作品タイトル不明
37.悪役令嬢は真相を知る
「ありがとうございます。お二人のご期待に応えられるよう頑張ります」
「精々恥をかかせないでちょうだい」
「これは無理しなくていいという意味よ」
「アリーっ、勝手に解釈しないでくださる!?」
エリーとアリー。
パトリック夫人は王妃の兄嫁にあたるが、元がいとこなだけあって、二人の間に壁はなかった。
最初は重く感じられた空気が、軽くなっていた。
こほん、とパトリック夫人が居住まいを正す。
「話はこれだけではありません。今後のことも踏まえて、クラウディアもサンセット侯爵家の決定を知る必要があるでしょう」
言外にパトリックの処分が決まったことを告げていた。
続きを王妃が引き取る。
「社会に与える影響を鑑みて、兄は病気で療養することになりました。監視の目が置かれ、二度と社交界に戻ることはありません」
人里離れた郊外に幽閉されるという。
「本家の跡取りがいなくなることから、分家筋のエリーの弟を養子に迎えることを決めました。彼がサンセット侯爵家の次期当主になります」
「エリザベス様はどうされるのですか?」
「心配はご無用よ。わたしは王都に残り、次期当主の姉として立場を守ることになるわ」
パトリックが退けば、クラウディアの後ろ盾となるパトリック夫人の影響力がなくなるのを心配した質問だと思われたようで、そんな答えが返ってくる。
「付いて行っても、あの人はわたしを必要としないでしょうから」
だったら必要としてくれる人の傍にいる、とパトリック夫人は自嘲した。
(エリザベス様は、パトリック様を愛しておられたのに……)
気持ちは報われなかった。
パトリックは改心などしておらず、彼が愛したのはパトリック夫人が持つ「血」だった。
「これがサンセット侯爵家の決定です。エリーがディーの後ろ盾になることも了承させました」
にっこりと王妃が笑う。
どうやらこの点については、当主である父親が快諾しなかったようだ。
サンセット侯爵家とリンジー公爵家のパワーバランスを考えてのことだろうと推測する。
最終的には王妃に説得されたようなので、クラウディアから言うことはない。
「続いて事件の経緯についてもご説明します。ある程度、ディーも把握しているでしょうけれど」
パトリックは本人も語っていたように、特別な――予言の力を得たいがために、黒魔術に傾倒していった。
周辺で起こっていた動物の失踪事件もパトリックの仕業で、動物たちは生け贄に捧げられた。
「エリーが狙われたのは、彼女の髪色が、わたくしたちの先祖と同じだと判明したからです」
長らくサンセット侯爵家を象徴するのは、金髪と紫目だった。
ところが、先祖の墓から鈍色の髪が発見されたことで、パトリック夫人の髪色は先祖帰りだったと判明したのである。
人知れず墓を暴いたのもパトリックだ。
司祭が墓参りの際に、霊が蘇ったように感じた違和感は、これによるものだった。
「サンセット侯爵家には言い伝えがあるのです。簡単に言えば、予言の力を持った先祖が家を大きくした、というものですわ」
「発見された鈍色の髪の持ち主が、その予言の力を持った方だったのですか?」
「その通りです。兄にはエリーが、予言者の生まれ変わりに見え、予言の力を自分のものにするために、彼女を利用しようとしました」
言い伝えのくだりは、劇場で会った青年も同じことを言っていた。
子ども時分の彼が心を躍らせたように、パトリックも特別な力に魅せられた。
「実はこの予言者については、わたくしも触れたことがあるのです」
「アレステア様もですか?」
「誓って、兄と同じ動機ではありません。わたくしがまだ婚約者候補だったときの話です」
現王ハルバートがまだ王太子だった頃。
アレステアは婚約者候補の一人に選出された。
サンセット侯爵家と対立する家からも候補が選ばれ、相手はアレステアの粗探しをした。
事前にその動きを察知し、相手の企ては防いだのだが、その折に一人の民俗学者と出会ったという。
学者はサンセット侯爵家にまつわる、予言者について研究していた。そこに対立候補が目を付けたのだ。
サンセット侯爵家の前身である、サンセット家。
サンセット家のかつての領地を旅し、学者は残された痕跡から、ある事実に行き着く。
「予言者は実在しました。どのようにして予言がおこなわれたかまではわかりませんが、特別な力を持つ人物は確かにいたのです。その方は女性で、サンセット家の血筋ではありませんでした」
鈍色の髪の持ち主でもあります、と王妃は語る。
「予言の力を見込まれ、女性はサンセット家に嫁入りしました。問題はここからで、女性は子どもを身ごもったあと、予言の力を失ってしまいます」
そして力をなくした女性を、当時の当主は冷遇した。
「本家からも追い出され、辿り着いたのが、教会へ寄付された古城のある地域だったようです。彼女は自分を冷遇した当主を恨みました。使い捨てにされたのだから当然ですね」
サンセット侯爵家の家系図に、彼女の記載はないという。
「彼女は子どもを出産後、早逝しました。恨みを買った当主は、彼女の呪いを恐れて墓だけは立て、子どもはサンセット家で引き取った。というのが学者の推測でした」
実際、修道院近くにある分家の墓には、古く名前のない墓石があった。
パトリック夫人が先祖返りを起こしていることを鑑みれば、学者の推測は当たっているように思える。
「この話には続きがあって、学者は該当地域に伝わる生け贄を求める霊も、この女性だと結び付けていました」
夜な夜な生け贄を求める白いドレスを着た女の霊。
嘘か真か、予言者の女性も白いドレスを好んで着ていたと学者は言ったらしい。
(もし全て学者の読み通りなら、予言者の女性も黒魔術に傾倒していたのかしら?)
