作品タイトル不明
18.悪役令嬢は這い寄る闇に耐える
ホテルのスイートルームに帰った頃には、夜の帳が下りていた。
護衛のハーマンは、ドアの内側で待機する。
ベゼルの手配によって、部屋の外にも構成員が配置されていた。
守りは盤石だ。
つばの広い帽子だけを脱いで、窓の傍に置かれたソファーにクラウディアは腰掛けた。
ちょうど夜景が見えるよう計算されている。
街灯が夜の港町を彩り、建物の窓から漏れる明かりが活気を体現していた。
片や海辺は漆黒に染まっているのを想像すると、不思議な感じがする。
昼間には見られない明暗があった。
ルキも有事に備えて、変装を解かないままソファーに座った。
ただ他人の目がないので、口調だけは戻る。
「んじゃ、話を整理すっか。とりあえずウーゴスに的を絞るか?」
「ええ、王都のことはどうにもできないから」
この地で、できることをする。
セルとミチの兄妹が言うとおり、商人には問題があった。
「ウーゴスが乗組員を酷使しているのは確かね」
「他の商人も、修道者様も言ってたもんな」
「けれど報酬はちゃんと支払われ、乗組員たちが不満を訴えている様子はない。これだけなら、自己責任で済んでしまう話だわ」
「その乗組員の様子ってのも変なんだよなぁ」
倉庫前で声をかけてきた男たち。
下卑た人間はどこにもいるが、素面には感じられなかった。
「セルたちの父親も、話しかけても会話にならないと言っていたわね」
「まずは一つ、当事者から話を訊くっきゃねぇな。潜り込めそうなやつを手配しとく」
ちょうど飲み屋が開く時間なのもあり、ルキの指示で構成員が派遣された。
「これは、あまり関係ないことかもしれないけれど、ウーゴスが難民の支援物資を運んでいるというのは疑わしいわ」
修道者は気にしていなかったが、難民支援は各国に丸投げの状態で、国の担当者が物資の輸送などを手配する。これにはシルヴェスターも不満を漏らしていた。
「商人を介す場合は、運航スケジュールが把握されるはずよ。過密労働で支援物資が海の藻屑になったら、非難は免れないもの」
「なるほど、本当に国の依頼を受けてるなら、今のような運航はできないってわけか」
「修道者様への言い逃れで、出任せを言っているのでしょうね」
他の領地なら運航スケジュールを誤魔化すため、賄賂を渡している可能性もある。
しかし港町ブレナークは王家直轄領で、統括は王都から派遣された行政官がおこなっていた。
王都での出世コースであり、袖の下を受け取って、未来を棒に振る余地をつくるとは考えにくい。
そもそも王家直轄領は、他領の見本となる場所である。役人の不正は、徹底して許されなかった。
「だろうな。一応、何が繋がるかわかんねぇから、それも念頭に入れておく。あと、まだ引っかかってることはあるか?」
「イーダの忠告ね」
「ああ、あのムカつく野郎を連れてる」
「チェステアは、多分だけど社会経験が少ないのだと思うわ」
目に付くので、ルキが気になるのもわかる。
クラウディアは少しだけ、逆行前の自分を見ているようで、
「話を戻すわね。真摯に忠告してくださってたでしょう? ルキや護衛がいるのに」
「言われてみればそうだな。おれらがいる限り、姉御が襲われる心配はねぇ」
「多勢に無勢の状況をつくられたら危ないでしょうけど、そこまで大がかりなことをするかしら?」
他の商人にとって、ウーゴスは目の上のたんこぶだ。
排除に動いていないのは、自滅を待っているからに過ぎない。
「目に見えて犯罪を犯していたら、他の商人も、修道者様も、静観していないと思うのよ」
人の道に反していれば、異端審問は開かれなくとも、通報はされる。
「つーことは、イーダは他が気付いてない『何か』を知ってるってことか」
「……体を要求される以上のことがあるみたいに感じられたのよね」
一度の関係では終わらないとでもいうような。
「やっぱり一番の謎は、修道者様の注意を無視してまで、乗組員が仕事を断らない理由かしら」
情勢的に将来の不安が垣間見えているとはいえ、現状お金には困っていない。
家族も体を心配して休養を勧めている。
にもかかわらず、仕事を詰める理由。
乗組員の問題とイーダの懸念は、ウーゴスを介して繋がっていた。
「よし、じゃあおれも探りを入れてくる。姉御は風呂でも入って、ゆっくりしててくれ」
「夕飯はいいの?」
「適当に食べるさ。いい加減、姉御も一人で羽を伸ばしたいだろ?」
護送を逃れてから、ずっとルキと一緒だった。羽根を伸ばしたいのは彼も同じだろう。
言うなり、ルキは黒のマントを羽織って出ていく。
その後ろ姿に「夜」が見えた。
ここからは彼の時間だ。
◆◆◆◆◆◆
ルキの言葉に甘えて、クラウディアは汗を流した。
夕飯はルームサービスで済まし、一息ついたところで、喉が渇いた。
自ら紅茶を淹れて、ソファーに座る。
香りを嗅ぐと、逆行後ヴァージルのために練習したのが思いだされた。
おいしいと、自分と同じ青い瞳を細めて褒めてくれたのを覚えている。
心を許してもらおうと、打算から起こした行動だった。
今では正真正銘、かけがえのない兄妹だけれど。
温かいカップを両手で包む。
ふいに昔の記憶が蘇ったのは、一人でいるからだろうか。
――寒くないはずなのに、手の指や足先が冷えるからだろうか。
(状況がどんどん悪くなっているわ)
屋敷に戻らなかったのは、果たして正解だったのか。
姿を隠さず、民衆の前に出たほうが良かったのではないか。
自領の計画を台無しにしただけでなく、しまいには、他領でも自分のせいで暴動が起こったと流布されている。
えん罪がさも事実のように語られている王都を想像し、背中が丸まった。
「はぁ……」
寂しい。
恋しい。
目頭が熱くなる。
耐えようと出した声は、震えた。
「どうすればいいの」
わからない。
何が正しくて、間違いなのか。
視線の先に影が落ちていた。
自発的に動くはずのないそれに、足首を掴まれる。
そんな想像を、頭を振って追い払う。
「しっかりしなさい」
カップを置き、両手で頬を叩いた。
憐憫になんて浸るものか。
ぐるぐる巡っていた思考を断ち切り、現実を見る。
今、ここにあるものを。
「わたくしには解決すべき問題があるわ」
魔女裁判はもちろんのこと、直近で交わした約束があった。
クラウディアと目が合い、照れる少年。
ルキにからかわれる少年を、彼の妹も友人も笑って見ていた。
父親を守るために行動を起こした兄妹とその友人たち。
彼らを助けるためにも、ここで潰れていてはダメだ。
「前を向くの」
意識して、顔を上げる。
一人でいる、というのは正確ではない。
存在を消しているけれど、ドア前でも、部屋の外でもローズガーデンの構成員が自分を守ってくれている。
今、この瞬間も、色んな人に支えられているのだ。
「腐っている暇はないわ」
セルとミチ、その友人たちが吉報を待っている。
(親子のすれ違いで、父親が頑張っているだけならいいのだけれど)
現状ある情報だけでも、ウーゴスは怪しかった。
ルキはゆっくりするよう言ってくれたけれど、じっとしていたら、また悪い思考にはまってしまいそうだった。
何かできることはないかと探す。
「そういえば、この町にも娼館があったわね」
王家直轄領ということもあって、公娼として存在している。
クラウディアは構成員に声をかけ、男装の準備に取りかかった。
( 白百合(リリー) の名に、縋ってばかりではいられないわ)