軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.商人は部下をたしなめる

馬車の座席に腰掛けながらイーダは苦言を呈す。

「お前なぁ、リリーさんが寛容だったことに感謝しろよ」

「嫌よ。第一、構いに行くイーダが悪いんじゃない」

反省の色が見えないチェステアに溜息が出る。

数字の計算は速くても、どうしてこう社交性が壊滅的なのか。

「昨日の夜だって、エヴァリーナちゃ~ん! とか言って、娼婦に鼻の下伸ばしてさ」

「おまっ、エヴァリーナちゃんは娼館のナンバーワンだぞ!? 一人で待つのは寂しいかと思って、一緒に連れて行ってやったのに!」

「結局一人にされたけど?」

「それはお前が、バカっぽい女は嫌いとかぬかして、総スカン食らったからだろうが」

イーダは通りすがりのエヴァリーナには相手にされず、言葉を交わして良い雰囲気になった女の子を指名した。

(すっきりしてロビーに戻ったら、チェスが一人ぽつんと立ってるのを見て、どれだけ肝も冷やしたか)

何かやらかしたのは瞬時に察せられた。

事情を教えてくれた支配人には平謝りして、代金に色を付けた。今晩その金で、店の女の子たちには甘いものが支給されるはずだ。

「チェス、そんなんだから友だちができないんだぞ」

「話の通じない友だちなんて、いなくて結構よ」

チェステアは、地元で神童として知られていた。計算能力が大人より高かったからだ。

成長し十八歳になった今でも、学者に引けを取らないほどの能力を見せ、役立ってくれている。

ただその代わりというか、社交性をドブに捨てていた。

容姿は良いので、本音を隠すだけでもマシになるというのに。

イーダとしては、自分がいなくても生きていけるようになってほしい。

「昨日の今日で、今度はリリーに鼻の下伸ばしてさ。足下見られてるのわかってるくせに」

「わかってて騙されるのが男ってもんだ」

「私はそれで損をしたくないの! あんな見るからに体を使って成り上がったような女のどこがいいわけ?」

チェステアの言いように、今度は「はあぁぁ」と特大の溜息が出た。

「人を見た目で判断するな。第一、体を使うっていっても、タイミングが大事なんだぞ」

安売りすれば、それだけ価値が減っていく。

その点、リリーは絶妙だった。話の流れに合わせて、胸を見るよう誘導してきたのだから。

「ウーゴスの提案も断ってただろ?」

「一度はね」

「彼女には交渉する能力があるってことだ。人の悪い面を探すんじゃなく、良い面を探せ」

「そうは言うけど、そもそも彼女と関わること自体、無駄じゃない」

自分たちの狙いはウーゴスだ、とチェステアは言う。

他に時間を割いても、効率が悪いだけだと。

「お前の頭ん中みたいに、足して引くだけで世の中は完結しねーの」

イーダは自慢の太い腕で、チェステアの頭をロックした。

「ちょっと、やめてよっ」

「いいか、よく聞け」

意識して声を響かせる。

低く重い自分の声は、酒場で歌うと飲み代をタダにしてもらえるぐらいには良い。

その声をフル活用して、金言を伝える。

ゆっくり、一語ごと耳に届くように。

「良い女と、知り合っていて、損はない」

チェステアと出会えたのも、彼の母親と交流があったからだ。

父親を早くに亡くしたチェステアは、母親と二人で暮らしていた。不器用な息子のために頑張っていた彼女を思うと、早く一人前にしてやりたい気持ちが募る。

真剣さに嘘偽りはなかった。

が、力任せに腕を解かれる。

細身に見えるチェステアだが、鍛えても筋肉が付きにくいだけだった。服を脱げば、贅肉のない引き締まった体が露わになる。

「その結果、散財してるのをよく見るけど?」

「必要経費ってやつだな」

「経費には計上されないわよ」

「してくれよ!」

「するわけないでしょ。したら、暴動が起きるわよ」

それは困る。

チェステアだけでなく、イーダの部下は力自慢たちが集まっていた。暴動はシャレにならない。

「冗談はさておき、今夜はどうするよ? 同じ店は気まずいよなぁ」

「また娼館? 私は行かないわよ」

「お詫びに、リリーさんを食事に誘うのもありか?」

「なしよ」

「誘ってみないとわからないだろうが」

町で一、二を争う高級ホテルに泊まっているのは、周知の事実だった。

あれだけ綺麗な女性が街を歩いていれば、噂にもなる。

ホテルマンは口が堅くとも、客はまた別だ。

どうせなら馬車に誘えば良かったか、と思ったところで、辺りをキョロキョロ見回し、自信なさげに歩く少年たちの姿が目に入った。

夕暮れ時、明らかに家へ向かっている様子ではなさそうだ。

御者に馬車を停めてもらい、声をかける。

「おう坊主共、ここで何してんだ? そろそろ暗くなるぞ」

「えっと、人を探してて。リリーさんって言うんですけど、知ってますか?」

予想外の名前が出て、チェステアと視線が交錯する。

「何、あの女に騙されたの?」

「リリーさんを悪く言わないで! お父さんを助けてくれてるんだから!」

侮蔑を含んだチェステアの視線を理解した少女が声を上げる。

先頭に立つ少年の妹らしかった。

一旦チェステアを黙らせて、話を訊く。

「お父さんが困ってるのか? リリーさんって、白髪の凄い良い女で間違いないか?」

「合ってる! おじさん、リリーさんの知り合い?」

おじさん、という単語に少し胸をえぐられながら頷く。十歳前後の子からすれば、三十歳は十分におじさんだ。

「さっき話をしてきたところさ」

「元気だった?」

「ああ、元気にしてたよ」

じゃあ大丈夫じゃない? と少女が少年たちと相談をはじめる。

「会いたくて探してたんじゃないのか?」

「できれば会いたかったけど、邪魔したくないし……」

「君たちのお父さんを助けるために頑張ってるんだっけ?」

少女が答えようとしたところで、兄である少年が止める。

「ミチ、内緒って言ってただろ」

「そうだった! ごめんね、おじさん。もう行くね!」

そそくさと逃げるように少年たちは駆けていく。

リリーの近況を知れたことで、目的は達したらしい。

「身なりからして、近所の子たちだろうな」

「どういうこと? お父さんを助けてるって言ってたわ」

「わからん」

高級ホテルに泊まるリリーの羽振りの良さから、商売相手は金持ちだと予想できる。

しかし少年たちを見るに、船乗りの子どもといった風体だった。

結び付く要素がない。

「やっぱり何か騙してるんじゃないの?」

「騙すにしても、金持ちを狙うだろ。気に留めておいたほうが良さそうだな」

「得体がしれないわね」

「それはお互い様だろ。けど真実、あの子たちのお父さんを助けてるんならさ」

――凄い良い女どころの騒ぎじゃない。