作品タイトル不明
14.悪役令嬢は言葉を換える
元は教会とも関係がなかったのではないか、というのはスラフィムの見解だ。
ルキは興味なさそうに天を仰ぐ。
「結局、お偉いさんの考えることはどこも同じってことだろ」
「規模が大きくなるほど、運営する人間の求めるものは似てくるでしょうね」
志の善悪はこの際、関係ない。
人が考え、動かせる施策には限りがあり、それらの多くは過去からの知恵であり、経験の積み重ねからもたらされるものだった。
「別に我々としても、人々から希望を奪うつもりは毛頭ありません。ただ教会が増長しないことを願うばかりです」
「こればかりは経過観測しかあるまい」
そうローズは答えを出す。
今、何かできるものではないとスラフィムもわかっていた。
彼としては今後も注視していると伝えるのが目的だろうと、あたりを付ける。
「ハーランド王国は教会と手を取り合い、聖女祭の成功を望んでいる」
ここで話されているのは表向きのことではなく、裏も含めての本心だが、聖女祭に関しては含むところがないのが事実だった。
聖女の存在は、国民だけでなく、住処を追われた難民の救いにもなる。
新しいシンボルの誕生は、紛う事なき慶事なのだ。
ハーランド王国の姿勢を確認できたスラフィムは、先に退室する。
得るものがなくとも、こうした本心を言い合える場はお互いに貴重だった。参加し続けることに意味があることを、スラフィムはよく知っていた。
異母兄弟を見送ったルキが、さて、と伸びをする。
「こっちは、これからが本題だな」
王都を含む王家直轄領に勢力を伸ばす犯罪ギルド「ローズガーデン」にとって、聖女祭は特に関係がない。あるとしたら祭りで浮き足立つ人から、どうお金を搾取するか考える程度である。
難民についても、難民が貧民街に押し寄せない限りは他人事だった。
ルキやベゼルにとって身近な議題は、貧民街についてである。
スラフィムとの会合も目的の一つだったが、ローズが足を運んだのは、貧民街でおこなわれている支援策について聞き取りをするためだった。
王家直轄領ではローズガーデンの協力の下、貧民街での支援策が研究されている。
(議会では支援する、しないでも意見が分かれるけれど)
貧困から脱却するには支援が必要と訴える者、その支援が逆に当事者の意欲を削ぎ、逆の作用をもたらすと訴える者。
貧民街で生活してから言え、というルキの感想が、その通り過ぎて笑ったのを覚えている。
取り巻く状況は様々で、一つの貧民街で成功した施策が、次の貧民街でも成功するとは限らない。
しかしなぜか支援側――貴族は、抜本的な部分を見付け出し、その一つを解決すれば全てのケースで上手くいくと考えがちだ。
そういった考えにとらわれないシルヴェスターの思考の柔軟さにはいつも驚かされる。
聞き取りは定期的におこなわれているが、今回は注視する点があった。
貧民街への支援策を、難民にも活用できないか、というものだ。
状況ごとに支援策の内容を変える必要はあるが、状況に類似性が見られるなら、転用してみる価値はある。
ローズは預かっている資料をテーブルに広げ、状況を確認した。
「低所得者向けの健康保険についてはどうか」
上々です、と答えるベゼルの横で、ルキがにやりと笑う。
「あれ、面白いよな。オレたちと同じようなこと考えるんだからさ」
この施策は、働ける――僅かでも賃金を稼げる――者に対してのものだ。
貧民街と聞くと、飢餓で痩せ細った子どもなどを思い浮かべがちだが、全体の数からいえば少数である。多くは仕事にあぶれ、行き場を失った者たちだった。
定職には就けないものの、日雇いなどで食いつないでいる者向けの保険を用意した。
毎月少額をかけることで、後に働けなくなったときなど有事の際に金銭的支援が受けられる。実はこの支援、役人が説明をしたときには成果がなかった。
当事者にとっては後々の、あるかどうかもわからない未来のことより「今」が大事だからだ。そんなものにかけるぐらいなら、友人たちで賭けを楽しむほうが勝った。
「みかじめ料みてぇなもんだっつったら、話が早かったぜ」
犯罪ギルドの資金源の一つ、みかじめ料は、主に商店がターゲットになる。
毎月お金を収めることで、あらくれ者が来たときや、店主では対応できない事態に陥ったとき、犯罪ギルドの構成員が助けるというものだ。払わないとその構成員に、店を荒らされる。強制加入なところが犯罪ギルドたる所業である。
それと保険は違うぞ、というローズの視線を受けて、ルキは慌てた。
「ちゃんと説明はしたって! わざわざ見るからに弱っちいやつを行かせてさ。普段出番がないから喜んでたぞ」
物理的な力と見栄で生きる犯罪ギルドにおいて、体力に自信がない者は人目につかない仕事を任されることが多かった。ローズガーデンの一員として、堂々と表を歩ける仕事が嬉しかったようだ。
おかげ様で加入率は九割を越え、滞納者はいない。
ローズガーデンの姿がちらつく――払わないと殴られる――からという誤った認識も否定できないが、そもそも生活に負担を強いるような額ではなかった。利益を目的としていないからだ。
貧民街は不衛生な環境から病気になるリスクが高い。
保険の存在が、診療を受ける後押しになれば成功だった。
薬で治るケガや病が放置されるのを防ぎ、重篤化させないのが最たる目標である。
(モラルハザードを防ぐための下地づくりが大変なのがネックね)
仮病――嘘の申告――で、保険金をだまし取ろうという考えは、保険商品につきものだった。診察する医師と結託されてしまえば、どうしようもない。
そういったことにはローズガーデンの鼻が利くので、助けられていた。蛇の道は蛇、怪しい動きに対する察知能力には一日の長がある。
また現地の修道者にも協力を仰ぎ、診察の窓口にもなってもらっている。
出し渋りなく、診療によってちゃんと保険が支払われるのを伝えるためだ。当事者が不信感を持ってしまっても、保険は成り立たなかった。
報告書を受け取り、見落としがないよう気になった点はその場で確認していく。
目立った問題がなくて何よりだ。
聞き取りが終わると、ルキが頭を掻きながら訊ねてくる。
「なぁ、教義が大事なのはわかるんだけどよ、国は聖女祭を歓迎してるのか?」
ナイジェル枢機卿に虐げられていた経験から、ルキはルキで教会に対し思うところがあった。信仰が救いになると理解しつつも、割り切れないのだろう。
「歓迎している。君たちに得意分野があるように、教会は人の支えになるのが得意だ。国としても学ぶことが多い」
補佐役の禊ぎのため、大聖堂での滞在も決まっている。一般人に比べ、クラウディアは教会に近い存在となった。
新たに得られた立場から、情報にアクセスする機会も増えるはずだ。この機会を逃すわけにはいかない。
修道者は、教会の支援を得ながらも貧困層のいる現地で生活する。難民と最初に関わるのも彼らだ。教会が有するノウハウを参考にしたかった。
「ふーん」
「良いところは利用すべきだろう?」
犯罪ギルドの人間に通じやすく言い直すと、一瞬でルキは喜色を浮かべる。
「お、手玉に取るってことだな!」
ものは言いようだった。