軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

31.悪役令嬢は応援される

当然のごとく、クラウディアはトーマス伯爵夫人を中心とした夫人たちの輪に迎えられる。

王族派が集まっているものの、サヴィル侯爵夫人、パトリック夫人たちのグループとは別だ。

(そういえば、まだパトリック夫妻の姿を見ていないわね)

友人たちが招待されていることから、夫妻にも招待状が届いているだろうに。

夜会の規模から不参加であるとは思えない。

やむを得ない事情があったのだろうかと、他のことを考えるのはここまでだ。トーマス伯爵夫人が目の前にいた。

(さぁ、どんな展開が待ち受けているかしら)

集まった誰もが微笑みを湛えている。

お茶会のような冷めた目がない代わりに、好奇で満ち満ちていた。

「楽しんでおられるかしら」

「おかげさまで、おもてなしに感服していたところです」

クラウディアに好意的な令嬢たちが招待されていないのはわざとだろう。

貴族派が招待されているのに、ロジャー伯爵家には招待状が届かなかったのも。

全くもって素晴らしいおもてなしである。

ゆるりと扇をあおぎながらトーマス伯爵夫人が微笑む。

「ここにいる方々が、クラウディア嬢のお手本となってくださいますでしょう。リンジー公爵夫人をご招待できなくて残念ですわ」

継母のリリスでは、お手本として力不足だと言いたいのだ。

パトリック夫人といい、トーマス伯爵夫人といい、どちらもクラウディアの泣き所はリリスという認識らしい。

(口火を切るのにちょうどいいのかしら)

リリスの生家が一代男爵家であるのは、変えようのない事実。

パトリック夫人も、トーマス伯爵夫人も、生家が伯爵家なのもあって、生まれを持ち出せば簡単に優劣が付けられると考えているに違いない。

実際、出自については誰よりもリリスが悩み、クラウディアの足を引っ張らないよう努力していた。

トーマス伯爵夫人にとっては、リリスがいくら努力したところで無駄ということだ。

(わたくしは、そう思わないわ)

クラウディアは驚きの表情を作る。

「あら、トーマス伯爵夫人はご存じないのですね。お義母様の所作は繊細で、美しいことを。娘として見習いたい限りですわ」

「だとしたらクラウディア嬢は、審美眼を磨かれる必要がありますわね」

そう返してくるだろうと思っていた。

「おっしゃる通りですわ。未熟でお恥ずかしいです」

即座に肯定したクラウディアに、一瞬、トーマス伯爵夫人が動きを止める。

切り返しを予想していたのだろう。

頭の中で考えが錯綜しているのが傍目にも感じられて、クラウディアは笑みを深くする。

「何せお義母様の所作の評価は、王妃殿下に倣っただけですから」

王妃、クラウディア、リリスの三人で顔を合わせたときのことだ。

王妃はリリスの努力を言葉にして認めた。

(こういうときのために、お言葉をくださったのでしょうね)

リリスを侮る人間は依然として多い。

少しでも足場を固められるようと配慮されたのが窺えた。

しかしリリスはこのことを喧伝しなかった。するならクラウディアにとって都合の良いタイミングで、と話を合わせたのである。

身分でものを言うなら、こちらも身分を持ち出すまで。

トーマス伯爵夫人の扇を握る手に、ぐっと力がこもる。

「まぁ、王妃殿下が! でしたら間違いないありませんね。さぞ素晴らしい教師がついたのでしょう」

リリスではなく、リリスに教えた者が凄いのだと、応酬を止めることなく返してくるところはさすがだ。

クラウディアも負けずに、しっかり釘を刺す。

「残念ながら、王妃殿下に認められたのはお母様であって、教師の方ではないのですが。それでもお知りになりたいとおっしゃるなら、ご紹介いたしますわ」

早くも目標は達せられそうだった。

堂々とした二人の掛け合いに、グループ外の人間も興味を引かれ、自然と囲む輪が大きくなる。

「ご厚意に感謝致します。けれどもう、わたくしは教師を必要としておりませんの。クラウディア嬢はまだまだ学ぶことが多そうですわね」

「トーマス伯爵夫人が重ねられた経験は、得たくても得られるものではありませんもの」

若輩者が、と言われて、年増が、と返す。

こうなってくると内容が幼稚だが、トーマス伯爵夫人にはまだ手があるようだった。

目が扇のように弧を描く。

「聞きましてよ、その経験を得るために、商売を持ち出したのですって?」

刺繍の会のことだ。

あの場にはパトリック夫人の勢力以外の招待客もいたので、話が伝わっていてもおかしくない。

「ご夫人たちの頬を札束で叩くようなマネをされたとか。これには王妃殿下もがっかりされたのではなくて?」

「話が歪曲して伝わっているようですわ。わたくしは企画を提案したに過ぎません」

「そうかしら? 結局のところ、財力にものを言わせたのでしょう?」

権力、財力、持っている力を使うのは責められることではない。

しかし、それには大義名分が必要だった。

貴族が大切にする「建前」というものである。

刺繍の会では十分示したが、トーマス伯爵夫人は争点にしない腹積もりだ。

(今一度、説明してもいいけれど)

会場には、それぞれ空気感がある。

刺繍の会で通用したことが、夜会でも通用するとは限らなかった。

そして空気感を作るという点では、主催者であるトーマス伯爵夫人に分があり、彼女もクラウディアを追い込むために余念がない。

この場で求められているのは、簡潔な受け答え。

長々と説明をはじめようものなら、空気が読めないとなじられるだろう。

「皆さん企画を進める意義に同意してくださったのです」

「お金になるからでしょう? 人の足下を見て提案するのは、さぞ気持ち良いのかしら?」

わたくしには商売なんて平民がするようなこと、わかりませんけれど、とトーマス伯爵夫人は嘲笑する。

少人数とはいえ商売を是とする貴族派も招待しておきながら、大胆なものだ。

(流れがあまり良くないわね)

劣勢というわけではないものの、トーマス伯爵夫人の貫禄を崩すには、まだまだ足りない。

間に合わせの答えで乗り切ることはできる。

クラウディアの姿勢は、十分周囲へ示せた。

(この辺りで満足すべきかしら)

事前にある程度のシミュレーションはしてきているけれど、現状どれもトーマス伯爵夫人の牙城を崩すには弱そうだ。

新たな案を考えたくても時間は有限で、しかも短い。

とりあえず場をもたせるために口を開こうとしたとき、予想外のところから声が上がった。

「クラウディア嬢は、未来を示してくださったのです」

「トーマス伯爵夫人も、その場におられたら提案を無下にできなかったはずですわ」

いつの間に集まっていたのだろう。

自分とトーマス伯爵夫人を囲む輪が大きくなっているのには気付いていた。

けれど視界に入らない背後、クラウディアのすぐ傍に、パトリック夫人の刺繍の会で出会った人たちが陣取っていたのは予想外だった。

真後ろから放たれた援護射撃に、トーマス伯爵夫人は遠目にはわからない程度に顔をしかめた。

「無遠慮ではなくて? わたくしはクラウディア嬢に訊いておりましてよ」

「自分の口からは言い出しにくいこともあると慮ったまでですわ。それに、わたしが受けた印象を、トーマス伯爵夫人にもぜひお伝えしたかったのです」