作品タイトル不明
05.悪役令嬢は護送される
魔女。
時間を逆行した者をそう呼ぶならば、クラウディアは紛うことなき魔女である。
(でも、待って)
押し込められた馬車の中で、クラウディアは懸命に頭を働かせていた。
その間にも、ガタ、とゆっくり馬車が動き出す。
伝わってくる振動で、額に脂汗をかいた。
窓のカーテンは閉められ、外の様子は窺えないけれど、移動をはじめたのは確かだ。
日の光が入らない車内は薄暗く、思考とは別に、これからどうなるのかという不安に襲われる。
両手を縄で縛られてから、脈動が、呼吸が、速くなっていた。
後ろ手ではなく、前で縛られているおかげで、窮屈な体勢にならないのが救いだろうか。
(落ち着くのよ。まずは長く息を吐いて……状況を整理しましょう)
今までの出来事を振り返って、自分自身を宥めることに集中する。
――朝、ハーブの香りが漂う大聖堂の控え室で、シルヴェスターと話していた。
その後、別れて、大聖堂にある本堂の裏手で聖女と顔合わせをした。
聖女は、フェルミナだった。
父親が当時愛人だったリリスともうけた、義理の妹。
懐かしさを感じつつも、どこか別人のような雰囲気もあって、彼女なりに更正の機会があったのを察した。
(聖女様に任命されるほどだもの)
少年を庇って鞭を受けた話も伝え聞いていた。
突然の再会に驚いたけれど、以前とは違う関係を持てるのでは、という期待があった。
しかし、その期待は、呆気なく砕け散った。
聖女――フェルミナから、クラウディアは断罪された。
「悪しき魔女、クラウディア・リンジーに裁きを与えます。教会を裏切り、恐ろしき黒魔術に傾倒した罪を、我が身で償いなさい!」
表情には、愉悦が滲んでいた。
純粋な裁きではないのだと、すぐに悟った。
何せ聖女より、フェルミナの顔が前に出ていたのだから。
(復讐する良い機会を得た、というところかしら)
彼女にとっては、正当な理由による裁きだったのかもしれない。でも楽しんでいたのは明らかで、更正については疑いの余地が残る。
そもそも聖女に人を裁く権限はない。
本堂の裏手でおこなわれたのは、フェルミナによる、フェルミナのためのパフォーマンスだ。
とはいえ、クラウディアは拘束され、質素な馬車に押し込まれている。
聖女が乗っていた馬車とは違い、護送用のものだ。
フェルミナが勝手に用意したとは考えにくい。
そして彼女は気になることも言っていた。
(黒魔術に傾倒した、魔女)
過去を掘り下げられたとき、逆行の事実がバレたのかと焦ったけれど、違った。
黒魔術で思いだされるのは、エリザベスの夫、パトリック・サンセットだ。彼は黒魔術の生け贄として、エリザベスを差しだそうとしていた。
クラウディアが黒魔術に触れたのは、この件がはじめてである。
(無理矢理こじつけられた感じがするわね)
身に覚えがなさ過ぎる。
それでもフェルミナが断罪に踏み切る程度には、裏付けが用意されているのだろう。
クラウディアを陥れたい者によって。
教会内部でこれだけの企てをする者の心当たりは、一人だけだ。
ナイジェル枢機卿。
朗らかな笑みと残虐さを併せ持つ、老齢の紳士。
彼がクラウディアに固執しているのは、以前ナイジェルの下で暗躍していたニアも証言している。あのときは、ニアにクラウディアの変装までさせていた。
今回もナイジェルが関わっていると見て、間違いないだろう。
考えがまとまり、心拍も落ち着いてきた。
不安は依然としてあるが、規則的に呼吸できるようになった。それを見計らったように、対面する前の席から声がかけられる。
クラウディアを護送すべく同行している修道者だ。
「驚いた。平静を取り戻すのが早い」
正に今、頭に浮かんでいた人物の声だった。
聞き取りやすく、しっとりと深みのある声音が耳に馴染む。
クラウディアは勢い良く顔を上げ、青い瞳を晒した。
目の前に、ナイジェルがいた。
碧眼を細め、面白い、と口角を上げている。
一瞬、自分が作り出したまぼろしかと思った。
現実だと悟ったのは、彼が髪色を変えていたからだ。
白髪交じりの金髪から、黒色に。肌の血色も良くなり、若々しく見える。
(わからない程度に薄ら化粧までしているの?)
