軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

36.悪役令嬢は対話する

聞き取りの相手として選んだのは、三歳と五歳になる男の子たちと疎開してきたネリという母親だった。

小さな子どもを持つ母親ほどものが要りようだ。

またネリは夫が徴兵されていた。最も身近で頼りたい相手がいない不安を、面談で紛らわせてあげたかった。

聞き取りの間は、一緒に疎開した近所の人が子どもを見てくれる。

施設にある応接室へネリを招くと、彼女はソファーに座ろうともせず、むしろその横で床に手をついた。

平伏し、震える声で許しを請う。

「どうか、どうか、お許しくださいっ。気に障ったのなら謝ります、償います! だからどうか、子どもたちはお許しください! 子どもたちに罪はないんです!」

ただ話を訊きたいだけだった。

要望があれば応えられるか検討したかった。

クラウディアからの呼び出しが、彼女にとって恐怖だったことに胸が痛む。

平民にとって、権威者がどういう存在か突き付けられた思いだった。

(考えればわかることだったのに)

ネリは紛争地帯から避難してきたのだ。

味方の権威者には夫を徴収され、敵の権威者とは出会ったが最後、悲惨な目に遭う。

よほどろくな目にあっていなかったことが、反応から窺えた。

もっと気を回すべきだったと反省する。

「ごめんなさい」

気付いたときには、そう口にしていた。

意外だったらしく、目を丸くしてネリが顔を上げる。

襟足で短く切られたダークブラウンの髪にはフケが浮いていた。顔だけじゃなく、全身が垢で汚れ、服も新調されていない。まだ彼女にはお湯が渡っていないのだ。

ソファーから立ち上がり、強く握られた彼女の拳に手を重ねる。

「ふえ?」

クラウディアの行動が予想外過ぎたのか、驚きで体を引いたネリは尻餅をつく。

呆然と自分を見返すネリに、クラウディアは優しく微笑んだ。

「さぞ、心細かったことでしょう」

ここまでよく頑張りましたね、と背中をさする。

ネリは瞳を左右に揺らしながら必死に状況を理解しようとしていた。

「責めるために呼んだのではありません。あなたからお話を伺いたかったの」

ゆっくり、口調を和らげながら伝える。

瞳が落ち着きを取り戻すと、背中に手を添えながら自分が左側になるようソファーへ促した。

膝を突き合わせ、つま先がお互いの方向に向いているのを確認しながら隣に座る。

空いている手は上向かせ、互いの手の平が重なるようにしてネリの膝上に置いた。

一つ一つ自分と相手の体の向きを調整するのは、相手に心を開かせるためだ。娼婦時代に会得した手法だった。

お妃教育でも外交の勉強をする際に習い、人を接待する上でやることは同じなのだと面白く感じたものである。

(外交では、ここまで密着しないけれど)

心理は案外、表面――体――に現れるもので、逆手に取れば、自分は無害だとアピールすることもできる。

たとえば左側に座ったのは、主に左の表情を見せるためである。

人は左右で微妙に表情が違う。右側は知的に、左側は人情みがあるように映る傾向があった。

手の平を相手に向けるのも、隠し事はないと暗に伝えるためだ。

「新しい場所で生活するのはストレスですよね。わたくしも勉強のため修道院で生活したことがありますが、慣れないサイクルに戸惑ったものです」

「修道院で、ですか?」

「ええ、炊事洗濯も自分でさせていただきました。水仕事はアカギレで難儀しましたわ。子どもたちの面倒を見ながら、生活を整えるのはとても大変でしょう」

実際は、たくさん便宜を図られた上だったけれど、逆行前の経験や知見も加味する。

些細なことでも、あなたの苦労を知っていると、気にかけていることをわかってもらうのが大事だった。

「特にネリさんのお子さんぐらいの歳だと、目を離すとすぐどこかへ行ってしまうのではなくて?」

「そうなんです。子どもたちのほうが慣れるのが早いのか、外へ出ると一目散に走っていってしまって……」

「元気があって安心しました。けど心配は尽きませんわね。警備については日中も増やす予定です」

「本当ですか!? 実は、他のお母さんたちとも心配していたんです。ご近所さん以外は、知らない人ばかりなので」

ほっとネリの肩から力が抜けたのを見て、クラウディアはもう一歩踏み込むことにした。

目を合わせて、じっと見つめる。

少し静寂が落ちて、相手が不安にならない程度に。

「なるほど、わかりました」

「え……?」

「実はわたくし、相手の人となりを見抜くことができるんです」

間違いがあったら正してください、と言葉を続ける。

「ネリさんは運が良いというよりは、忍耐や努力、コツコツと時間をかけることで、チャンスを掴むタイプではありませんか? そして大事な決断はもちろん、自分が正しい判断や行動をしたのか悩んでしまいがちでは?」

「あ、当たっています! どうしてわかるんですか?」

「ふふ、ネリさんを見ていると伝わってくるのです。今も悩んでいることがありますね? 現状のことだけでなく、子どもや自分の未来、これからの生活に見通しが立たなくて不安なのではありませんか?」

