作品タイトル不明
16.悪役令嬢は競合相手を分析する
「どこがって、見たまんまだな。おたくも評判は聞いてるんだろ?」
「イーダ様もよね?」
「その切り返しは痛いな。だが下手すれば、人生がダメになるかもしれない。これでも俺は真面目に言ってるんだ」
確かにウーゴスの人間性を鑑みれば、引いたほうが良いだろう。
けれど競合相手であるイーダの言葉を、証拠もなく信じろというのも無理な話だ。
クラウディアは、考える素振りで胸の下で腕を組む。
すると迫り上がった胸へ、イーダの視線が吸い寄せられた。
「お金なら払うわ。だから今回は譲ってくれないかしら?」
甘えた声を出し、イーダを見上げる。
彼がどこまでウーゴスに固執しているか知りたかった。
しかし声が上がったのは別のところからで。
「はっ、結局は体を使うんじゃない」
イーダに同行している中性的な青年が、クラウディアを鼻で笑う。
即座に反感を示したのはルキだった。
「そっちが勝手に見たんだろうが!」
クラウディアには視線を誘導した自覚があった。
だから、青年の嘲笑は気にならない。彼は事実を口にしただけだ。
それに。
(わたくしを貶すには悪手だわ)
この場合、指摘されて居心地が悪くなるのは、胸を見たほうである。
案の定、イーダは眉尻を落としながら顎を掻いていた。
「チェス、やめろ。今のは俺が悪かった」
「どうして? イーダが謝ることじゃないわ。この女が色目を使っ」
やめろ、と青年の言葉を強く遮って、イーダは怒気を表す。
そしてクラウディアに頭を下げた。
「すまない。さっき嫌な思いをしてきたところだってのに」
「気にしてないわ、よくあることだもの。流石にウーゴス様は露骨過ぎだけど」
礼を失している自覚がある人の視線には良心があり、まだ好感が持てる。
加えて、チェスと呼ばれた青年の指摘どおり、相手の関心を利用して、交渉を有利にしようとしたのは事実だった。元より謝る必要のないことだ。
(イーダ様は良い方ね)
クラウディアの意図に気付いていないふりをして、自分の非を認めるのだから。
相手に恥をかかせない手法を心得ている。
話を戻して、イーダは提案を断った。
「提案は魅力的だが、守れない約束はしない質でな」
「素敵な志をお持ちなのね」
「悲しむ相手を作りたくないだけさ。あぁ、こいつはチェステアってんだ。俺の秘書みたいなもんだが、いかんせん気が強くてな」
だから基本的に前へ出さないようにしている、とイーダは言いながら、チェステアの頭を軽くこついた。チェスは愛称のようだ。
「ほら、挨拶しろ」
「……」
無言を返すチェステアに、イーダの声が重く響く。
「礼儀を知らないのはどっちだ」
「……チェステアよ。私は騙されないから」
相変わらず淡い青紫色の瞳は、眼光が鋭かった。
イーダがあえて紹介せず、後ろで控えさせた理由が窺える。
(相手が貴族だったらどうするのかしら)
平民が機嫌を損ねれば、どんな仕打ちをされても文句は言えない。
チェステアにとってクラウディアは、ウーゴスの商船を取り合っている敵という認識なのかもしれないが、あまりにも世渡りが下手過ぎた。
設定上、リリーは平民だが、貴族の知り合いがいる可能性だってある。それこそ公爵家が後ろ盾だったら? どこで虎の尾を踏んでもおかしくはないというのに。
(社会勉強中なのかしら)
イーダのチェステアへの対応は、上司というより親に近いものがあった。
ルキも二人のやり取りに毒気を抜かれたのか、発言を控えている。
「ったく、こいつは。またあとでよく言って聞かせる。とりあえず、ウーゴスが手段を選ばない悪い男だってのは覚えておいてくれ」
「わかったわ」
話が終わり、馬車に乗り込む二人を見送る。
最初に口を開いたのはルキだった。
「あいつ、なんで女口調なんだ?」
チェステアが男性であることは、体形から知れた。喉仏もあり、声音も低めだ。
