作品タイトル不明
04.聖女は宣言する
聖女祭の開催を告げる直前、大聖堂にある本堂の裏手でフェルミナは断罪をおこなった。
騎士たちの手前、恭しいノリス司祭の態度にくすぐったさを覚えながら、クラウディアを受け渡す。
朝の柔らかな日差しが、自分を彩ってくれていた。
キラキラと睫毛の先が煌めく。
(やっと、やっとよ! わたしが悲劇を終わらせるの!)
あとは大聖堂前に設けられた舞台で、クラウディアの悪事を暴くのみ。
ベールを被り直し、スキップしそうになるのを自制する。
(わたしは聖女なんだから、浮かれた姿を見せちゃダメ)
教会の騎士たちに守られながら、厳かに歩を進めた。
それでもスカートの裾が喜びの軌跡を描いてしまうのは、ご愛敬だ。
舞台袖に到着すると、教会の本拠地でおこなわれた聖女の任命式を思いだす。
信徒たちの前で言葉を放ったとき、人の多さに圧倒されたことを。
大聖堂前には、そのときと比べものにならないほどの気配があった。
(教会がハーランド王国を無視できないはずだわ)
献金額もあるけど、何を言っても人口が多い。
国の方針で、教会と距離を置かれてしまうのは避けたいだろう。
(信仰は切り離せなくとも、教会は人が運営する組織でしかないもの)
フェルミナが参加するまで、聖女の選出は、教会内の権力闘争だった。
教えは有り難くとも、組織から人心が離れることは考え得る。
(聖女は別だけど)
名誉職である聖女に、組織内を動かす権力はない。
あくまで信徒たちの希望という象徴なのだ。
だからこそ、永遠に綺麗なイメージを保てた。
(得でしかないわね)
きまぐれな神様のお導きに感謝し、舞台袖で祈る。
それだけで周囲にいる騎士たちから感心されているのが伝わってきた。
遂に、老齢のギーク枢機卿によって舞台へ呼ばれる。
王都の大聖堂を統括するギーク枢機卿。彼にもクラウディアの捕縛については知らせていない。だから一緒にクラウディアも呼ばれるのは仕方なかった。
聖女フェルミナだけが現れたことに、ギーク枢機卿は白く長い片眉を上げる。
慌てる必要はないと、会釈で告げた。急遽、段取りが変わったのだと察したギーク枢機卿は、一旦見守ろうとフェルミナに場を預けた。
(シルヴェスター殿下もこの場にいるのよね)
特別に席を設けられているはずだが、あえて、そちらは見ない。
聖女は等しく人民へ向き合うものだから。
舞台の真ん中に立ち、集まった民衆――信徒たちと対峙する。
厳粛な雰囲気に呑まれ、場は静まり返っていた。
そこへ澄んだ声が響き渡る。
「皆様にお伝えしなければならないことがあります」
言いながら、フェルミナはベールをゆっくり脱いだ。
「まずは生まれた土地へ、聖女として戻れた喜びと感謝を申し上げます。わたしフェルミナは、このハーランド王国の王都で生まれ育ちました」
自分たちの町から聖女が誕生した驚きが歓声となって現れる。
けれど、心地良いざわめきに浸っている時間はなかった。
「そして本日、聖女祭の開催を告げる予定でしたが、できなくなったことを皆様にお詫び致します」
真摯に頭を下げる。
異端審問で大々的にクラウディアの裁きが決するまで、聖女祭は延期されるだろうと見立てていた。
お祭りを楽しみにしていた人たちには申し訳ない。
それでも悪を正すためと知れば、納得してくれると信じていた。
顔を上げ、真っ直ぐ正面を見る。
フェルミナは、一言一言を噛みしめながら告げた。
「理由は、わたしの補佐役になる予定だったクラウディア・リンジーが、黒魔術に心酔した魔女であると判明したからです」
「魔女」という言葉を、誰もすぐには理解できないようだった。
