軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03.聖女は決意する

宿から出た先で、教会の馬車が停まっているのを見て、ほっとする。

今日も視察だと聞いていたけど、暴動があった地域ではないようだ。

「お疲れ様。のんびりしてくれていいよ」

ノリス司祭の言葉に甘えて、背もたれに体を預ける。

続けざまに惨状を見たことで、すっかり疲弊していた。

大きな揺れがないだけで、こんなにも落ち着けるものなのかと、馬車のつくりに感動する。

この頃は寒さが和らいできていたのもあり、ウトウトしはじめる。

何より「教会の馬車」という安心感が大きかった。

馬車の外が賑わっているのを感じ、目が覚める。

顔を上げると、ノリス司祭と目が合った。

「す、すみませんっ」

「いいんだ。連日の視察で疲れが溜まっていたんだろう。ここで最後だ」

「ここは……?」

今までの場所とは、明らかに雰囲気が違った。

視線で促されてカーテンをそっと開ける。

外では馬車に向かって会釈する人、祈る人、フェルミナにとって見慣れた人々の姿があった。

それ以上に。

広く、整備された石畳の通り。

脇に並ぶ商店には、知った店もある。

(先にある角を曲がって、緩やかな坂道を上がっていけば、リンジー公爵家の屋敷だわ)

学園に入学する前に過ごした場所。

王都ほどの華やかさはないけれど、王都以上にリンジー公爵家の権威を肌で感じられる場所。

何としても見返してやると、努力を重ねた場所。

懐かしい思い出が次々に蘇り、フェルミナは胸が温かくなった。

「どうしてリンジー公爵領に?」

「もう少ししたらわかる。ちなみにご両親は王都におられるよ」

今シーズンは、ヴァージルとクラウディアだけが帰省したと教えられる。

二人も聖女祭に合わせ、王都へ向かったところだとか。

「公爵領では、南の農村部のほうで難民を受け入れているんだ」

難民、と聞いて、体が強張る。

これまで自分の目で見てきた難民は、ことごとく悲惨な状態だった。

先ほどまでの温かさが消え去り、ぎゅっと拳を握る。

(リンジー公爵領でも暴動が……?)

街にいた人々は平穏そうだったのに。

領地の農村部は、どこも田舎という言葉がよく似合う長閑な地域だ。

災害でもない限り、食べる心配はなく――災害時でも領主が対応することから――皆、穏やかに暮らしていた。

暴力とは無縁の人たちにも魔の手が伸びたというのか。

リンジー公爵領のことになると、どうしても難民より領民のほうへ意識が寄ってしまうのは仕方ないことだった。

後妻の子でも不便がないよう、いつだって気遣ってくれた人たち。

(でも困っているのは難民のほうよね……)

心の支点が定まらず、ざわつく。

葛藤している間に、難民が避難している地区に着いた。

眉尻を下げながら覗いた景色に驚愕する。

(え、あ……まだ到着してなかった?)

馬車が停まったため、てっきり着いたのだと勘違いしてしまった。

一部始終をノリス司祭に見られていたことで、カーッと頬が熱くなる。

「すみません、早とちりしたみたいで」

「いいや、あっているよ」

「え、でも……ここは住宅街ですよね?」

木造の目新しい家が建ち並んでいる。

どれも似たようなつくりで華美さはないけれど、軒先で洗濯物を干す様子や、道を駆ける子どもたちの姿があった。

「この住宅街は、難民向けに建設された仮設住宅の集まりなんだ」

「難民向け? じゃあ、住人は……」

もう一度、窓から住宅街を眺める。

汚れた人、ケガをしている人がいないどころか、皆、健康そうだ。

ゴミや汚物の散乱もなく、清潔が保たれた路地。

仮設住宅で暮らす難民は、それぞれの日常を過ごしていた。

馬車を見付けた人が会釈をしてくる様子は、街で見かけたのと同じ。

「どうだい? これまで視察してきた場所とは、雲泥の差だろう?」

「はい。リンジー公爵領で暴動は起きなかったんですね」

「それだけじゃない。手厚い保証で、難民たちは不自由なく暮らしている。前に言ったね? 他領の混乱は彼女の利益になると」

はじめて暴動が起きた土地を視察したときのことだ。

ノリス司祭の言葉を、フェルミナはじっと待つ。

「他領で惨状が広がる中、リンジー公爵領だけが成功を見せる。人々は思うだろうね、リンジー公爵家は統治に優れていると。特に今回、直接出向いたのはヴァージルとクラウディアだ」

次世代の功績に、未来は約束されたも同然。

風聞は王都へも届く。

(生家の有り様は、お姉様の支持にも影響が出る……)

王家もより一層、リンジー公爵家と繋がりを深くしようと考えるだろう。

(自分の足場を固めるためだっていうの? そのためだけに他領で暴動を起こした?)

