「悪女って存在するのね」
船に戻ったとき強く責められた一因に、これもありそうだった。
(期待させたのは俺か)
すっかり自分も女商人だと思い込んでいた。
チェステアは薄っぺらいと感じていたが、とんでもない。
ウーゴス相手に物怖じしない姿や所作を見れば、簡単に落とせる相手でないと知れる。お得意様が上級貴族でも納得だった。
だからやり手の商人だと信じていた。
自分もまだまだ見る目がない。
けれど。
「人を見かけで判断しないほうがいいのは学べたか?」
「おかげさまで」
チェステアの勉強になったなら、得たものもあると気持ちを立て直す。
「日の出と共に出発する。いけるな?」
「準備万端よ。停泊地に滞在する人員も交代済みだわ」
乗組員たちも全員待機していた。
副官としてのチェステアは、文句の付け所がないくらい優秀だ。
持ち前の頭の良さと記憶力で、周辺の海図は全て頭に入っているという。
年配の航海士から海流や風のクセも学び、今では唯一無二の存在だ。
上司からは国を出るようなら消せ、と言われている。物騒だが、国に留まるなら出世が約束されているのと同義だった。
(できれば綺麗なもんだけ見て生きてほしいが、貴族様にでも生まれない限り無理だよなぁ)
生まれで、一生が決まる。
世知辛いが、受け入れて生きていくしかない。
(チャンスがないってわけでもねぇし)
未来ある若者に希望を抱かせるのが、年長者の役目だ。
泥臭くても得られるものがることを自分が証明する。
失敗は成功のもと。
頭を切り替えて、今回の件について分析すべきだ。
文句を言いつつも優秀な航海士が、報告書の草稿を上げてくれるのを期待しながら。