軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35.悪役令嬢は黒魔術を見る

幽霊が出没するのは決まって夜だった。

照明のない暗がりを歩くのに、人は明かりを持つ。

すぐ近くに人がいない瞬間を狙うのは難しくないだろう。

「確認のため城壁塔の中に入ったときに、生温い空気を感じたのです」

季節にそぐわない感覚は、ただ気味が悪いだけだった。

「しかし改めて考えてみれば、あれは人がいた痕跡だったのではないでしょうか」

足下を照らす明かりは、熱源にもなる。

ふむ、とシルヴェスターが頷く。

「誰かが明かりを持ってそこにいたか、または地下から熱気が上がってきていた可能性があるな」

温かい空気は上に、冷たい空気は下に溜まるものだ。

それが結果として不気味な空間をつくったのではないか。

ここまでの話に焦る理由はない。

クラウディアにとって問題なのは、隠れるためだけでなく、地下室を利用する目的が他にあった場合だ。

「青年は黒魔術をおこなうために、地下室へ通っていました。使用人との出会いもあり、笑い話になっていましたけど」

生け贄を捧げもしたと。

青年の話は、現状にことごとく符合した。

「加えて、あの地域には古くから生け贄を求める霊が存在します」

「生け贄を利用する動きがずっとあったのか」

火のない所に煙は立たない。

生け贄を求める霊が作り話だったとしても、何か土台になるものがあったはずだ。

「黒魔術についてはよくわかりませんが、近所で動物がいなくなっているのは事実です」

修道院にあった張り紙が頭に浮かぶ。

動物の失踪は一度だけではなかった。

生け贄は対価として捧げられるもの。

一度では対価を得られず、動物の失踪が続いているのだとしたら。動物ではダメだと判断した場合、次なる生け贄は何になるだろうか。

全て偶然ならいい。

パトリック夫妻も、最近の仲睦まじい様子から、突然デートに行こうと思い立ったのではと、この焦燥が徒労に終わることを願う。

同時に、最悪の想定もしておかなければならない。

クラウディアたちは、その最悪に備えて修道院へ向かっていた。

◆◆◆◆◆◆

「これはこれは、王太子殿下まで……」

修道院に着いたのは、ちょうど日付が変わる頃だった。

突然の訪問に、司祭は目を丸くする。

幽霊の目撃があった城壁塔へ向かいながら、クラウディアはいくつか司祭に質問した。

修道院の取り壊しについて施工主が見付かったことを誰に話したか。

また念のために、青年の話に出てきた予言者についても確認した。

もし青年の話が「正」となるなら、取りこぼしはできない。

「予言者については、サンセット侯爵家に伝わっている話だと伺っています」

「予言者の髪色はご存じですか?」

返ってきた答えに、クラウディアは天を仰ぎたくなった。

シルヴェスターも顔をしかめる。

二人とも、夫人の髪を愛おしむパトリックの姿を劇場で見ていた。

「髪色は私も最近パトリック様から聞いただけですが」

「そうですか……」

どうやって彼が髪色を知るに至ったのか。

それも思い当たる節があった。

けれど今は、地下室の捜索を優先すべきだ。

司祭が城壁塔のドアを開けるのに合わせて、中へ入る。

「なるほど、確かに生温いな」

以前と同じ空気が、室内に漂っていた。

手分けして地下室の入り口を探すも、クラウディアたちの前にあるのは石壁だけだった。

行き先は告げてあるので、王妃が答えを知っていたら届けてくれるだろう。

(大人しく待ってはいられないわ)

