作品タイトル不明
19.悪役令嬢はステッキを鳴らす
夜も深まった頃。
カツン、と硬質な音が娼館の玄関で響いた。
ステッキを片手に、受付でローズと名乗る。
「し、少々お待ちください!」
途端、慌てだした受付に頭をひねっていると、支配人を名乗る女性が奥から出てくる。
豊かなシワを湛えた支配人は、クラウディアの前に来るなり頭を垂れた。
「お噂はかねがね伺っております。こうしてご本人様にお会いできるとは、幸甚の至りにございます」
「偽者とは思わないのか」
「一目見れば圧倒される気品だと聞き及んでおります。仮に騙されていても、わたくしたちの落ち度。不満はございません」
にこりと言い切られてしまえば、これ以上、言葉を重ねるのは無意味だった。
娼婦たちのため環境改善に励んだ噂がここまで届いているとは意外だ。
(一つの町に限った話だと思っていたわ)
国から口を出される機会をつくられ、支配人にとっては面白くないこともあっただろうに。
低姿勢を崩さないまま、ナンバーワンの部屋へ案内される。
「予約があるのではないか?」
「紹介せず、へそを曲げられるほうが困ります。ローズ様の武勇伝には、わたくしもスカッといたしました」
迷惑な貴族の客を追い払った件を言われていた。
悲しいかな、似たような客はどこにでもいるのだ。その分、好感を得られているのは、なんとも複雑な気持ちだった。
(まだまだ課題が多いわ)
辿り着いた部屋は、ドアからして他とは違った。
額装のようなアイボリーの枠組みに、象牙色の生地がドアの表面に張られている。ダイヤモンドステッチの凹凸がある仕様は、ソファーやベッドの背もたれによく用いられた。
支配人が世界観を説明してくれる。
「ここは夢への入り口なのです。思い描く幻想はお客様の自由。さぁ、エヴァリーナの世界をお楽しみください」
ドアが開かれた正面に、部屋の主が満面の笑みで立っていた。
「はじめまして、ローズ様。ナンバーワンを務める、エヴァリーナと申します」
支配人の案内を受けているうちに言づてがあったようだ。
落ち着いた店内を、ボーイが裏で猛ダッシュしていたのを想像すると面白い。
エヴァリーナは、クラウディアと同じ歳か、少し上くらいに見えた。
明るいオレンジ色の髪が、頬を染めるエヴァリーナの表情を輝かせる。
クセのある長い髪は、ふわふわな髪質を活かして裾広がりのドレスのようなスタイルに保たれていた。
肩を出し、萌黄色のマーメイドドレスを身に纏った姿は、物語に出てくる人魚を思わせた。部屋の壁紙はアクアブルーで統一され、調度品と並んで、葉の大きい観葉植物が置かれている。
(海の中を模しているのかしら)
わかりやすく魚のアイテムなどはない。
色だけで、海の概念が表されていた。
(センスが良いわ)
部屋の内装は、持ち主の意向が反映される。
若くしてナンバーワンになる能力の片鱗が窺えた。
ベッドではなく、壁際に置かれたソファーに腰掛ける。象牙色の生地は、ドアの表面に仕立てられたものと同じだった。
隣に腰掛けるエヴァリーナから熱のこもった視線を感じる
「実在されていたなんて、夢のようです」
「私のほうこそ、これほど美しい人魚には、はじめて出会ったよ」
髪色と同じオレンジ色の瞳を見つめながら微笑む。
上目使いで恥じらう様子に、騙されてはいけないとクラウディアは自分に言い聞かせた。
半分本心、半分演技。
なら良いほうで、本心が一割のときもある。
それでもうっかり騙されてしまいそうになるのだから、プロは凄い。
お姉様方によって抵抗力が鍛えられたかと思いきや、気を抜くとベッドへ連れていかれそうだ。
(どうして皆さん、誘われるのかしら)
仕事なのは承知の上だが、何もしないに越したことはないだろうに。
エヴァリーナの頬に重なった髪が邪魔そうだったので、指が触れるか触れないかの距離で顔のラインを辿り、優しく髪を払う。
角度的に顔が少し見えにくいと思った故の行動だった。
より表情が露わになると、エヴァリーナが目を閉じる。
「……すまない、顔が近かったか」
思いのほか至近距離にいたせいで、勘違いさせてしまったらしい。
体を近付けたのは彼女のほうだとしても先に謝る。
「もうっ、イジワル」
