軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

34.悪役令嬢は慰問する

ミゲル商人の提案は領民へ対する慰問だったが、難民へもおこなうことが決まった。

クラウディアだけでなく、ヴァージルも参加する。

今後も領民たちの上に立つのだから、市街地のときと同様に姿を見せておいたほうが良いという考えからだった。

先に領民への慰問がおこなわれ、ヴァージルは次期領主として、クラウディアはその妹であり、王太子の婚約者、そして聖女の補佐役と、いくつもの肩書きを背負って臨んだ。

中心部だけでなく、北から南、西へ東へと方々へ足を運んだ。

現場での意見は、難民が滞在することへの不安に集約された。

治安の悪化や支援のための増税、人助けのためとはいえ、自分たちばかりが割を食うのではないか、と行く先々で誰もが日常が壊されるのを恐れていた。

集まった人々へ向け、クラウディアは、カルロ司祭の言葉を借りた。

「人助けは大切なことですが、まずは皆さん、自分を労ってください。余裕がなければ、人に手を貸すことはできません。自己犠牲は必要ないのです。見るのも辛いと思ったら、目を背けてください。自分を第一に守ってください」

その上で、協力したい気持ちがあったら、自分たちの呼びかけに応えてほしいとお願いする。

次いでヴァージルが、一歩前へ出た。

クラウディアが心のケアを訴え、ヴァージルが実務面で保障する流れだった。

最後に領民へ求めるものを明確にして締めくくる。

必要なのは、「犠牲」ではなく「助力」であると繰り返された。

そして「犠牲」をなくすのが、領主の仕事であると。

本心から出た言葉は、着実に領民たちへ浸透していった。

◆◆◆◆◆◆

難民が到着してからは、行政、財務担当と会議を重ねて、問題点が見直されていった。

予め支援体制を整えていたおかげで、幸い大きな混乱はなかった。

現場がある程度落ち着いたのを確認後、難民の慰問はおこなわれた。

難民が滞在するのは、アラカネル連合王国の人たち向けの農業訓練施設だ。

宿泊設備が整っているため、転用されることが決まった。連合王国へは事情を説明し、しばらく農業訓練は休止される。

朝、屋敷を出て、クラウディアが現地に到着したのは昼前だった。

馬車を降り、そこかしこで砂埃が上がっているのを見る。

難民の数が多いため、訓練施設だけでは間に合わず、急ぎ簡易的な宿泊施設が増設されているのだ。

吹く風は冷たく、まだ上着は手放せなかった。

別の馬車に乗っていたヴァージルと合流し、視察しながら現場監督から報告を受ける。

クラウディアは眼前に広がる光景から目を離せなかった。

(これだけ多くの人が故郷を追われたというの)

訓練施設の前に設けられた広場が、人で溢れていた。

人数に反して活気はない。人々の目は、どこか虚ろだった。

放牧された黒牛が、木陰で団体をつくり休んでいるかのようだ。

風に乗って、においが鼻を突く。

土が混じったそれは、堆肥よりも濁ったもののように感じられた。

(わたくしはこれを知っているわ)

以前、ルキに貧民街を案内してもらったことがあった。

といっても国の支援で整備されたところだけだ。

深部は何が潜んでいるかわからないのと、衛生面から立ち入りは許可されなかった。

それでも木材で建てられた簡素な家屋越しに、ゴミの山が見えた。

端材から衣服、生ゴミと色んなものの集合体が悪臭を放っていた。

許可云々の前に、本能が近付くなと訴えるような場所だった。

しかしそんな場所にも、住んでいる者がいると聞き、耳を疑ったのを覚えている。

あのとき嗅いだにおいと同じだった。

着の身着のままの旅の過酷さを教えられる。

彼らは体を洗う暇さえなかったのだ。

「まだ衛生面の問題が残っているようですね」

「はい、お恥ずかしながら……衣服の配給はおこなっているのですが、皆、汚れた体で新しい服を着るのは気後れするようです」

「衛生面を考えても、着替えたいものではなくて?」

一言で説明するのが難しいようで現場監督は苦笑する。

「私たちからすればそうです。衛生についての知識がありますから。不衛生が集団生活にもたらす悪例も知っています。ですが、彼らはそうじゃないんです」

いくら教義が同じでも、文化の発展具合は国よって違う。

ハーランド王国での常識が、紛争地帯でも通じるとは限らない。これはバーリ王国でも同じだ。

ましてやクラウディアや現場監督が持つ知識は、指導者として突出しているものが多かった。

教義でも、体を綺麗に保つ旨はある。ただ綺麗さの認識については、各々に委ねられていた。

「一番は、まだ私たちが信用を完全に得られていないからです。今後も新しい服を得られると確信が持てない以上、今あるものを大事に取っておきたいようで」

綺麗なものを汚したくないという心理が働くのだという。

「同行している修道者を通して話をしたいところですが、彼も疲労の色が濃いため、無理をさせられません。時間はかかりますが、定期的に配給する姿勢を見せることで、意識の緩和を図っています」

汚しても次があるとわかれば、または仮説住宅へ移り、各自で洗濯できるようになれば、ハードルは下がる。

認識を共有するには、まだ時間が必要だった。

服を汚すことを気にするのであれば、体のほうを綺麗にすればいい話でもある。しかし残念ながら、湯浴みができるほどの余裕が施設になかった。

せいぜいお湯を使い、体を拭くのがやっとだ。

それでも全員が一度にするのは難しい。湯を沸かす人員 が別途必要になるからだ。現状、まだ難民を人手として活用するのは憚られた。文化の違いから、どんなイレギュラーが発生するか予測できないためである。

子どもや老人、体の弱い人から順に、お湯は与えられ、同時に体調を確認する機会とされていた。

よく見ると広場に集まった塊の中で、子どもたちだけが動いている。配給された服を着て走り回っている姿から、一歩一歩、支援が前へ進んでいるのは確かだった。

(領民が不安がるのも無理はないわね)

数字の上でも、難民だけで町が一つできそうな規模だ。

実際に集団を目の当たりにすると、気圧されるものがある。

無意識のうちに、ヴァージルから贈られたブレスレットへ手を伸ばしていた。細やかな装飾が指先に触れる。

果たして自分が人々に希望を見せられるのか。

その手伝いができるのか。

気持ちが沈むのを阻止すべく、現場監督に質問する。

「外に出ている人が多いのは、なぜかしら?」

春へ向かっているとはいえ、まだ肌寒い。風が吹くと体の芯が冷えた。

野外でも火が焚かれ、暖が取られているものの、屋内のほうが温かいだろうに。