軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13.悪役令嬢は男装して顔を突き合わせる

夜、底冷えする風が人々から体温を奪っていく。

ランタンの明かりを頼りにレンガ造りの階段を下りていくと、いやに温かい空間があった。

階下に着いた頃には、寒さが一歩遠のくほどだ。

目の前の広い空間には闇が佇んでいる。

ためらわず、煌々とオレンジ色の光を発する一室を目指して進んだ。

部屋に着くと、岩で造られた炉で木が爆ぜ、火の粉が舞っていた。

中には男性が二人。

火かき棒を手にしていた端整な顔立ちの青年は、満面の笑みを浮かべ、つるりとした頭部が特徴の大柄な男は、深くお辞儀をして、自分たちのトップを迎える。

犯罪ギルド「ローズガーデン」の地下アジト。

男装し、顔を隠したクラウディアはローズとして、同じ装いのヘレンを従えて訪問した。

アラカネル連合王国の王太子スラフィムと瓜二つの顔を持つルキが、いつもより少し高めの声でローズに話しかける。

「聞いたぜ、姉御。聖女様がこの街に来るってな。補佐役だっけ? 補佐役も決まったらしいじゃん」

「そのようだ」

表向きクラウディアとローズは別の人間である。

だから直接的な表現は避けられているものの、祝福してくれているようだ。

トップ代理として実務をこなしてくれているベゼルからは、そっと花束を差し出される。

「こちらは構成員からの日頃の感謝です」

花束の持ち手部分には、どこから聞いたのか白猫――キャンディ――を模した小さなぬいぐるみが付けられていた。瞳部分にはオレンジ色のビーズがあしらわれている。

この計らいにはヘレンが目を輝かせた。

「ベゼルが作ったんだぜ、それ」

「なんでテメェが知ってんだ!?」

「いい歳したおっさんが、ちまちまと何やってんのかと思ったら……そろそろ可愛いもの好きなのバレてるって気付いたらどうだ?」

「バレてたのか!?」

子どもが顔を合わせれば十中八九泣き出すくらい、スキンヘッドのベゼルの見た目はいかつい。

自分の容姿とぬいぐるみに囲まれたい嗜好がそぐわないと思っているベゼルは、長年趣味を隠してきた。

とっくにバレていることは、ルキから聞いている。

「何もローズ様の前で言わなくともいいだろう!」

「ローズの姉御も知ってるよ」

「知ってんのかよ!?」

手先が器用なのだな、と告げれば、ベゼルは両手で顔を覆って蹲った。

耳が真っ赤なのは焚き火のせいではなさそうだ。

場が別の意味で暖まったところで、新たな来訪者が顔を出す。

「楽しそうですね。自分も仲間に入れてください」

ルキと瓜二つであるアラカネル連合王国の王太子スラフィム、その人だった。

後ろでまとめられた長い金髪が、オレンジの光に照らされて色濃く煌めく。

優しげなグレーの瞳は、陰鬱さを隠しきれない地下室と似つかわしくない。

すぐさまルキが、ハッと笑い飛ばす。

「部外者はすっこんでろ」

「ここへ顔を出した時点で、部外者ではないでしょう?」

ルキとスラフィムは異母兄弟だが、その関係はビジネスライクだ。

スラフィムが自分の生活に深く入り込むことをルキは嫌う。

「今日は情報提供者として私が招いた」

ローズはそう言って、二人の間に割って入った。

多少の不満は呑み込んでもらうほかない。

「姉御の決定に文句はねぇよ。話を進めようぜ」

身内の祝いの席ではなく、仕事に関する話ならスラフィムがいても問題ないと手を振る。

スラフィムは懐かない野良猫を切なげに眺めた。

皆で着席し、居住まいを正す。

まずは自分から、とスラフィムが口を開いた。

「やはり紛争地帯での戦況は芳しくありませんね。教会が間に入っているものの、平定がうまくいっておらず、戦争が長引くことが予想されます」

王太子である立場を生かし、スラフィムは自ら外交をおこなう。

自国の船で大陸の随所へ渡り、大小様々な国と契約を結んでいた。

スラフィムの母国、アラカネル連合王国は、ハーランド王国のさらに北に位置する。冬季は場所によって港も凍ると聞いていた。ここにいるのを考えると、難民問題に際し、春まで情報収集に努めるようだ。