個性でしょ、とクラウディアは端的に返す。
ルキは夜の街で見かけるタイプと違うことに、頭をひねっていた。
「男好きでも、女になりたいって感じでもねぇし。あれか、レステーアってのと同じタイプか」
レステーアは、男装が趣味の令嬢である。
社交界では令嬢を侍らす姿がよく見受けられたが、彼女の性的嗜好は不明だ。知りたいとも思わない。
「似たタイプかもしれないわね?」
「あいつもあいつでおかしいしなぁ。姉御は偏屈なやつに好かれがちですから、そのうち懐かれたりして」
偏屈なやつには、しっかりシルヴェスターも入れられていた。
(レステーアと同じ括りだと知ったら嫌がるでしょうね)
穏やかな表情のまま、目のハイライトが消える様が浮かぶ。
つい先日、会っていたというのに、早くも懐かしい。
大聖堂の客室にいた頃は、もうすぐ禊ぎが終わるとお互いに信じていた。
切なげに「あともう少し」と発せられた声が、耳元で蘇る。
春咲きのアイリスをクラウディアの代わりにして、手で弄ぶシルヴェスターはくすぶっていた。
じりじりとした熱を認め合いながら、焦がれる思いを抱えている時間が愛おしかった。
さらりとした銀髪に、とろける黄金の瞳。
クラウディアだけが味わうことを許された甘美を思いだすと、ほう、と熱のこもった息が漏れそうになる。
同時に、一緒にいられない現実が、きゅっと胃を縮めさせた。
辛くなる前に、意識をルキへ戻す。
「それにしても、よくキレないですね。ああいう態度取られたらイラつきませんか?」
「心は揺れるけど、すぐ分析に入るから、言葉は右から左へ通り抜けて行くわね」
娼婦時代には、ただ悪態をつきたい、自分より下の者を罵ることで優越感に浸りたいお客もいた。自分の心を守る術を身に着けていないと、すぐダメになる。
クラウディアにとって相手を分析することが、その一つだった。
言動や仕草から人間性を読み取るのだ。
あれこれ考えている間に、お客は疲れて一息つく。そのとき答えを見付けられていれば、手玉に取ることもできた。
(おかげで社交界でも役立っているわね)
どこにでも嫌な人間はいる。
娼館での対処法は、社交界にも通じた。
欲望を曝け出すことが前提の娼館と、隠すことが前提の社交界では、分析の難易度が変わるとはいえ、根底にある人の欲望を知っているメリットは大きかった。
「なるほど、弱点探しに終始するんですか」
「相手を深掘りしていると言ってほしいわ」
「チェステアについては何かわかりました?」
「まだ情報が少なすぎるけど、わたしを敵視しているのは確実ね。この見た目が悪いのかしら?」
ウーゴスの倉庫兼事務所で会ったときも憎々しく睨まれた。
今回も、競合相手だからという理由だけではなさそうだ。
「イケてる女ですよ?」
「ありがとう。でもチェステアにとっては違うんでしょう」
ただチェステアの性格をわかった上で、イーダは連れ歩いている。
何かしら欠点を上回る利点があるのだろう。
もしくはトラブルになっても対処できる自信があるのか。
相変わらずイーダについて気になるのが、今は重要度の高い問題があった。
イーダの忠告に焦点を合わせる。
「同業者を退けるために、あえて怖がらせにきてると思う?」
嘘をついている雰囲気はあったかルキに問う。
人の機微には、彼も敏感だった。
「嘘を言ってるようには見えませんでしたね。ウーゴスについては、ガキ共の件もある。姉御、やっぱ何かあるんですよ」
「他の商人から見ても無理な運航をして、心証が悪いしね。その無理の仕方も調べる必要があるかしら」
修道者の所見では、教会が口を出すほどではないとされていた。
それが事実か見定めなくては。
ふう、と息を吐くのと同時に、夕方の風がクラウディアの長い白髪をなびかせる。
いつの間にか空にオレンジ色が現れている。
「お乗りになられますか?」
ホテルから港へ送ってくれた御者の問いかけに、クラウディアは笑顔で答えた。