軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.悪役令嬢は朝帰りする

「うう、手強い。ローズ様も何かありますか? グチでも何でも、日頃の鬱憤を吐き出しちゃってください!」

水を向けてもらったので、ふむ、と顎に人差し指を添え、考える仕草を取ってから口を開く。

「商船に興味があってね。港の状況は見せてもらったのだが、船の運航については、あまり良い話を聞かなくて困っているところだ」

「皆さんお忙しそうですよねぇ」

「ここには船乗りもよく来るのかい?」

「港町ブレナークですよぉ? お客様といえば、商人か船乗りかです」

「すまない、まだ町に慣れていないようだ」

「ふふっ、ちょっと抜けてるローズ様も可愛い」

にへっ、と笑う彼女の笑顔は無邪気で、チップを弾む客の心理がわかった。

「最近とくに忙しい商船があると聞いた。そこの乗組員もやっぱり癒やされに来るかな? 粗暴に扱われていないかい?」

大型船の運航は、中長期で組まれる。

陸地に着いた船乗りが羽目を外すのは定番だった。

「あそこは全然大丈夫ですぅ。というか来なくなりましたから」

「来なくなった?」

ウーゴスの倉庫前で見た、下卑た笑みとは真逆の答えだ。

「はい、お店に顔を出せないくらい忙しいみたいで。お体を壊されないといいんですけど」

「そういえば倒れた者がいたとも聞いた」

「ですです。案外、自分の限界がわからずに無茶してしまう人は多いですからね」

商人の町で、多忙は当たり前だった。

乗組員たちが店から離れたことについて、エヴァリーナは疑問視していないようだ。

(太客ではなかったのかしらね)

太客は、金払いの良い太っ腹な客を指す。

接客する人数が多ければ、フェードアウトしていく者を一々気にしていられないのも道理だった。

「あ、そういえば、昨日のお客様も商船に興味をお持ちだったみたいです。あの二人組の、失礼じゃないほうのお兄さん」

ロビーで女の子を選ぶ間に、話が出ていたという。

「あたしは通り過ぎただけなんで、詳細は知りませんけど。あのときも確か……忙しい乗組員についてだったと思います」

「もしかしたら、私の知っている人物かもしれないな」

どう考えても、昨晩来店したという二人組は、イーダとチェステアだった。

彼らも情報を集めに来たのだろうか?

ただそれにしてはチェステアの態度が悪い。

社会勉強の一環だったと考えたほうが無難だ。

「そうなんですね! 世間ってせまーい!」

触れる力加減などを心得ているとローズを褒めたエヴァリーナだが、腕に絡み付く彼女も同じだった。

加えて、高すぎず、うるさ過ぎず、ちょうどいい声音で会話を楽しませてくれる。

適度な距離で感じる人肌に、クラウディアは安らぎを覚えた。

娼館には苦い思い出も多い。

けれど、こうして客を癒やしているのも事実なのだ。

(どうすれば良い環境を築けるかしら)

娼館で働きたい子だけが、働ける社会。

そんな子を守れる社会。

病に伏せったヘレンの姿が脳裏に浮かんだ。

まだ全てを改善できたわけではない。

(こんなところで躓いていてはダメよね)

たとえ逆風に吹かれていようとも。

一歩ずつ足を進めていく。

あとは他愛のない話で盛り上がりながら、決められた時間まで、クラウディアはエヴァリーナとのやり取りを楽しんだ。

ほっと息をつきながら、ホテルへ帰る。

出かける前よりも、だいぶ気分が上向いていた。

(ヘレンの存在の大きさが身に染みるわ)

塞ぎ込みそうになるクラウディアを、いつだって助けてくれた。

思いのほか沈んでしまっている原因の一つには、彼女の不在もある。

キールと拉致されたときとは違い、クラウディアの所在はヘレンにも伝わっているが、相変わらず心配をかけているだろうか。

客室に戻り、装いをリリーに戻す。

(やっぱり髪をまとめるのは大変だわ)

