軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

33.王太子殿下は婚約者をダンスに誘う

王族派、貴族派関係なく夫人たちに囲まれているクラウディアを見て、シルヴェスターは目を細める。

脳裏で、卒業した学園での光景が重なっていた。

年齢、派閥に関係なく、自分の婚約者は人を集める。

トーマス伯爵夫人が離れたあと、考える素振りを見せるクラウディアに、シルヴェスターはアイコンタクトを送った。

これも君の力だと、自分の力を信じてほしかった。

人望がなければ、誰も助けに入らない。

予め助け船を出してもらえるよう賄賂を送っていても、裏切られるのが社交界である。

人の善意を信じられない世界で、クラウディアは人を動かす力を持っていた。

それがどれだけ凄いことか、クラウディア自身にはまだ自覚がない。

視線の先で青い瞳を輝かせる婚約者を見て思う。

「美しいだろう、私の婚約者は」

「皆が認めるところでしょう……ただ、それゆえに惑わされないかと、差し出がましいこととは存じますが心配になる次第です」

自慢げなシルヴェスターに対し、トーマス伯爵の表情には苦々しい思いが滲んでいた。

舌戦で妻が負けたのだから、さもありなん。

しかも相手は、自分の半分にも満たない年齢の令嬢だ。

トーマス伯爵の言葉に、シルヴェスターは片眉を上げる。

「私がクラウディアに踊らされると?」

「まさか。王太子殿下ほどの方が、そのような事態に陥ることは考えられません」

そう言いながら否定の言葉が続くのだろうと、シルヴェスターは静かに待つ。

「けれど若さに煽られる瞬間はあるかと存じます」

確かに、今にもシルヴェスターはクラウディアの腰に腕を回しそうだった。

できるならコルセットを外したあとにも。

(伯爵はわかっておらぬな)

どれだけ煽られても、望んでも、誰でもないクラウディアに止められるというのに。

いっそ実家の勢力拡大を強請られたらと思うこともある。

対価としてどんな風に甘え、誘ってくるだろうかと妄想するのは楽しい。

現実では、あり得ないとわかっているからこそ、やりがいがあった。

(未だにクラウディアを、一般的な令嬢と同等に考えているのか)

美しいだけの小娘に過ぎないと。

バカバカしいと呆れるのと同時に、自分だけがクラウディアを理解していることに優越感を覚える。

(私も全てを知っているわけではないが)

少なくとも王族派を代表していると自惚れている目の前の男よりは、見る目があった。

「伯爵には覚えがあるのか?」

性欲に踊らされ、失敗した経験があるのかと言外に問う。

伯爵は曖昧に微笑むだけだ。

実例も示せず、よく親身になっている風を装えるものである。

「私がそのような人間だと?」

シルヴェスターは伯爵の目を正面から見据えた。

自分の整った顔が相手にどういう印象を与えるか自覚した上で、表情を作る。

王太子である私が。

間違いを許されぬ私が。

現実と妄想の区別も付けられず、容易に理性を手放してしまうと伯爵は考えているのか。

時には妖艶に映る微笑を浮かべながら穏やかに問う。

「い、いえっ、あくまで仮定の話でございます。万が一……」

「伯爵は、万が一にでもあり得ると考えているのだな」

先代と同じようにカールを巻くトーマス伯爵の髪を眺める。

伯爵の瞳は細かく左右に揺れていた。

(ふてぶてしさは、先代のほうが堂に入っていたな)

年の功か。

結局、当主を引き継いだばかりの伯爵は、上手い切り返しが思いつかなかったようで、目礼して謝辞を述べる。

「……わたくしが浅慮でございました」

「わかってくれて安心した」

話はここまで、と言わんばかりにシャンパンに口を付ける。

気泡ごと不快感を呑み込み、シルヴェスターはクラウディアへ足を向けた。

ちょうど会場に響く演奏がダンスの時間を告げていた。

トーマス伯爵夫人が場の雰囲気を変えるため、指示を出したのだろう。

シルヴェスターの歩く先で人垣が割れていく。

徐々に視界を占める愛しい相手に、胸の中で幸せが満ちる。

心からの笑顔と共に、シルヴェスターは訊ねた。

「私と一曲踊っていただけるだろうか」

「喜んで」

目元を染めながら答えるクラウディアに、今にもキスしたくなる衝動を抑えながら、ダンスホールへエスコートする。

空色に身を包みながら踊る二人の様子は、思い切りが良く、招待客たちに晴れ晴れとした印象を与えた。