作品タイトル不明
21.悪役令嬢はお仕置きする
夜に訪れる倉庫は、ウーゴスの心証もあって怪しい雰囲気に満ちていた。
リリーの名を告げると、すかさず二階の応接室へ上がるよう伝えられる。
ウーゴスは満面の笑みを湛えて、クラウディアを出迎えた。
「どうでしたかな? やっぱり他では輸送を断られたでしょう?」
「おっしゃるとおり、どなたも忙しそうだったわ」
望まれた答えを返すと、よりウーゴスの口角が上がる。
(醜悪な表情だこと)
昨日、昼間会ったときは、まだ紳士の面影があった。
今は化け物じみた相貌をしている。
「座ってもよろしくて?」
「えぇ、どうぞどうぞ」
ソファーへ腰掛けようとするクラウディアに、抜け目なく近付いてくるウーゴスを視線で制する。
「あら、あなたはそちらでしょう?」
「まだおあずけですか。それもいいでしょう」
クラウディアだけでなく、ルキと護衛のハーマンからも圧を受けたウーゴスは、渋々自分の席に腰掛けた。
この状況下では、どう足掻いても無理矢理襲うのは不可能だ。
けれどイーダは忠告してきた。
考えようによっては、乗組員たちがいいように扱われていることにも繋がって見える。
(予想は外れていてほしいのだけど)
ウーゴスは余裕綽々だ。
しかし、それはクラウディアも同じだった。
優しげに微笑む白髪の美女に、ウーゴスが次第に戸惑いを見せはじめる。
彼からしてみれば、クラウディアは不利な状況なのだ。
「金で話をつけようとしてもダメですよ? イーダ様が大きな金額を提示してくださっています」
逆転するには、体を差し出すしかないと暗に告げてくる。
そう、と頷きながら、クラウディアは出された紅茶のカップの縁を指でなぞった。
信用できない相手が出す飲みものを口にしてはいけないことは、社交界では常識だ。何が混ぜられているかわかったものではない。
形式的に出されはするけれど、商人の世界でも考え方は一緒だろう。
(だとすると、あれを使うには)
笑みを湛えたまま、ウーゴスの瞳を正面から見据える。
これから彼をかまにかけるために。
「それで、お香はいつ出てくるのかしら?」
僅かに見開かれた目が答えだった。
当たってほしくない予想が当たってしまい、クラウディアはうんざりとした気持ちを呑み込む。
使い方も村の儀式と同じだ。
少年探偵キールと一緒に拉致され、連れて行かれた幸せの村。
村では儀式と称して、村の大人たちを洗脳していた。
そこで使われるのが、調合した薬の粉末を、三角錐の形に小さくまとめたお香である。特性のお香には、判断を鈍らせる催淫効果があった。
精製した村長がそう使っていたのを鑑みるに、薬の使用法として一番効率が良いのだろう。
応接室にあるテーブルの下に置かれたアロマポット。
ウーゴスはこれを香炉として使っている。本来、アルマオイルを焚くだけだったら、燃えかすは残らない。
船以外でも、相手を惑わすために使っているのが察せられた。
「何のことですかな?」
「あら、とぼけるの? わたし、あれを家具に隠して運んでいるんだけど」
王都郊外の村からね、と情報を付け足すと、ウーゴスの表情が固まる。
精製所を知っているとは限らないが、こちらから話すことで真実味が増した。
「わたしのお得意様はね、えらーい人なの。わかるでしょ?」
言いながら準備した気付け薬を見せる。
お香の対処法として効果的だと、あとを引き継いだ研究者が発見した。といっても一時的なもので、意識がはっきりしているうちに、お香から離れないといけない。
同じ対処法を、ウーゴスが用いているかは賭けだ。
けれど中毒症状がまだ薄いところを見るに、効能から逃げる手段を持っていると考えられる。
クラウディアは、その賭けに勝った。
「だったら、どうして。直接輸送しろと命令すればいいはずでは……」
自発的な証言から、黒幕がいると発覚する。
(十中八九、ナイジェルでしょうね)