受け入れがたい事実に、頭の神経が焼き切れそうになる。

被害をこの目で見てきたからこそ、フェルミナはクラウディアの思考に絶望した。

次いで、ふつふつと湧き出てくるものがある。

握った拳が、怒りで震えた。

恵まれた環境で生まれ育ちながら、人を犠牲にしてまで、望むものがあるのかと。

「これはまだ確定的ではないけど、混乱に乗じて財産を隠そうとしている動きもある」

「隠すって、どうやってですか?」

「国の管轄外へ運び出すのさ」

いわゆる税金逃れである。

貴族は財産やその年の利益に応じて、国へお金を納めなければならない。

財産を偽って金額を減らすのは常套手段のため、国は抜き打ちで調査員を派遣する。しかし調査できるのは国内に限った話だ。

「アラカネル連合王国にある商館ですか……!」

フェルミナの答えに、ノリス司祭が首肯する。

クラウディアは自分名義の商館を国外に持っていた。財産を隠すにはうってつけだ。

「けど、さすがに国も目を光らせているんじゃ?」

「そこで、暴動による混乱が活きてくる。調査したくても、人手が足らなくなるからね」

暴動が起きると現場近辺の流通はマヒする。

行動が制限されるのはクラウディアも同じため、財産は前もって移動されている可能性が高いと、ノリス司祭は推測していた。

(なんてこと……)

ただ我欲のためだけに引き起こされた悲劇。

フェルミナが手を伸ばすこともできなかった母子、道端でゴミのように捨てられていた骸が、次々と脳裏に浮かぶ。

また胃液が迫り上がってきそうだった。

窓から見える公爵領の平和は、全てまやかし――。

フェルミナは、親切にしてくれた領民たちを穢された気分だった。

行き着くところまで行ってしまった異母姉を思うと、口内に苦みが広がる。

「幸い、異端審問官が動いてくれている」

異端審問。

教義に反した者を裁く場である。

教会独自のもので、国は関係ない。どういうことが教義に反するのかを明確にし、有罪となった者に贖罪の機会を与えるためにおこなわれる裁判だ。

「お姉様……クラウディアにこそ、裁きが必要です!」

フェルミナは確信した。

異端審問こそ、今の彼女に必要なものだと。

それしか黒魔術から目を覚まさせる方法はない。

「君ならわかってくれると思っていたよ。修道者でも身内のこととなると、判断が鈍ってしまうものだけどね」

聖女になる人間は、やはり他とは違うのだと、ノリス司祭は微笑む。

「フェルミナ、君がいれば、クラウディア嬢も更正できるはずだ。悪の道へ進んでしまった彼女を、君が止めてあげなさい」

「はい……!」

フェルミナは深く頷き、膝の上で拳を握った。

(ふふっ、わたしが、止める。お姉様を断罪する……!)

自分が追いやられたことで彼女を増長させてしまったなら、尚のこと自分が引導を渡すべきだ。

過ちを、徹底的にわからせなければならない。

地面へ押さえつけてでも。

(聖女である、わたしにしかできないことよ)

何せ、排除したはずの異母妹が、より高位の存在となって現れるのだから絶望もひとしおだろう。

黒魔術が完璧でないことを、ようやくクラウディアは気付けるのである。

(これは天命に違いないわ!)

光に彩られた自分と、地に伏すクラウディアを思い浮かべる。

屈辱にまみれる顔を想像するだけで気分が高揚した。

腹の底をくすぐられる。

(恵まれているのに、自ら悪の道に堕ちるなんて、バカな人)

時には、堂々とした振る舞いに圧倒されるときもあった。

けれど彼女の自信は、黒魔術によるものだったのだ。

真実を知り、目が覚めた。

(再会するのが、なんて待ち遠しいのかしら!)

魔女を断罪した聖女として、自分の名前は未来永劫語り継がれることになるだろう。

辛い視察も無駄ではなかった。目にしてきた悲劇が、自分の善行を証明してくれるのだから。

腹の中で笑いが満ちる。

これは復讐じゃない。

正当な理由による、「裁き」だ。