顔を見合わせる信徒たち。
彼らにとっては、はじめて耳にする巨悪だろう。
「安心してください。既に魔女は捕縛されました! この後、異端審問にて、悪は裁かれます。きっと歴史に残る魔女裁判となるでしょう!」
クラウディア・リンジー。
王都にて、その名を知らない人はいない。
何せ王太子の婚約者であり、お披露目も大々的におこなわれたのだから。
動揺が広がっていく様に、心の中でも訴える。
(大丈夫、もう捕まえたから、恐れることはないのよ)
リンジー公爵家からも邪魔されないよう、先手を打ったのだ。
あとは事実を知った人々が落ち着くのを待つばかりだった。
(やっぱりすぐには受け入れがたいかしら)
信じていた者に裏切られれば、誰だってショックだ。
自分たちが仰ぐべき人物だったとなれば相当だろう。
けれど時間が解決してくれる。それを早める手立てが聖女の存在でもあると、ノリス司祭は言っていた。
(ここでわたしの存在を示すべきよね)
聖女がいることを。
信徒の希望は、絶えず存在していることを。
教義から得られる訓戒を伝えようと、口を開いたときだった。
高らかな一声に邪魔される。
「待ってください! クラウディア様が魔女だなんて、あり得ません!」
女性だった。
手を高く挙げて主張する。
「わたしはネリと言います。リンジー公爵領で受け入れられた難民です。皆さんの支援のおかげで、この場に参加させてもらえる機会を得ました!」
クラウディアの晴れ舞台を見るべく、領民に同伴させてもらいリンジー公爵領からわざわざやって来たという。
「それもこれもリンジー公爵家の善政のおかげです! 中でもクラウディア様は、ボロボロで汚れていたわたしにも親身に寄り添ってくださいました!」
ネリの訴えを聞き、視察に赴いた公爵領の光景が頭に浮かぶ。
難民には仮設住宅が与えられ、子どもたちは元気に過ごしていた。
穏やかで平和な公爵領。その礎になっているものを、ネリは知らないのだ。
(可哀想に)
哀れみがフェルミナの胸を占めていた。
無垢な人ほど、クラウディアの毒牙にかかるお手本だ。
真実を知る前の自分と、ネリが重なる。
フェルミナは、深い頷きをもって答えた。
「あなたの言うとおり、クラウディアは親身に寄り添ったんでしょう。けれど、それが魔女のやり方なんです。惨事を起こす一方で、表面的には慈愛を語る。ネリ、あなたが見たのはクラウディアの一面に過ぎません」
自分も騙されていた。
凜とした表情の裏で、クラウディアは黒魔術を信じ、倫理に反することをやっていたのだ。
視察で見た光景を伝える。
口に出すのもはばかれる現実があったことを。
他領を陥れ、社会的、経済的混乱が生じていることを。
「信じられません!」
聖女が言っているのに? という怒りをぐっと堪える。
衝撃の事実を聞かされて、彼女は動揺しているだけだ。
落ち着きを取り戻せば、聖女の言葉の重みを理解するはず。
「すぐに受け入れるのは難しいでしょう。あなたがクラウディアを信じていたのなら尚更。わたしは、あなたの心が落ち着くまで、いくらでも待ちます」
これでネリとの会話は終わり。
お互いの意見は平行線を辿るだけだと、フェルミナは終止符を打ったつもりだった。
予想に反し、ネリは大声で訴え続ける。
「ではクラウディア様が裁かれて、戦争をしている人たちが、自分の故郷を荒らす人たちが裁かれないのは何故ですか! 今、この瞬間ですら、犠牲者が出ているかもしれないのにっ」
わたしの夫は生死も知れないと言われ、目尻がつり上がりそうになる。
(魔女と戦争は別問題でしょ! 勝手に話をすり替えないで!)
