作品タイトル不明
36.悪役令嬢は二人の母を得る
事件後、クラウディアは王妃から招待を受けた。
燦々と日光が降り注ぐ中、王族専用の庭園へ案内され、白いガーデンチェアに腰掛ける王妃とパトリック夫人を見る。
クラウディアが姿を現すなり、パトリック夫人は立ち上がって頭を下げた。
「先日は助けていただき、ありがとうございました」
「間に合って良かったですわ。どうぞ、お座りになってください。お加減はいかがですか?」
「おかげさまで復調しております」
そう言うものの、パトリック夫人は見るからにやつれていた。
体の傷は治っても、夫――パトリックのことがある。
彼女の心が癒えるのは、まだ先になりそうだった。
クラウディアが席に着いたところで、王妃が口を開く。
「わたくしからも感謝を。エリザベスを助けてくれて、ありがとうございます。そして兄が迷惑をかけましたね」
「勿体なきお言葉です」
相変わらず王妃には年齢を感じさせない美しさがあったが、心なしか彼女も疲れて見えた。
「ことを公にせず、シルヴェスターに任せてくれたことも助かりました。サンセット侯爵家を責めることもできたでしょうに、なぜ、そうはしなかったのです?」
真意を見極めようとする紫目と向き合う。
パトリック夫人を通し、サンセット侯爵家がクラウディアを牽制しようとする動きは透けていた。
事件を告発すれば、立場は逆転しただろう。
けれど王妃の言う通り、クラウディアは沈黙を守った。
「単純なことですわ。王妃殿下の生家であり、国の中枢を担うサンセット侯爵家が打撃を受けるのは、国にとって損でしかありませんもの」
国内に限った権力闘争なら、違う選択をしたかもしれない。
でも現実は、当然、他国の目がある。
弱みを虎視眈々と狙う勢力が全方位にいるにもかかわらず、我を通すためだけにサンセット侯爵家を攻撃すれば、国力の低下を招く恐れがあった。
周り巡って自分の力を削ぐことになりかねないとなれば悪手でしかなく、クラウディアの取る行動は決まった。
答えを聞いて、王妃は静かに頷く。
「お茶会と刺繍の会については、わたくしも詳細を聞いています。特に刺繍の会での対応には感銘を受けました。いつも国のことを考えてくれて……あなたがシルヴェスターの婚約者で良かったと、心から思います」
「王妃殿下からそのような言葉を賜れて、身に余る光栄ですわ」
「ふふ、どうか気楽に接してください。わたくしのことは、アレステアとお呼びになって。わたくしもディーとお呼びしていいかしら? ディアと言うと、あの子が怒りそうだから」
シルヴェスターの狭量さ、というか独占欲は王妃にも伝わっていた。
彼女の様子から、良い評価を得られたようでほっとする。
愛称呼びについては、もちろん快諾した。
「エリーの嫌がらせにもよく耐えましたね」
「その節は失礼いたしました」
パトリック夫人は、すっかり人が変わってしまっていた。
クラウディアに対する負い目からだろうけれど、居心地が悪く感じる。
嫌みな人の弱々しい姿は、どこか切ない。
あの陰鬱な地下室で愛する夫に襲われ、力なく倒れている彼女を見たからだろうか。
「お立場あってのことだったと察しております。よろしければ、パトリック夫人もわたくしのことは気軽に呼び捨てになさってください」
「あなたはどこまでも人が出来ているのね。憎らしいわ」
「エリー」
少し調子を取り戻したパトリック夫人を、王妃がたしなめる。
「構いません、厳しく接していただくほうが身が引き締まりますし」
クラウディアが微笑むと、パトリック夫人は盛大な溜息をついた。
「成人済みだとはいえ、クラウディアの余裕はどこから来るのかしら? 年齢を偽っているのではなくて?」
指摘に、少しドキリとする。
でもそれ以上に、呼び捨てが嬉しくて笑みがこぼれた。
パトリック夫人のベージュの瞳が細められる。
「わたしのことはエリザベスで結構よ。どうやらあなたは、希代の悪女のようだわ」
「ディー、エリーは素直になれないだけだから、悪口は反対言葉にするといいわよ」
王妃がころころ笑う。
嫁がいとこに認められて、彼女も嬉しそうだった。
「参考にさせていただきます」
二人のやり取りに、パトリック夫人が目尻をつり上げる。
「人を誑かすのが上手いのよ、この娘は」
「恐縮ですわ」
王妃のパトリック夫人に対する評価を聞いたあとでは、睨まれても怖くない。
意に介していないクラウディアの様子に、パトリック夫人は額へ手をやった。
「はぁ、シルヴェスターも大概だから、ちょうどいいのかしら」
「そうよ、あの子の偏屈さに慣れているのだから、エリーが凄みを利かせたところで怖いわけないでしょうに」
「なるほど、ようやく納得がいったわ」
母親と叔母にかかれば、シルヴェスターも形無しだった。
(この場にいたら、どんな顔をしたかしら)
思いっきり顔をしかめる姿を浮かび、笑みが漏れる。
ふと視線を上げた先で、双方向から見つめられていて戸惑った。
二人の表情に、慈愛を感じたからだ。
クラウディアは、ヘレン以外の女性から慈しまれることに慣れていない。
「ディー、社交界では、わたくしが助けに出られない場面もあるでしょう。そのときはエリーを頼りなさい」
王妃が動けば衆目を集め、内々に収めたいことも公にしなければなくなる。
そのため小回りが利かない分は、パトリック夫人が担うという。
「リリス様では助けになりませんからね。血が繋がっていない母親の存在には慣れているでしょう?」
言い方はあんまりだが、パトリック夫人も請け負う。
後半の言葉に、クラウディアは目頭が熱くなった。
家庭のことを揶揄するようでいて、パトリック夫人は、社交界では自分が母親代わりになると言ってくれているのだ。
二人の、大人の女性の気遣いに、瞳が潤む。
十四歳のときに、実母を亡くした。
逆行しても、既に亡くなったあとだった。
それから予想通り、継母を迎えることになった。
逆行前は関わりを絶っていた継母は優しい人で、実子と分かれて暮らすことになった今でも、クラウディアを支えようとしてくれている。
十分だった。
十分だと思っていた。
まさか、これ以上があるなんて、想像もしていなかった。