村にあった薬の材料は全て押さえたものの、事前に作られた分の行方は知れなかった。
大部分はナイジェルの手にあると考えている。
相手から名前が出るまでは告げず、時間を稼ぐためにクラウディアは話を合わせた。
口を動かしながら、背後で待機するルキへ合図を送る。
「今は難しい状況なの。王都から報せが届いていない?」
「それは……」
「よく考えられたものよね。乗組員たちにお香を使うだなんて」
使用は運航時に限っているのだろう。
そうすることで中毒になった乗組員たちは、船に乗るしかなくなる。
快感をお香でしか得られなくなれば、娼館へ行く気も失せるだろう。
(口を割らないよう乗組員を洗脳する手腕は長けているのかもしれないわね)
すぐ廃人にしてしまってもダメだ。
ウーゴスはこのあたりの調整が上手いのだろう。
にわかに階下が騒がしくなる。
外で待機していた構成員たちにも合図が届いたようだ。
「何事だ?」
部屋にある大きな窓からウーゴスが倉庫を見下ろす。
その間に、屈強な構成員たちが応接室へ上がってきていた。
奥の執務室から階下へ降りる手段はない。
「リリー様、これはどういうことです?」
「あら、わからないのね」
ソファーから立ち上がり、長い前髪をかき上げる。
露わになった両目で、ウーゴスを見下すように睨み付けた。
「わたしのシマを荒らした代償は払ってもらうよ」
楚々とした要素を残しながらも、妖艶だったリリーはもういない。
足を広げて腕を組み、睥睨する姿は威圧的で、周囲の構成員たちにも緊張が走る。
「ま、まさか……ローズガーデンの!?」
「おや、わかってやってたのかい?」
クラウディアは、女商人から、ローズガーデン港町支部のリーダーへ役柄を変える。
この辺りを仕切っている犯罪ギルドが誰か、ウーゴスは知っていた。
悪いことは、犯罪ギルドの特許である。
ローズガーデンが仕切ることで、怪しい他勢力の侵入を防いでいた。
ウーゴスは知らないだろうが、ナイジェルと関わって悪事を働くなど、最悪にもほどがある。
ナイジェルの被害に遭っていたのは王都以外の支部も同様で、仲間を亡くした構成員たちは仇としてウーゴスを射殺さんばかりだ。
構成員たちが先走らないためにも、圧をかけるためクラウディアは、貧民街出身であるミラージュの素のときの口調を真似た。
「安心しな。誰もあんたがいなくなったところで困りはしないさ」
「い、いや、でも何故、香のことを犯罪ギルドごときが知っている!?」
「真っ当なもんじゃないって、あんたもわかってんだろ? こっちにはこっちの流儀があるのさ」
どうせ何を言ったところで、ウーゴスはここで終わりである。
昨晩、予想が当たったときには、犯罪ギルド「ローズガーデン」の名にかけて、ウーゴスを裁くと決めていた。
「やりな」
その一言で、見えない拘束に縛られてた構成員たちが一気に動きだす。
「うわぁああ!」
逃げ場のないウーゴスは、窓へ向かって体勢を崩した。
勢いのまま手の平に押さえて窓が開く。鍵がかかっていなかったのだ。
支柱を失ったウーゴスはそのまま反転し、空中へ放り出された。
皆が呆気に取られる。
一拍遅れて、構成員が窓の下を覗き込んだ。
「あいつ逃げやがった!」
「追いな!」
運良く、真下にあったコンテナが衝撃を吸収したらしく、起き上がったウーゴスが倉庫裏を目指す。
すぐさま構成員たちが追いかけるも、地の利がなかった。
詰まれた木箱が壁となり、迷路を成していたのだ。
「裏の出入り口にも構成員はいるね?」
「配置してある。逃げ場はねぇよ」
ルキが答えるが、クラウディアはいやな予感がした。
お香のことといい、当たってほしくないことばかり当たる。
――予感は的中し、いつしかウーゴスを見失っていた。
ちくしょうっ、どこに行きやがった! 階下から構成員たちの怒号が響く。
二階の窓から眺めても、動きが見られない。