涙声のネリに周囲も同情的だ。
混乱の極みに達しているとはいえ、フェルミナにとってネリは完全なる邪魔者だった。
(ここはお姉様の悪事を暴く場よっ)
段取りを無茶苦茶にされ、すぐに返答できない。
このままでは聖女の威厳が崩れてしまう。そんな焦りも相まって、考えがまとまらなかった。
視線が泳いだ先で、銀色の輝きを認める。
まるでそのタイミングを見計らっていたかのように、穏やかな問いかけがあった。
「クラウディア嬢が魔女であると、教皇がお認めになられたのだろうか?」
瞬時に警戒度が上がる。
(お姉様が優位になるよう反論する気?)
しかし映ったシルヴェスターの表情は、落ち着いていた。
驚きも怒りもない。
声音も低すぎず、平時のものだとわかる。
おかげでフェルミナも取り乱すことなく答えられた。
「それは、これから異端審問でお認めになられます」
「では、まだ可能性に過ぎぬということだ。聖女殿はまだ着任して日が浅い。補佐が上手く機能せず、混乱を生むこともあるだろう。ネリと言ったか、今は私に免じて矛を収めてもらえないだろうか」
シルヴェスターに声をかけられ、ネリは目に見えて慌てた。
「め、滅相もございません!」
地面へ額を擦り付けそうな勢いで頭を下げる。
あからさまな対応の違いに、フェルミナは呆れた。
(聖女より王太子のほうが大事なの? 現金な人)
簡単に騙されるくらいだから信心が足りないのかもしれない。
ネリへ頷きで答えると、更にシルヴェスターは言葉を重ねた。
「何よりも人の安寧を願われる聖女殿だ。要らぬ騒ぎを起こすのは、本意ではなかろう」
そう言って優しく微笑まれる。
柔らかな黄金の眼差しは、フェルミナへ向けられたものだ。
(もしかして助け船を出されているのかしら?)
ここが引き時だと。
思い返せば、既に目的は達している。
クラウディアが魔女である事実は公表したのだ。
(主張を否定されることもなく、ネリの無理な問いに答える必要もなくなったわ)
異端審問の結果は、王族とて覆せない。
何より警戒したものの、シルヴェスターから敵意は感じられなかった。
(彼も今は事実を確認したいんじゃないかしら)
本来なら、先にハーランド王国へ話を通すのが筋である。
にもかかわらず、クラウディアの抵抗を防ぐため、段取りは飛ばされた。
悪知恵の働く魔女が、権力を持っていたからだ。ハーランド王国が保身に走り、彼女を守る可能性もあった。
異端審問における公平性を保つために、護送は急がれたのである。
とはいえ、王族たる以上、民衆より先に詳細を知りたいのは道理だろう。
黄金の瞳を見つめ、フェルミナはしっかりと言葉を返す。
「はい、わたしも混乱を招きたいわけではありません。皆さんに事実をお伝えしたいんです」
「ならば改めて場を整えよう。予定外のことが起きれば、誰だって驚きが勝ってしまう」
実際、静聴するどころか疑問を投げかけられたばかりだ。
シルヴェスターの言うことは、もっともだった。
この場では響く言葉も響かなくなると、場を収められる。ギーク枢機卿もそれに倣ったため、フェルミナは舞台をあとにした。
(さすがというか、場慣れしているわね)
動揺があるのは想定していたのに、ネリとの問答では焦って醜態を晒しかねなかった。
まだ自分は聖女になって日が浅い。
その上、今まではノリス司祭が傍で補助してくれていた。
生まれながらの王族であるシルヴェスターに及ばなくて当然である。
(これが為政者なのね……まだまだ学ぶことが多そうだわ)
先が思いやられる。
しかし、不安はない。
聖女として善行を積めば、人々は自分を認めてくれる。かしずいてくれる。
クラウディアのことは、ノリス司祭に任せておけば大丈夫だ。
憂いのない未来の、なんと晴れやかなことか。
背に翼が生えたかのような軽い足取りで、フェルミナは大聖堂に設けられた客室へ向かった。