作品タイトル不明
34.悪役令嬢は幽霊と対峙する
シルヴェスターとのダンスを終え、一段落したところでクラウディアは気になっていたことをローレンス伯爵夫人に確認する。
刺繍の会で、彼女はパトリック夫人の友人席に座っていた。
パトリック夫妻が不参加の事情も知っていると思ったのだ。
しかし予想に反して、ローレンス伯爵夫人は困惑を見せた。
「それがパトリック夫妻も参加予定のはずだったんです」
急遽姿を見せなくなったパトリック夫妻に、友人たちも何かあったのではと心配しているという。
「お昼にパトリック夫人とお茶をした人もいて、確かに出席する予定だったというのですが……トーマス伯爵夫人に確認しても、何も知らないようで」
「不参加の連絡も入っていないのですか?」
事情があって行けなくなった場合でも、誰かしら人をやるのが普通だ。
手紙を持たせるなりして、謝罪を伝えるのが礼儀だった。
しかも相手はトーマス伯爵夫人である。
パトリック夫人とて、ぞんざいに扱える相手ではない。
友人たちが心配を募らせるのも無理はなかった。
(どうして嫌に胸がざわつくのかしら)
特別会いたいほど、親交のある間柄ではないというのに。
パトリックはシルヴェスターの叔父だが、不在でもシルヴェスターは気にしていなかった。
しかし連絡がないという事態を隣で聞き、確認に動く。
「いくら叔父上でも、礼儀を忘れるような方ではない」
むしろ貴族としての誇りを持ち、血筋を重んじる人だ。
――何かが起きている。
その事実に、クラウディアは言い様のない不安に駆られた。
「シル、わたくし、今夜はもう引き上げようと思います」
「そうだな……トーマス伯爵夫人も引き留めはしないだろう」
クラウディアとしては結果を残した。
今は顔も見たくないだろうが、トーマス伯爵夫妻に挨拶して夜会を辞す。
予想通りというか、トーマス伯爵夫人からしたら早く帰ってほしそうだった。
王家の馬車に乗り込むと、シルヴェスターが隣に腰を下ろす。
そして身を寄せ、クラウディアの肩を抱いて労った。
「大丈夫か? 顔色が良くない」
「どうしてか焦りを感じていて……パトリック夫人は大丈夫でしょうか」
「確認に人をやった。サンセット侯爵家の屋敷は遠くないから、すぐに状況を把握できるだろう」
頷きながらも、クラウディアは首を傾げる。
(わたくし、どうしてパトリック夫人が心配なのかしら)
パトリック夫妻、ではなく。
鈍色の髪に、ベージュの瞳を持つ夫人の姿だけが頭に浮かぶ。
なぜ、無意識の内に夫であるパトリックを除外したのか。
何かが掴めそうだった。
ドクドクと耳の裏で脈動がうるさく響く。
「シル……シルは、幽霊を信じますか?」
突拍子もない質問だが、それが糸口に思えた。
幽霊が現れた修道院――古城は、元々サンセット侯爵家のものだ。
「私は信じていない。修道院の話か? 幽霊がまた現れたと言っていたな」
お妃教育で修道院に滞在したことはもちろん、司祭のことも含め、一連の出来事をシルヴェスターには伝えていた。
「客観的に見て、どう思われますか?」
「司祭の見間違いだろう。ディアとの会話で踏ん切りがついても、古城への思い入れは簡単に消えないはずだ。先延ばしにしていた取り壊しが決定し、残り少ない日数が精神に影響を与えたのではないか?」
クラウディアを訪ねてきた司祭の様子は尋常ではなかった。
再度幽霊が現れる前から、自覚もなく追い込まれていた可能性はある。
「残り少ないから……」
乱暴だけれど、取り壊してしまったほうが、幽霊も出ないのではと考えたことがあった。
もし、それが正鵠を射ていたとしたら。
「シル、今すぐ修道院へ向かってください!」
何事かと訊ねる前に、シルヴェスターは御者に行き先の変更を告げる。
クラウディアの様子から時間に余裕がないのを察していた。
「王妃殿下にも連絡をお願いします」
「わかった」
行き先を変えたため、どちらにしろ王城とリンジー公爵家に伝える必要がある。
二人で手紙を認め、騎士の一人を伝令に割いた。
「到着には時間がかかる。ディアの考えを訊かせてくれるか?」
「はい、わたくしも話すことで考えを整理したいです」
手配が済み、少し落ち着きを取り戻したクラウディアに、シルヴェスターが水を渡す。
有り難いことに馬車には手紙の他にも、焼き菓子など軽食も揃えられていた。
喉を潤し、ほっと息をつく。
「劇場で出会った青年の話は覚えておられますか?」
「ああ、金髪に紫目の美しい青年だったか」
劇場では青年の言葉を消化しきれず伝えられていなかったが、司祭の話を機に整理がついて話していた。
「彼の存在は説明がつきません」
「うむ、仮に白昼夢だったとしても、途絶えた分家の家紋を君が知るよしはないからな」
人相書きを作りたくても、目鼻立ちが思いだせない青年。
ただ印象だけはしっかり覚えているのだから不思議だ。
青年から得た情報は、クラウディアには関係のないものだった。
最後の言葉だけは胸に響いたが、青年の存在が意味を持ったのは修道院に滞在してからだ。
司祭から話を聞いた今では、青年がクリスティアンだと信じてやまない。
「だから修道院で見かけた白い人影も、本物の幽霊である可能性を捨てきれませんでした」
目撃後にあとを追ったものの、姿を消していたから余計に。
「けれど白い人影――髪の長い霊の元になる話は、司祭のねつ造だったのです」
司祭は自分の勝手な行為が、霊を呼び覚ましてしまったのだと考えていたが、果たしてそうだろうか。
「人影に司祭は関与していなかったのだったな?」
「はい、後日の取り乱した様子からも、司祭の話に嘘はないでしょう」
幽霊話のねつ造を知ったとき、白い人影も司祭の細工だと思った。
クラウディアに思惑がバレている以上、そこだけ取り繕っても意味がない。
再度幽霊話を持ち出すのもだ。
「だからといって、本物だと判断するのは早計でした」
「司祭以外の誰かが関与していると?」
シルヴェスターの中でも既に答えは出ているだろう。
それでも質問するのは、クラウディアが考えをまとめるのを手伝うためだ。
「幽霊話は他の人も知るところです。そして司祭以外にも、古城を取り壊したくない人がいました」
「叔父上か」
パトリックは古城に並々ならぬ愛着を持っている。
司祭が広めた幽霊話に便乗して、白い人影を用意しても不思議ではない。
「サンセット侯爵家も、さすがに教会の決定は覆せないしな」
寄付した以上、古城は教会のものだ。
縁あって司祭が守ってきたものの、これは巡り合わせが良かっただけの話である。
ただ仮にパトリックが関与していても疑問は残る。
どうやって白い人影はクラウディアたちの前から姿を消したのか。
「劇場で会った青年の話を、全て鵜呑みにするのもどうかと思うのですが……」
彼は恋人との馴れ初めをクラウディアに語った。
夜な夜な隠し部屋である地下室に通っていたと。
「だから母上に連絡を入れたかったのか」
「避難用の地下室だと聞いていたので、もしかしたらご存じかと思ったのです」
子ども時代、王妃は兄妹で古城を訪れていた。
いざというときのために、避難経路を教えられているかもしれない。
「その秘密の地下室が城壁塔にあるなら、わたくしたちの目を欺くこともできたでしょう」
「人が来る前に隠れれば済むからな」