作品タイトル不明
35.悪役令嬢は問題と向き合う
「規定の収容人数を越えているため、息が詰まるそうです」
元は四人部屋だったのを、倍の八人以上で使っていたりする。
世帯ごとに分けられているが、それでも外にいるほうが気楽だと。
「とはいえ寒いですからね。高齢者は中にいます。そろそろ健康に問題のない者から、仕事を割り振っていく予定です」
何もできないことがストレスになる段階を迎えていた。
命からがら逃げてきた当初は、食と睡眠が第一だ。まずは安心して休めること。
それが確保できてくると、人は今後について考えるようになる。また体力があれば動きたくなるものだ。
今は難民でも、自国では普通に働き、生活を送ってきた人々である。
たとえ自国へ帰られなくとも、日常を取り戻したいと願うのは当然だった。
「まずは文化交流からはじめます。認識が一致していないとトラブルの元ですから」
教義が同じで言葉は通じるといっても、あくまで芯の部分に留まった。
翻訳が必要な部分も多く、難民に同行している修道者が通訳を担ってくれている。
目の下にクマをつくっている現場監督を労いながら、施設へ足を向ける。
異文化に理解のある人材は貴重だった。
ヴァージルが不足を問う。
「実によくやってくれている。人員は足りているか?」
「ありがとうございます。おかげさまで仕事が回るようになってきました」
人手はいくらあっても足りない。ここで言われている人員は、仕事の要となる者のことだ。
現場監督はヴァージルに頭を下げつつ、至らない点を告げるのも怠らなかった。
「ただ難民女性の意見をうまく拾えている自信がありません」
悩ましい問題だった。
意見を聞き取る文官は、基本男性だ。女性の要望を正しく理解できているとは言い難い。
娼館でも似たような状況があった。要職に就いているのは基本男性で、娼婦たちとものの重要度に齟齬があったのだ。
娼館「フラワーベッド」では、ママことミラージュが代弁してくれるおかげで事なきを得ていた。
「今日は、わたくしが耳になりましょう」
「うむ、女性同士だから言えることもあるだろう。男だけでは限界がある」
身に覚えがあるのか、ヴァージルは深く頷く。
しかし聞き取りは永続的におこなう必要があった。
毎回クラウディアがするわけにはいかない。
「次からは難民側で女性を何人か選出していただくといいかもしれませんわ」
特に母親は子どもを守るため、情報を集める。見えていなくとも、女性だけのコミュニティがいくつかできているはずだ。
そして人が集まれば、自ずとリーダーになる者が出てくる。必ずしも人格者だとは限らないが。
「当面は権限を与えるのではなく、問題の洗い出しのため、意見を聞くに留めれば諍いも起きないでしょう」
「なるほど、早速告知をおこないます」
「誰から話を訊くのがいいか、わたくしのほうでも確認しましょう」
大事なのは、聞き手の勝手な判断で優先順位を変えないことだった。
代表者を選出し、彼女たちの意見が一致すれば、たとえ女性に詳しくない男性でも必要なものがわかる。
意見が通るとわかれば、難民女性側からも発信が増えるはずだ。
現場監督のほうでも女性の文官を配置できるよう努めると返事があって首肯する。
「少しずつ信用を得られるよう努めなければなりませんね」
「はい、胸に刻みます」
「あら、ごめんなさい。今のは自分への鼓舞ですわ」
現場監督は、十分できることをやってくれていた。
視察を通して、改めて思ったのだ。相手が領民であれ、難民であれ、必要不可欠なのは信用だと。信用がなければ、いくら言葉を尽くしても相手に届かない。
「とんでもございません。公爵令嬢のお言葉は、自分にも課すべきものです」
「そうだ。誰か一人ではなく、皆で等しく持つべき意識だろう。いっそ標語にするか」
「額へ入れて飾りましょう」
「悪ノリが過ぎましてよ?」
からかわないでくださいまし、と言うと、現場監督がきょとんとする。本心だった。
ヴァージルからも至って真面目だと返され、目を泳がせる。
これでは自分が茶化してしまったみたいだ。
「標語として機能するなら、構いませんけれど……」
それこそ同行している修道者から言葉を貰ったほうが良いのでは、という意見は聞き流された。
施設内部へ足を踏み入れると、嫌に胸がざわついた。
外から、建築の作業音が鳴り響いている。
反面、施設内はもの静かだった。
入居者数が多いため、自然と床は土まみれになっている。定期的に掃除はされているため、目立って荒れているところはない。
なのに、どうしてだろう、足下がぐらついているように感じられるのは。
遠目に一人で歩いている子どもを見る。
「施設内も見回りはおこなっているのよね?」
「はい、夜は欠かさず」
「日中も欠かさないで。動けない女性がいるところは特に」
「かしこまりました」
時に人は獣になった。
クラウディアの意図を察した現場監督はすぐに了承する。
年齢は関係ない。
狙われるのはいつだって弱者だ。
「これからは単独行動にも注意を促してくれるかしら」
ふとした瞬間、一人になった獲物を見て、獣が行動を起こさないように。
ちょうど安全が確保され、難民にも余裕が出てきた頃だった。少なくとも子どもが一人で施設内を歩ける程度には、警戒心が薄れている。
現場監督も仕事の割り振りをはじめると言っていた。大人たち、守り手の目が少なくなってしまうと、子どもたちに被害が及びやすい。
加えて閑散とした雰囲気に、どこか娼館と通じるものを感じた。
死角が多いからだろうか。空いた部屋に連れ込まれれば、為す術はないだろう。
人の出入りが自由なのも、警鐘に起因していた。
建設現場には他から出稼ぎに来ている者もいる。施設へ近寄ることは禁止しているが、警戒できるのも人目があってこそだった。
(外で集まっているのは、ある意味、正解かもしれないわね)
窓から外でたむろしている難民たちを見る。
少なくとも、彼らが襲われる心配はない。
「加えて、男女問わず売春を禁止して。買う側にも厳罰を与えます」
資産を持たない人が、最初に売るものが自分の体だった。
未来への不安から、何としても現金を手に入れたくなるのだ。
けれど、これから文化交流を経て、職業訓練もおこなう予定だった。
自分を安売りしなくても良いのだと、難民たちには理解してほしい。またそんな状況に至らないようにするのが自分たちの仕事であり、役目でもあった。
「難民の心理を逆手にとって、声をかける者もいるでしょうから注意してください」
「はい、徹底的に周知させます」
女性が多いことから、良い仕事があると持ちかける悪徳業者も出かねない。
難民たちの生活が落ち着いても油断は禁物だ。
リンジー公爵領にも都市部へ行けば娼館がある。王都同様に、領地では領主が管理する公娼として扱っていた。
それでも売春は治安の悪化を招く。
どれだけ本人たちが胸を張っていても、一般的には蔑まれる行為だからだ。
犯罪ギルドによる闇営業も皆無ではなく、社会的な位置付けは、そう簡単には変わらない。
また領民と難民が区別されている状況で、難民の一人でも売春をはじめれば、難民全体の風評被害を招く。個人ではなく、団体のほうへ目が向くからだ。
そうなれば難民全体の価値を下げ、聖女の言葉も、彼らには値しないと判断されてしまう。
区別されている彼らが差別の対象となることだけは、避けねばならなかった。