高位の立場から得られる機密と、自分の目と耳で裏付けされた情報は、精度に申し分がない。

また教会関連の情報は、配慮から口ごもる者も多い。教義の違いから教会と反目し合っているスラフィムは、その心配もなかった。

ただ与えられる情報には、アラカネル連合王国の思惑があるのも忘れてはいけない。彼らは彼らで、自分たちの利益を追及しているのだから。

注意を念頭に置きながら、うむ、とローズが頷く。

「難民の受け入れは必至か」

「急を要する受け入れ先は教会が担っていますが、既に収容可能人数を超えています。ハーランド王国へも要請は届いているでしょう」

父親とヴァージルの忙しさを見れば、打診が来ているのは察しがつく。

現在は、時期や割り振りが話し合われている段階だった。

「さすがに我が国が難民の受け入れを求められることはありませんでした。だからといって静観しているつもりもありません」

「ご苦労なこったな」

何でわざわざ首を突っ込むんだと、ルキが吐き捨てる。

スラフィムは苦笑しながら答えた。

「難民問題は一国が犠牲になればいい、という問題ではないからです。教義以前に、人と人は助け合うべきでしょう?」

綺麗事を言っているようでいて、本質をついている。

仮に一国で難民を受け入れ、破綻したらどうなるか。

助ける側だった者も、難民の仲間入りだ。それらは濁流となって近隣国へ押し寄せる。暴徒化した集団は、本人たちでさえ制御不能だった。

国境に、国と国を隔てる壁が存在するわけではない。

海に囲まれたアラカネル連合王国とて、小舟があればハーランド王国から渡れた。

決して対岸の火事ではないのだ。

助け合い、協力して他国の破綻を防ぐことが、自国の安寧にも繋がった。

とはいえ、現実は綺麗に収まらないのだが。

(どんなときでも利潤を追求するのは、人の業ね)

今も議会では難民の押し付け合いがおこなわれているだろう。酷な言い方だが、誰だって負債を抱えるのは御免被りたい。

リンジー公爵家とて、限界がある。

どこかで帳尻合わせをすることで、乗り越えていくしかなかった。

「アラカネル連合王国では支援金の用意があります」

にこりと、スラフィムは微笑む。

経済大国を目指して成長を続ける、アラカネル連合王国ならではの強みだった。

(彼らからすれば貸し一つ、というところかしら)

助け合いの精神も嘘ではないだろうが、一方的な援助で終わらせるとも思えないし、ただより高いものはない世界である。

ただ借りは口実としても使えるので、悪い話ではなかった。

特に教義の違いから、アラカネル連合王国は孤立する傾向がある。借りを返すという名目があれば、他国も気兼ねなく交流できた。

「ハーランド王国、ひいてはリンジー公爵家の方々なら、難民問題も大きな負担にはならないでしょう」

「簡単に言ってくれる」

シルヴェスターでさえ、頭を悩ませているというのに。

スラフィムは笑顔を絶やさない。

「適当に言っているのではありませんよ? それだけ評価しております。特に農業研修での取り組みは、こちらでも取り入れさせていただいていますから」

アラカネル連合王国は、島々の集まりでできている。

寒冷地なのもあって農業関連の発展が遅れていた。巻き返しを図るべく、島民を招き、農業を教えているのがリンジー公爵家だった。

「細かいところでいうと、村や集落ごとにグループ分けされている点ですね。普段から付き合いのある者たちを集めることで、情報伝達がより速く正確になるのは目から鱗が落ちました」

伝える相手の性格を知っていると、当人たちで工夫してくれるのである。

一緒に手を抜いたりと良い面ばかりではないものの、ふるさとを離れてやって来ることを踏まえれば、ストレスのかかりかたが違った。

「これらの経験は、きっと難民問題にも役立つと考えています」

不安が顔に出ていただろうかと勘ぐるぐらい、スラフィムの言葉は、これから課題へ向かう自分を勇気付けてくれた。

すぐに帰れる場所のある者とない者では、抱える問題が変わる。

だから同じように運用できるとは思っていないが、外からの来訪者への経験値は無駄ではないと言われ、心が少し軽くなった。

「我が国の懸念材料は、目下のところ聖女ですね」

「まぁ教会の影響力は増すわな」

答えたのはルキだった。

聖女祭で、聖女は各国を巡礼する。

この大がかりな祭りは、教会が力を証明する場でもあった。初春ということもあり、さぞ華やかなものになるだろう。

「聖女は教会の新たな力になります。人々は新たな救世主の登場に湧くでしょう。現在挙がっている候補者の全員が、それぞれ枢機卿の縁者だとしても」

「身内レースなのかよ」

「はじまりは、修道者である必要ですらなかったらしいですけどね」

聖女――アプリオリ――たる者がいれば、人々はそう呼び、崇めた。