「出入り口を固めたまま、倉庫の壁面を調べさせな」
「おいおい、まさか抜け道があるってのか?」
「わたしたちの拠点にも違法につくった地下室があるからね」
合点のいったルキが、慌てて指示を出す。
悪いことをする人間は、いざというときに備えて逃げる手段を確保している。
自分たちがしていることを、失念してしまっていた。
「見通しが甘かったわね」
応接室で確保できると踏んでいた。
取り逃がしたのはこちらの落ち度だ。
「ありました! 側面の壁に、隠された出入り口があります!」
報告が届いて、反省は後回しにする。
「外へ逃げたか。最低限の人数で出入り口を固めて、余ったやつらで捜索させるのでいいな?」
「頼んだよ」
「作戦立案には、おれとベゼルも同席してたんだ、姉御だけの失敗じゃねぇよ。つーか、ウーゴス自身も予想外だったろ。窓から落ちたのは、完全に事故だったぜ」
運が強い男だった。
しかし、そこで運は枯渇したらしく、割と早く発見される。
「やつは小型船の停泊地へ向かってます!」
「夜に船で逃げる気か。必死だな」
夜の海は深淵だ。
目先の明かりだけで、どうこうできるものではない。
大型船は発進までに時間がかかる。だから小型船を狙ったのだろうが、自ら闇に呑まれに行くようなものだった。
「とはいえ、生きて捕まえないと、証言は得られないからね」
「ったく、手間をかけさせる」
倉庫に見張りを残して、クラウディアたちも小型船の停泊地へ向かう。
途中、逆走してきた構成員が大声で告げた。
「捕まえました! 捕まえはしたんですが……」
「おいおい、殺したんじゃねぇよな?」
「いえ、生きてます! 生きてるんですが……」
「なんだよ、はっきりしやがれ!」
言いよどむ構成員は、クラウディアとルキの顔色を交互に窺う。
「船着き場で、イーダって言う、いかつい男が捕まえたんです」
その内容に、クラウディアとルキは顔を見合わせた。
◆◆◆◆◆◆
現場に到着すると、ウーゴスを取り押さえたイーダが、構成員に囲まれていた。
クラウディアが現れるなり、イーダは喜色を浮かべる。
「よう! まさかリーダーだったとはな。肝が据わってるはずだぜ」
「一体どういう状況だい?」
「なに、港をぶらついてたら遭遇したのさ。助けを求められたんだが、おたくに売ったほうが得に思えたんでな」
がっちり締められているらしく、ウーゴスは顔を青くして押し黙っている。
ルキが進み出ると、何の抵抗もなくイーダはウーゴスを受け渡した。
クラウディアはガーネットの瞳の奥にある真意を探る。
「要求は何だい?」
「貸し一つってことで。こっちが商売に困ったときにでも助けてくれたらいい。ところで、十二歳くらいの兄妹を知ってるか?」
「質問に答えろっていうなら、それで帳消しだよ」
セルとミチのことだろう。
何故イーダが彼らのことを知っているのかは不明だが、下手に関わらせないためにも、シラを切ることに決めた。
あの子たちには真っ当な環境がある。
女商人リリーとしてなら会えるが、ローズガーデンのリーダーとして会うのは間違いに思えた。
「レートが高くないか!? んじゃ質問のほうはいいよ」
後ろで縛っていた髪を解き、イーダはガシガシと頭を掻く。
「これは俺の勘だが、おたくなら悪いようにはしないだろ。良い女の目利きには自信があんだ」
軽口には取り合わず、クラウディアは待機している構成員に指示を出す。
イーダは肩をすくめて、現場を離れた。
「ルキ」
「任せろ」
視線を合わせることなく命令する。
ルキは夜陰に紛れて、イーダのあとを追った。
(これで正体がわかるといいんだけど)
商人を名乗るイーダ。
髪を解いたときの彼の眼光は、友好のあるエバンズ商会のブライアンが持つものとは違っていた。
正体を偽っているのはクラウディアも同じだ。ローズガーデンのリーダーでもない。
同じくらい、イーダの身元も謎だった。