シルヴェスターが一度壁から下がり、部屋の中央から全体を見渡す。

「簡単に見付かっては避難経路にならぬか」

視線が巡る先、二階ぐらいの高さに設けられた小さな窓からは、月光が差し込んでいた。

「西の窓に、手は届かない。でも焦らず、壁を押しなさい」

「シル……?」

突然、歌うようにシルヴェスターが呟く。

「昔、母上から教えられた歌だ。有事に関することは、子どもでも覚えやすいように歌にして伝えていると聞いた」

けどこの歌は忘れてもいいわよ、と言われたので、記憶の奥底に眠っていたという。

「続きは確か……窓を見て、下から三番」

石壁は様々な形の石が積み上げられ、崩れないよう固められている。

しかし石と石の間にくっきりと溝がある部分も少なくなかった。

窓の真下、床から三番目にある石を押す。

動かないはずの石が数センチ下がったことで、シルヴェスターは先を急いだ。

「怖がらないで、石が守ってくれるよ。右を見て、下から六番。左を見て、下から二番」

体の位置はそのままに、最初に押した石の隣の列を押していく。

「壁は君を防がない。潜ろう、窓を見て、下から一番……ん?」

歌に沿って一番下の石を押すが動かない。

歌詞が間違っているのだろうか。

クラウディアが答えを出す前に、シルヴェスターが動いた。

古城は床も石畳でできている。

壁側にある床の石が押されたとき、床の一部が上へ迫り出した。

「なるほど、潜ろう、はこういうことか」

今までずっと壁を押していたが、最後だけ床を押せという意味だった。

迫り出した部分を持ち上げると異様に軽い。

子どもでも動かせるよう、ここだけ色味を合わせた軽石が用いられていた。

現れた階段をまずは護衛騎士が下り、クラウディアたちも続く。

身長の高さほど下ったところで生臭さが鼻を衝いた。

クラウディアは咄嗟に腕で鼻を覆う。

「嫌なにおいだ」

意識すると吐き気をもよおしそうだった。

階段を駆け上がり、外の空気が吸いたくなるのをぐっと堪える。

「ディアは上で待っていてもいいのだぞ」

「ここまで来て、引き返せませんわ」

もう答えは出ているようなものだが、最後まで自分の目で見届けたかった。

(最初からクリスティアン様は、全て教えてくださっていたのに)

再び姿を現さないのも道理である。

伝えるべきことを、彼は全て言い終えていたのだ。

現実と結びつけるには難があるとはいえ、今の今まで思い当たらなかったのは、自分の落ち度だった。

階段を下りきると空間が広がっていた。

隅々まで照らし、護衛騎士が安全を確保する。

そしてシルヴェスターに確認を取り、目の前に現れたドアを開け放った。

生温い空気が出口を求めてクラウディアに体当たりしてくる。

息を止めてしのぐと、先にある部屋で白いローブを着た人物が佇んでいた。

先に入った護衛騎士に、ギョロリと目が向けられる。

汚れた手には短剣が握られていた。

床に等間隔で立てられたロウソクが、描かれた模様を照らす。

正円に走る線と文字。

黒魔術で使用される魔法陣だった。

魔法陣の中心に、パトリックはいた。

「叔父上っ、乱心したか!」

「誰だと思ったらシルヴェスターか。ちょうど良い、お前も見て行きなさい」

二人の会話を聞きながら、部屋を見渡す。

(パトリック夫人はどこ!?)

ところどころ黒い汚れが目立った。

元が何だったのかは、考えたくない。

「おられました!」

騎士がパトリック夫人を見付ける。

ロウソクの明かりから離れ、陰になる部分に夫人は倒れていた。

幸い、息はあるようだ。

「私の妻に触るなっ!」

普段のパトリックからは想像できない怒号に、騎士が動きを止める。

すぐさま指示を出そうとするシルヴェスターへ、パトリックは向き直った。

「これから私が予言の力を取り戻す。さすれば、お前の統治も安泰だ。心配ない、完璧な生け贄を用意したのだから、必ず力は得られる」

「叔父上、動かないでください」

「わからぬか! 今こそ偉業を成し遂げるときだ!」

短剣を握る手に力がこめられた瞬間、シルヴェスターとの間に入っていた騎士にパトリックは取り押さえられた。

「なぜ邪魔をする!? お前のためでもあるというのに!」

「私のためではない。叔父上の自己満足のためだろう」

パトリックは抵抗するものの、現役の騎士に敵うはずもなく、手から短剣を落とす。

「私が力を得ればっ、サンセット家はもっと大きくなる! 教会をも凌駕する力を手に入れられるのだぞ!?」

つばを飛ばし、狂気に染まった表情を見せる。

変わり果てた姿に、最後尾にいた司祭はなんということだと打ちひしがれた。

司祭から見たパトリックは敬虔だった。

しかし発言からわかる通り、心の中では教会を軽んじていたのだ。

シルヴェスターは、苛立たしげにまとめた前髪を手で崩す。

「都合の良い、特別な力など存在せぬ。いつまで子どもの頃の幻想に取り憑かれているのだ!」

「お前は先祖を蔑ろにするのか!?」

話にならぬ、とシルヴェスターは連行を命じた。

ショックを受けながらも司祭が申し出る。

「修道院の馬車をお使いください。王城へ行っても不審は招かないでしょう」

教会の紋章が入った馬車なら、急に訪れても不思議はない。

王城の案件――使用人が亡くなった場合など、時間に関係なく修道者が呼び寄せられることはままあるからだ。

パトリック夫人も運び出されていく。

「黒魔術か……」

疲れた声で呟くシルヴェスターの手には、いつの間に拾ったのか一冊の古びた本があった。

隣に寄り、クラウディアも内容を覗く。

開きクセがついたページには、生け贄の捧げ方について書かれていた。

「こんなものをよく信じられたものだ」

「精神的に追い込まれていたのではないでしょうか」

傍目には元気そうに見えても、心のうちまではわからない。

劇場で会った青年も、行き詰まって黒魔術に手を出していた。

「この本も含めて、調査せねばな」

音を立てて閉じられた本を見る。

(予言の力とおっしゃっていたわね)

クラウディアには思うところがあった。

しかし留まれば留まるほど気が滅入りそうだったので、シルヴェスターと二人、外へ出ることを優先する。

月明かりが見えた瞬間、冷たい空気が肺を清めてくれるように感じられた。