「はい、その通りです」

「では、一つ一つ解決していきましょう。言葉にして具体的に意識することで、心理的負担が軽くなることもあるんですよ。それにネリさんは、条件さえ整えば社交的になって前を向ける性格ですから」

誰にでも当てはまることでも、個別のメッセージとして受け取れば、自分のことだと思い込んでしまう効果がある。

より胸の内を明かしてもらうため、クラウディアはこの効果を利用することにした。

驚きで口を開閉させているネリには少し悪いけれど、ひとえに彼女のためだった。少しでも不安が解消されることを願う。

「本当に、おわかりになるんですね……」

「遠慮はいらないわ。先ほど言ったこととは逆に、条件が整わないと内気で遠慮がちになってしまうでしょう?」

はい、とネリは神妙に頷く。

そこから少しずつ、不安だけじゃなく不満も吐露してくれるようになった。

話が進むにつれ、ネリの目から涙がこぼれる。

「わた、わたし、一人で、つらくて……っ」

「ええ、よく頑張りましたね。子ども二人を連れて長距離を移動すれば、何度も心が折れそうになったことでしょう。でもあなたはやり遂げた。あなたはとても立派な母親よ。大丈夫、子どもたちも、ちゃんとそれを理解しているわ」

自分の苦労を認められるだけでも救われるのを、クラウディアは実体験していた。

話を信じてもらえる心強さを。

励まし、涙が涸れるまで付き合う。

「すみません、こんなに良くしてもらっているのに」

「いいのよ。でも、そうね、もし引け目を感じるときがあれば、一つだけやってほしいことがあるわ」

「何でしょう?」

「困っている人がいたら助けてあげてくれるかしら」

きょとんとネリは見返してくる。

もっと難易度の高いことを頼まれると思ったようだ。

「それだとクラウディア様には何も返らないんじゃあ……?」

「不思議なことに返るのです。巡り回って、あなたのおこないが誰かの助けになれば、やがてわたくしへも行き着きます」

ただ無理に背負い込む必要はないと注意しておく。

「何が大事かは、あなたが一番よく知っていますね。その心に従ってください」

「はい、おっしゃる通りにします!」

涙を拭ったネリは、晴れやかな笑みを浮かべながら応接室をあとにした。

◆◆◆◆◆◆

慰問を終え、ヘレンと馬車に乗る。

「心配が尽きないわね」

どれだけしても、したりない。動かせる手には限度があった。

(何か見落としてはいないかしら)

難民女性からの聞き取り もつつがなく終わったが、心細くしている姿を目の当たりにすると、自分の至らなさを痛感する。

「クラウディア様はよくやっておいでです」

失礼します、とヘレンが隣へ移動してきた。

そのまま肩を抱かれる。

「領民へ向けて言っておいででしたよね。まずはご自分を労ってください」

「ふふ、そうね」

許されるまま、ヘレンへ頭を預ける。

目を閉じると、体温がより近くに感じられた。

「クラウディア様は聖女の補佐役に選ばれました。確かに自分を強く持っておいでです。だからといって影響を受けないわけじゃないんですから」

感受性が強い人は、困っている人を見て、自分のことのように感じてしまう。

だから自分の程度を知って、適切な距離を取るのが大事だった。

普段はできていても、関わるのがはじめてとなれば、目測を誤ることもある。

「今、クラウディア様は疲れておいでです。どうかお休みください」

「わかったわ」

もっと何かしたい。取れる対策はないかと考えてしまうけれど、大人しくヘレンに従う。

ヘレンが言うのだから、自分は疲れているのだろう。

「屋敷に帰ったら、アロママッサージをしましょうか。おいしいものも食べないといけませんね」

「難民の方々に聞かれたら怒られそうね」

「それは見当違いというものです。自粛すべきは、戦争をしている人たちですから」

クラウディア様は何も悪くありません、と憤りを持って答えられた。

「いつクラウディア様が難民を虐げましたか? むしろ身を粉にして働いておいでです。贅沢は当然の権利です」

頭を起こして、ヘレンを窺う。

目が合うと、アメジストの瞳が優しく弧を描いた。

「クラウディア様は自分を甘やかされるのが下手ですね」

よしよしと頭を撫でられる。

三歳ぐらいの子どもに戻った気がした。

どうやって過ごしていたか、あまり記憶はないけれど。

「自分を労うのとは違うのかしら?」

「さらにその上ですね。今のように心までお疲れだと、労うだけでは足りませんよ。わたしがお手伝いしますので、ご安心ください」

「ふふ、有り難いわね」

ヘレンが両腕を広げるので、遠慮なく抱き付く。

柔らかい胸へ顔を埋めると、三歳どころか幼児退行してしまいそうだった。

(同性の接触は禁止されてなくて良かったわ)

もしされていたら、補佐役を辞退していたかもしれない。