おあずけを食らったエヴァリーナは、ぷくっとピンク色のチークがのった頬をふくらませて抗議した。
本気で怒っているのではなく、ジャレているのは明白だ。
「ローズ様が難攻不落なのは知ってます。けど、けどぉ! ちょっとくらいチャンスをくれたっていいじゃないですかぁ」
「君は十分愛らしいよ。その頬を食んでしまいたいくらいには」
「ううう、でも行動には起こしてくれないんですね?」
頷く代わりに、頭をぽんぽんと優しく叩く。
プライドの高い人には逆効果だが、エヴァリーナは甘え上手なタイプだ。もしくはそのタイプを演じているのなら、応えてあげるのが礼儀だった。
案の定、不快を示すどころか、手に頭を押し付けてくる。
「撫で撫でしてくれたら許します」
それぐらいならと注文に応える。
満足したエヴァリーナは、んふふ、と笑いながら腕に絡み付いた。
彼女のふわふわの髪が手に触れる。
「お話されるのがお好きなんですよね 」
「ああ、エヴァリーナの話を聞かせてくれるかい?」
「いいですよぉ。そうだ、ローズ様は甘いチョコレートはお好きですか?」
ちょうどさっき支配人から貰ったところなんです、と包装された小箱を取り出す。
「好きだが、それはエヴァリーナのものだろう?」
「お店からの支給品なので気にしないでください。だけど、このチョコを食べるからには、あたしのことはエヴァって呼んでくださいね」
「わかったよ、エヴァ」
きゃーっと、エヴァリーナは頬に両手を当てて喜ぶ。
(一体、どういう風に話が伝わっているのかしら)
噂に尾ひれが付くのはよくあることである。
クラウディアとしては期待を裏切らないよう、注意するしかなかった。
「あ! このチョコにまつわる話なんですけど、昨日失礼なお客様がいたんです。といってもローズ様に助けてもらうほどのことじゃなくて、グチに近い話なんですけど」
「ぜひ聞かせてくれ」
来たのは二人組の客だった。
「ここって、初見さんにはロビーで女の子を選んでもらうんですね。飾られてる絵姿からだったり、新人さんや指名の欲しい子は接客しにいったりして」
娼館で一般的に取られているシステムだ。
人気のある子を指名するには、予約が空いているのを前提に、相応の金額を支払う必要がある。
「で、一人のほうは、いかついお兄さんで、こっちは常識がある方でした。早々に気の合う女の子と部屋に移動されたぐらいです。問題は、お連れのお客さんで、顔は綺麗な子だったんですけど、開口一番、バカっぽい女は嫌い、って言い放って!」
もう、その場にいた全員ぽかーん、ですよ! とエヴァリーナは目と口を大きく開けて、当時の表情を再現する。
「でもインテリジェンスを求められるお客様もいますから、お話が合う子を呼ぼうってなったんですけど、そもそも娼婦の時点で頭を使ってないでしょ、って言うんです! 酷くないですかぁ!?」
「酷いし、女性のことを何もわかっていないように感じるね」
今日出会ったばかりの二人組が頭を過るが、まさかと追い払う。
「ローズ様もそう思いますよね! 接客のしようがないので、そのあとは放置するしかありませんでした。ただ一人で帰らず、部屋に行った連れのお兄さんを律儀に待っていたのは、ちょっと可愛かったです」
そして合流した連れが支配人から事情を聞き、お詫びのチョコレートになったのだという。
「色んな考え方がありますからね、失礼ですけど。その分、こうして話のネタになってもらってます」
「これだけ商魂たくましい子を捕まえて、よく頭を使ってないと言えたものだ」
「褒めてます~?」
「褒めているよ。切り替えの早さは一種の才能だ。誰でもできることではないからね」
いつまでも気に病んでいたら堕ちていくばかりだった。
特に娼館という環境では。
「わかりやすく頭を撫でてもらっていいですかぁ?」
偉い偉いとエヴァリーナの要望に応える。
「ローズ様は力加減や触れる場所を心得ておられるので癒やされますぅ」
「そうかい?」
「はい、不快感が全くありません。はじめての方に触れられるのって、無意識のうちに緊張しちゃうんですけど、ローズ様にはもっと触ってほしくなります」
頭以外も撫でていいですよ、という許しには笑顔を返した。