力を失い、生け贄を求めたのは、再び力を得るためではないのか。
嫌な偶然に、二の腕が粟立つ。
「墓の存在から、何かしら不幸があったのは事実です。けれど幽霊話については確証がなく、わたくしは意に介しませんでした」
それが時を経て、王妃の前に姿を現す。
「兄の事件を聞いて、真っ先に思い浮かんだのが、この話でした。兄は、当時の当主に冷遇された女性の霊に取り憑かれたのではないかと、気が気でありませんでした」
「取り調べの結果、アリーの心配は杞憂に終わりました。パトリック様は、自分の不甲斐なさから黒魔術に逃げただけだったのです」
ずっと静かに聞いていたパトリック夫人が話を締める。
パトリックは取り調べで、優秀な妹と比べられる苦痛を、親戚までも自分を下に見ていると自分勝手な不満を語ったという。
「幽霊は関係ないと、その一点については安心しましたわ。修道院に現れるという髪の長い霊も作り話だったようですし」
クラウディアは同意して、微笑みを返す。
そして、ふと思いだした言葉を舌に乗せた。
「もし機会がありましたら、過去に囚われないでください、とパトリック様にお伝え願えますか?」
これにはパトリック夫人が頷いて答えた。
「伝えておきます。見送りには行く予定ですから」
「エリーには苦労をかけるわ」
「あなたが背負うものほどではなくてよ」
王妃という身分は、決して華やかなだけではない。
むしろ、それ以外のほうが多いだろう。
いとこの労いに王妃は苦笑し、ありがとう、と感慨深く目を閉じる。
次に宝石のような紫色が見えたときには、調子が戻っていた。
「黒魔術については規制したいところだけれど、事件を公表していないから難しそうなの」
ただパトリックが持っていた本の入手先など、関係しそうなところには今後何かしら理由を付けて監査を入れるという。
ことの顛末を聞いたあとは、朗らかな空気で三人だけのお茶会は幕を閉じた。
帰りの馬車の中、クラウディアは無意識に腕をさする。
(偶然、で片付けていいのかしら)
王妃は、クラウディアが劇場で会った青年の話を知らない。
彼も黒魔術に手を出していたことを。
(予言者の女性がはじまりで、脈々と黒魔術に頼る気風が続いているとしたら?)
考えすぎかしら、とクラウディアは背もたれに体を預ける。
続いているといっても、青年とパトリックの間だけでも数十年という年月がある。
青年については、黒魔術から手を引いてすらいた。
心配する必要はないと信じたい。
(でも青年のことだけは説明がつかず、生け贄を求める霊は存在を否定されていないのよね……)
髪の長い霊は司祭の作り話だった。
では生け贄を求める霊は? もちろん作り話である可能性も否定できない。
そして作り話でない可能性も否定できないのだ。
(考えても詮無きこと)
答えが出るとは思えず、クラウディアは今後に考えを集中させた。
トーマス伯爵夫人の夜会でも話が出たので、現在商館に関する問い合わせが殺到している。
遂に文官の夜勤を追加するほどだ。
屋敷に帰ったあとは、書類仕事がクラウディアを待っていた。