侍女たちの有り難みを実感する。

ベッドに入る頃には、窓から見えた空は明るんでいた。

◆◆◆◆◆◆

朝食をとり終え、食後の紅茶を嗜んでいると、視界の端で光芒が射す。

いつの間にか、ルキが帰っていた。

「娼館から朝帰りとは、姉御もやるねぇ」

護衛から聞いたのか、ニヤニヤ笑いを隠さない。

「夜のうちに帰ったわ。じっとしていられなくて、情報を集めに行っただけよ」

「おれ相手に言い訳しなくていいって。あーでも、ミラージュの姉貴は、へそを曲げるかもな」

「ルキ、これはここだけの話よ」

真剣なクラウディアに、ルキはひゃっひゃっひゃっと聞いたことのない声で笑った。

「浮気したわけでもねぇのに。まさか尻に敷かれてるのか?」

「そうではないけど、不愉快な思いはさせたくないわ」

ミラージュも娼婦だ。物事にあまり執着しない、さっぱりとした性格でもある。

王都の娼館「フラワーガーデン」で、娼婦からママと慕われるほどの人物。

とはいえ、他の店で過ごしたと聞けば、良い気はしないだろう。

「なるほど、そういった姉御の気遣いに、姉さんたちは惚れてんだな。聞けばナンバーワンに接待してもらったらしいじゃん。帰りも店の玄関まで見送られたとか。さすが姉御だ」

エヴァリーナが良い子なだけだ。

ひとしきり娼館ネタで楽しんだルキは、どかっとソファーへ座った。

「次は真面目な話。ウーゴスのところの乗組員が集まる酒場へ行った、構成員からの報告だ」

ガタイの良い構成員を見繕い、船乗りに扮して聞き込みをさせたという。

「顔は割れてなかったの?」

「大型船の乗組員は長期出張が基本だからな。そのへんは大丈夫だったみたいだ。上手く溶け込めて、船にも誘われたらしい」

けれど、そこで身の危険を感じたという。

「姉御へ向けられたのと同じだ。あいつら、男でも構わないらしいぜ」

「全く耳にしないわけではないけれど」

人の嗜好はそれぞれだ。

トラブル回避のため、女人禁制にしている船は珍しくなかった。

(そう考えると、わたくしが誘われたのは変な話だわ)

客船など、もちろん女性を乗せる船もある。

けれど彼らが乗っているのは、長期的に港を離れる貨物船。

こういった船はルールに厳しい。一度海に出たら、あるもので対処しなければならない過酷さから、海賊ですら規律を重んじると聞く。

「彼らの中で、破綻が起きているなら悪い傾向だわ」

「他の商人が言うとおり、長くはもたないだろうな。あと聞き込みをしていた構成員が気になったのは、乗組員が早く船に乗りたがっていることだ」

「セルの父親たちも休むことなく仕事へ出るって言っていたわね」

ウーゴスを襲おうとした少年たちの父親と同じ傾向が、他の乗組員にもある。

「しかも他で遊ぶ気にもならないってよ」

「だから娼館に行かなくなったのかしら?」

エヴァリーナから聞いた話をルキに伝える。

「ふーん。基本、船乗りは港町で羽目を外すもんじゃねぇの?」

「わたくしもそう思っていたわ」

船上では常に重労働が待っており、暇がない。

補給などで港に寄った日が、たまの休みになり、溜めたストレスを解消するのだ。

「ウーゴスは乗組員のモチベーションを上げるため、何かやっているのでしょうね」

「それが問題の焦点ってわけか。特別な娯楽でも用意してんのかねぇ?」

「港町でできなくて、船でならできること。それなら、乗組員たちが船に乗りたがるのも頷けるわ」

ただ、妻や子どもたちの制止を振り切るまでのこととなると、想像がつかない。

「やつら肝心なことは吐かないんだよなぁ。情報漏洩させないよう徹底されてる」

限られた物資の中で、乗組員たちに規律を守らせながら、過酷な労働に従事させる。

一つでも歯車が狂えば、途端に運航は立ちゆかないだろう。

「おれが調べた感じ、積み荷に不審な点はなかった。運んでるのは物資で、倉庫にあったコンテナに入れられてる」

「ウーゴスが天才的な手腕で、舵取りしているのかしらね」

「絶対なんか抜け道があんだろ。でもそれが、わかんねぇんだよなぁ」

非合法。

その言葉が浮かんだ瞬間、クラウディアには思い当たる方法が一つあった。

セルたちの父親の状態とも符合する。

似た話を聞いたことがあるのだ。

「当たってほしくない予想ができたわ」

「おっ、マジか」

「確認するためには、もう一度ウーゴスに会わないといけないわね」

予想が外れることを期待して。

念のための準備も必要だ。

クラウディアの指示に、ルキは喜んで従った。