幻想の産物なら、変装する必要はない。
彼は追放されたハーランド王国にいることを隠すために、身なりを変えている。服装も枢機卿ではなく、司祭用のものだった。
クラウディアの視線の動きから思考を読んだのか、口を大きく開けたナイジェルが快活に応える。
「はじめまして、私は司祭をやっているノリスという者だ」
腹から出される芯の太い声は、ナイジェルにそぐわないものだった。
肩甲骨を後ろへ寄せ、胸を開かれると、年を重ねた老齢の枢機卿から更にイメージが遠ざかる。
若作りという段階をはるかに超え、意図的に別人を装っていた。
その技能の高さに舌を巻く。
クラウディアのナイジェルに対するイメージは、黒幕そのものだった。
姿を隠し、人を使って情勢を操る人物。
(まさか自ら現場に出ることもあるなんて)
変装が今回限りのものでないことは、フェルミナの対応から察せられる。
思い返してみれば、クラウディアを託したときの彼女には、相手への信頼が感じられた。
フェルミナの前では、ずっとノリス司祭を演じていたのだろう。
視界に入っていたのに、気付かずにいた自分が信じられない。
(宿敵ともいえる相手よ)
予想もしていなかったフェルミナとの再会で、平静を失っていたのは確かだけれど――。
ふと、錯綜する思考の中で、一つの疑問へ行き着く。
ナイジェルの目的とは?
ノリス司祭を演じてまで、彼が成したかったことは?
反省は後回しにして、この一点に集中すべきだと勘が働いた。
頭の中で、次第に警鐘も鳴り響いてくる。
クラウディアを眺めるナイジェルは、笑みを保ったままだ。
その笑みの裏を、読み解く。
深く考える必要はなかった。
何故なら、この状況こそが、彼の望んだものだからだ。
(わたくしを陥れるために、聖女様さえ、駒に使ったというの……?)
聖女は、諸問題によって荒廃した信徒の心を癒やす存在である。
教会の象徴であり、人々の希望。
そして新たに聖女が任命された背景には、未だ戦争が続く紛争地帯や難民の存在がある。
クラウディアは自分の目尻がつり上がっていくのを自覚した。
夫が徴兵され、幼い子ども二人を連れて避難してきたネリを知っている。自らも難民であるのに、修道者という立場から皆を励まし、責任に押し潰されてしまったスミットを知っている。
命からがら領地に辿り着いた人々の顔が思いだされ、カッとこめかみが熱くなった。
言葉にならない怒りがあった。
罵倒したくても、何を言ったらいいのかわからない。
(ダメ、平静を失ったほうが負けよ)
次々と湧き出る激情を、拳を握ってやり過ごす。
爪が深く手の平に食い込んだ。
静かに深呼吸を繰り返し、口から発せられたのは諦観に近かった。
「あなたには人の心がおありにならないの?」
「もちろん、ありますとも。クラウディア嬢には、私がどう見えておりますかな?」
化け物、と心の中で即答する。
怒り心頭に発するクラウディアを眺めながら、優しく微笑み続けているのだ。
憐憫でも嘲笑でもなく、ただ楽しんでいる。
この瞬間にも難民は不安でいっぱいだろうに、希望を与える聖女ですら、彼にとっては目的を果たすための駒でしかない。
人の形をした別の生き物と言われたほうが納得する。
「これから、わたくしはどうなるのです?」
「教会本部にて、異端審問――魔女裁判にかけられる。極刑の場合は、火あぶりの刑に処されるだろうね」
異端審問。
信徒でありながら、教義に著しく反した者を裁く場だ。
(その場に、わたくしの味方はいないのでしょうね)
現在の護送も、正式な手順を踏んでいるとは考えられなかった。
あまりにも一方的過ぎる。
わざわざフェルミナによる断罪のパフォーマンスも必要ない。あれはただクラウディアを精神的に追い詰めるためだけのものだ。
(ギーク枢機卿にすら知らされていない可能性が高いわ)
知っていれば、彼も同席した上で護送の手続きが取られる。
大聖堂へクラウディアが赴いた時点で、逃げる術はない。隣にシルヴェスターがいたとしても、教会の権限で護送が優先されるだろう。
でも、そうはならなかった。
理由は明白だ。
ナイジェルは、異端審問へ向かう護送について、ギーク枢機卿にも、シルヴェスターにも知られたくなかった。
(まだ完全に詰んだわけではないのかしら)
フェルミナの言動から、何らかの裏付けがあるのだと察せられた。
それが決定的なものなら、このような小細工は必要ない。
正々堂々と異端審問の場で、断罪すれば済む。
確固たる証拠があれば、ギーク枢機卿もナイジェルに協力しただろう。
(付け入る隙があるから、シルにだって邪魔されると考えたのよね)