作品タイトル不明
32.悪役令嬢は味方を得る
第三者が会話に割り込むのは、礼儀としてあまりよろしくない。
かといってタブーと言うほどでもなく、要はケースバイケースだった。
周囲の人たちに礼儀知らずだと思われなければ良いのである。
先だって声を上げたローレンス伯爵夫人は、皆様も気になっておられるのではないでしょうか、と周囲を巻き込む形で、それを回避した。
刺繍の会も招待客が多かったが、夜会に比べれば人数は限られる。
同席しなかった人たちは、トーマス伯爵夫人に臆さないクラウディアを見て、提案にも興味を引かれていた。一部の人間だけが企画に乗れるのは、ずるい、と思うほどに。
漏れ聞こえた声があったからこそ、ローレンス伯爵夫人も割り込めた。
(確かウール製品を特産品にしている方だったわね)
質の良い刺繍糸の手触りが蘇る。
すぐに対処したおかげで、紅茶のシミは綺麗に取り除くことができた。
新品同様になった刺繍を見て、一番顔を綻ばせていたのがローレンス伯爵夫人だった。
ローレンス伯爵夫人と一緒になって声を上げてくれたのは、紅茶が特産のアンセル男爵夫人だ。
まさか公の場で彼女たちが立場を表明するとは、クラウディアも考えていなかった。
大きな貸しを作れる場面ではなかったからだ。
静観していたところでクラウディアは恨まない。
うがった見方をすれば、商館との契約のためだろうか。
(そういえばトーマス伯爵夫人は、契約に乗り気だった人もバカにしていたわね)
商売は平民がすることだと。
貴族派もさることながら、商機を探している人たちをも敵に回す発言だった。
自分たちが貴族として正しい動きをしたと訴えるためにも、ローレンス伯爵夫人たちは前へ出てきたのかもしれない。
彼女たちの思惑がどうであれ、今は。
「未来を、見てくださったのですね」
話に乗る。
もっと周囲の人たちの気を引き、契約の正当性を提示することで、割り込んだローレンス伯爵夫人たちの立場を守るためにも。
「はい、クラウディア嬢のご説明からは、我が国の展望が窺えました」
「皆様も興味を持たれると思いますわ」
以前から国の政策へクラウディアが寄付していることも、他から上がる。
公娼の設立に際し、商館の売り上げをクラウディアは寄付していた。娼婦たちの環境を良くするために、それは今も続いている。
話を聞きたい人がいるなら、改めて説明することもやぶさかではないと、クラウディアはしっかり頷く。
「我が国の国力を喧伝するのが、一番の目的ですわ」
ローレンス伯爵夫人たちが水を向けてくれたおかげで、トーマス伯爵夫人との応酬では伝えきれなかった部分を補填できた。
建前を得たことで、耳をそばだてている人たちも動きやすくなったはずだ。
「結局はお金儲けの話でしょうに」
ふんっ、と変わらずトーマス伯爵夫人は鼻を鳴らす。
しかしこれは失言だった。
先ほどからの発言も合わせて、クラウディアの提案は関係者に利益を生むものだと周知させる形になったからだ。
単なる商売だったら、王族派は二の足を踏む。
けれど建前があるなら話は別だ。
国のために動いて、なおかつ利益を得られるのなら、誰だって参加したくなる。
周囲のざわつきが大きくなったことで、トーマス伯爵夫人も自分の失言に気付き、顔色を変える。
クラウディアが提案の正当性を示した時点で、話題を変えるべきだったのだ。
もうローレンス伯爵夫人たちが話に割り込んだことを誰も気にしていない。
「わたしたちの特産品が国力の代名詞になるなら、王族派としても興味をそそられますわね」
ダメ押しはサヴィル侯爵夫人だった。
個人というより、商機を逃したくない王族派の人たちの気持ちを代弁したのである。
上級貴族は基本的に領地だけでお金を回せる。
けれどそれは貴族全体から見れば、ほんの一握りに過ぎない。
トーマス伯爵夫人一人の発言で、多くの王族派が商機を逃し、なおかつ貴族派が商機を掴むことになれば、不満の矛先は火を見るより明らかだった。
これはサヴィル侯爵夫人からトーマス伯爵夫人への警告でもある。
(夜会の規模を大きくしたのが裏目に出たわね)
王族派と貴族派が一堂に会していなければ、対抗意識が生まれることもなく、サヴィル侯爵夫人の警告も鬼気迫ったものにはならなかったはずだ。
トーマス伯爵夫人は、人を多く集めることでクラウディアを萎縮させたかったのだろう。
大勢に囲まれれば、少なからず圧倒される。
ここには損得を抜きにして味方になってくれる令嬢たちもいない。
刺繍の会で、パトリック夫人の陣営と契約を結んだにしても、親身になるほどでないと踏んでいた。
(わたくしも信じられないくらいだもの)
お妃教育の一環として参加した刺繍の会。
自分の姿勢を見せるため、起点にしようと動いたものの、影響力が大きいとは考えていなかった。
あくまでクラウディアにとっては、はじまりの一歩だったのだ。
トーマス伯爵夫人が動きを読めなくても仕方がない。
(だとしても、身から出たサビよね)
クラウディアを口撃するためとはいえ、関係者全体をバカにし過ぎた。
遂にはトーマス伯爵夫人が大勢から厳しい視線を向けられるに至る。
沈むなら、一人で沈めと。
トーマス伯爵夫人は声を震わせた。
「クラウディア嬢のご提案は、素晴らしいもののようですわね」
否定し続ければ、社交界で肩身の狭い思いをするのはトーマス伯爵夫人に成りかねなかった。
既にサヴィル侯爵夫人が多数の意見を代弁している。
折れたトーマス伯爵夫人に、クラウディアは満面の笑みを浮かべた。
「トーマス伯爵夫人に認めていただけて嬉しいですわ」
応えもそこそこにして、トーマス伯爵夫人はこの場を離れる。
ドスドスと感情のこもった足音が聞こえたような気がした。
(サヴィル侯爵夫人にも助けられてしまったわね)
ダメ押しが効いたのは明らかだ。
しかしサヴィル侯爵夫人の発言は、王族派のためでもあった。
クラウディアに貸しを作るために動いたのというわけではない。
それでも、と我が身を振り返る。
(自分だけで乗り切ろうとしたのは浅はかだったかしら)
人生の先輩相手に、一人で戦う気だった。
ローレンス伯爵夫人たちの助け船がなければ、これほどはっきりと結果を残すのは難しかっただろう。
動かした視線の先で、シルヴェスターと目が合う。
――これも君の力だ。
そう言われている気がした。