作品タイトル不明
37.現場監督は助けられる
難民を受け入れる前から、現場は体制を整えるのに大忙しだった。
大量の物資を目の前にしたときは気を失いかけた。
何せ用途ごとに物資を分け、配分していかなければならないのだから。人手がいくつあっても足らなかった。
春を待たず到着する難民には悪いが、農業の閑散期であったのには助かった。
近場で人手が集まったからだ。
(鉱山へ出稼ぎに出る前で良かった)
冬場、仕事のなくなる農業従事者は、北部にある鉱山へ出稼ぎに行く者も多い。鉱山には危険が付きものだが、出来高制のため一攫千金が狙える夢もあった。
直近の大きな問題は、農業の準備がはじまれば、確保した人手が一気にいなくなることだった。
領地全土へ求人は出されているが、農民が多いリンジー公爵領では、あまり期待が持てない。
考えをまとめた走り書きを前に眉根を揉む。
夜が更けていた。
書斎へ入り、思いのほか時間が経っていたらしい。
机の周囲だけをランタンの温かい火が照らしている。
日中は、難民の受け入れ先となる農業訓練施設へ赴き、増設する仮設住宅――簡素ながらも長期間居住できる家屋――に必要なものの確認や部下への指示出しに追われた。
警ら隊との連携に、日雇い労働者の管理。
落ち着く暇がない。
家へ帰り、妻と子どもたちの顔を見て、ようやく安堵する。
仕事を労われ、うるさく騒ぐ子どもたちを見ると、ふいに涙がこぼれそうになった。
自分が手にしている平穏を実感したからだ。
難民を助けることは、彼らの日常を守ることへ繋がる。
現場監督への辞令を受けたとき、領主代行から直々に届けられた手紙にそう記されていた。
はじめてのことだった。
封を切る手が震えた。
直筆であることを、渡されるときに上司から伝えられていたからだ。
上司はリンジー公爵家の親戚である子爵だった。公爵領の重鎮たちが集まる会議にも出席する。子爵は領主代行であるヴァージルの筆跡を知っていた。宛名を見てピンときたという。
中身は代筆かもしれないが、そんなことはどうでも良かった。
貴族、それも上級貴族のトップである公爵家から平民へ手紙が送られたのだ。価値は表彰状に等しく、名誉以外の何ものでもない。
王都を離れられず、帰省が遅れていることへの詫びからはじまり、自分の仕事ぶりが認められていた。額へ入れ、家宝にすることを決めた。
難民の事情についても綴られていた。
生まれ育った国は違えど、自分たちと同じように日常があったこと。
彼らの安寧が、どう作用するのか、丁寧な説明に心を打たれた。
さすが、というべきなのか、為政者たる資質を目の当たりにした。
貧困層への支援に難色を示す者は一定数いる。安易に切り捨てればいいのだと口にすらする。
彼らは自分が同じ立場に立つことを想像もしないし、失うものがない者の怖さを知らなかった。
一括りに貧困といっても、段階がある。
今日の食にも困る者、ギリギリ生活はできている者。仮に最下層の貧民を切り捨てるとどうなるか。次の段階の者の希望がなくなる。
一瞬でも落ちてしまえば終わりだ。
善良だった者も追い込まれ、犯罪を犯してまで上を目指そうとする。切り捨ては、該当者の余裕を奪い、即、治安の悪化を招いた。これは、どこの段階で切り捨てても同じである。
そして負は連鎖していくものだった。
自分は仕事をしていくうちに支援の必要性を学んだ。
アラカネル連合王国人への農業研修は、それを再認識する良い機会だった。
彼らのほとんどは、リンジー公爵領の平均的な領民より貧しい生活を送っていた。
だというのに、遠路はるばる送られてきた彼らの目は、希望で輝いていた。こちらの生活を見て、いつか自分たちも豊かになれるのだと知ると奮起した。
(人々には希望が必要だ。自分たちの未来を思い描ければ、自然と前へ進んでいく)
生まれながらの犯罪者は稀である。ほとんどは環境がつくるのだ。
同じ認識をトップが持ってくれていることほど心強いものはない。
(わかってくださっている)
現場の大変さを含めて。仕事ぶりを認められているのは、そういうことだった。
辞令に否はなかった。
額へ目を向けていると、妻が紅茶を淹れてきてくれた。
「お疲れ様です。また見ていたの?」
「あぁ、手紙を見ると励まされるんだ。こうして君の紅茶を飲める幸せを噛みしめられる」
子どもたちが穏やかに眠れる夜の何と尊いことか。
隣に来た妻の腰を抱く。
「家のことで苦労をかける。難民の到着間際から、しばらく帰れないだろう」
「ふふ、心配いらないわ。昼食を持って顔を見に行くのはいいかしら?」
「もちろん。だが時間は取れないかもしれない」
「渡せれば十分ですよ。食事だけが気がかりなの」
忙しさにかまけて食事を抜くのを見透かされていた。
席を立ちながら、感謝を込めてキスを送る。
考えをまとめて書き出したことで、至急対応すべきないものはないと確認できた。
今日はここまでにして休むとしよう。
「仕事が一段落したら旅行へいこうか」
「あら、嬉しいわ。子どもたちも喜ぶわね」
まとまった休みと、報償を貰えることは決まっていた。
(どんな人間も、思い描ける良い未来が必要だ)
具体的であればあるほど、自制心が芽生え、やる気が保てる。
些細なことでいい。自分の手で掴めるのが重要だった。
書斎を出る際、もう一度だけ青と黒で色付けされた額を見る。飾るならこれが良いと、妻が雑貨屋で買ってきてくれたものだ。
自分はほとほと妻の気遣いに助けられている。