軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

30.悪役令嬢は夜会に出席する

再度修道院に現れた幽霊は気になるものの、クラウディアは立ち止まっていられなかった。

トーマス伯爵夫人主催の夜会が迫っていたからだ。

お妃教育を兼ねたパトリック夫人の集まりとは、趣が異なる。

トーマス伯爵家は、リンジー公爵家と正面から対立していた。

正式に婚約者になっても、この先、王太子妃になっても、彼らの態度は変わらないだろう。

最低限の礼儀すら守られないとなれば別だが、相手に責める理由を与えるほど、トーマス伯爵家は甘くない。

厄介なのは、彼らがバランサーを担っていることだった。

表立って対立することで、権力がリンジー公爵家へ一点集中するのを防いでいる。

王家からしてみれば、一貴族が王族以上の力を持つことだけは忌避したい。

王族派としてトーマス伯爵家の行動は、ある意味正しかった。

それはリンジー公爵家の視点でも成り立つ。

中立を維持したいリンジー公爵家としては、必要以上に権力を集めたくなかった。

その気がなくても、大きな力があれば謀反の嫌疑をかけられる。

貴族派がまとまりをなくし、ただでさえ社交界のパワーバランスを保つのが難しい現状を鑑みれば、わかりやすい構図は有り難いくらいだ。

王妃の生家であるサンセット侯爵家ともトーマス伯爵家が軋轢があるのを加えれば、ちょうど良い距離感でもある。

決して王族派対リンジー公爵家にはならないからだ。

かといってトーマス伯爵家からの非難を甘んじて受け入れられもしないのが、社交界だった。

「いよいよ本戦ね」

パトリック夫人からの招待同様、何も起こらないということはない。

シルヴェスターのエスコートで馬車を降りる。

夜にもかかわらず、トーマス伯爵家の屋敷は燦々と光を放っていた。

声を届けるため、すっとシルヴェスターが頭を近付ける。

「離れていても、ディアから目を逸らさないと誓おう」

君を見ないようにするほうが難しいかもしれないが、と次いで優しい笑みが降ってきた。

今夜はお互い婚約式を倣うように、シルヴェスターは前髪を上げ、クラウディアは髪を後ろでまとめている。

ドレスは穏やかな印象のスカイブルーで、アクセントに白があしらわれていた。

肩を出してはいるものの、七分袖なので肌色の割合は少なめだ。

季節柄、触れる風は冷たいが、それも屋敷へ入るまでのこと。

胸元で花を象ったダイヤのブローチが光る。

パートナーであるシルヴェスターも同じ色を用いているが、配色は真逆だった。

スカイブルーのシャツに白いジャケットを難なく着こなす姿は、清廉そのものだ。

(そしてうっかり近付いた瞬間、色香にノックアウトされるのよね)

はちみつを垂らしたような瞳と目が合って、慌てて視線を外す。

甘さに呑み込まれている場合ではない。

招待客を迎えるべく、エントランスにトーマス伯爵夫妻が立っていた。

「王太子殿下並びにリンジー公爵令嬢、ようこそおいでくださいました」

トーマス伯爵は先代と同じように、肩まであるブロンドをカールさせていた。

彼の本命がクラウディアではなく父親であるリンジー公爵なのは周知の事実である。

今もクラウディアを通し、父親を見ているようだった。

父親とは同じ時期に学園に通っている。

既に当主として辣腕を発揮して長い父親に対し、思うところがあるのかもしれない。

笑みを浮かべる夫人とは違い、厳しい表情を保ち続けた。

夫人は淡いエメラルドグリーンの髪を高く結い上げ、盛り髪にしている。

イブニングオレンジのドレスは半円形のネックラインを持ち、ケープのように肩から肘、背中をカバーするデザインは、ふくよかな体形に貫禄を見せ、優雅だった。

挨拶を終わらせた夫人は、ぱらりと扇を広げる。

視線がクラウディアの胸元を通っていった。

「最低限のマナーは心得えておられるようで、安心いたしました」

「間違いがなかったようで何よりですわ」

トーマス伯爵夫人の耳でダイヤのイヤリングが煌めく。

今夜の夜会では、ダイヤのアクセサリーがドレスコードとして指定されていた。

(わたくしの招待状には、価値のある石としか書かれていなかったけど)

わかりやすい嫌がらせだ。

言外に、頼れる夫人がいるか当てこすられてもいる。

だがこれぐらい情報を集めれば、すぐに対応できた。

自分以外の招待客から聞き出せばいいのだから。

最近動きのあったアクセサリーを宝石商に訊ねれば裏も取れる。

夫人も想定済みなのだろう、驚いた様子はない。

挨拶は終わったので夫妻の前から辞し、会場となる広間へ向かう。

「顔色一つ変えないのはふてぶてしいな」

「お互い様ですわ」

クラウディアだって何事もなかったように微笑んで見せた。

相手も今頃同じ感想を抱いているだろう。

廊下を進み、広間へ入るなり目に飛び込んできたのは、大きなシャンデリアだった。

ドレスコードに合わせてダイヤの装飾が施され、輝きに満ちている。

招待客のほとんどは王族派だが、貴族派の姿もあった。

権力、財力共に誇示したいため、規模を大きくしたことが窺える。

そんな中、王太子に泥を塗らない程度に、クラウディアを貶めようとしているのだ。

今夜の目標は、主催者であるトーマス伯爵夫人の嫌がらせに屈しないこと。

これはどちらかというと招待客へ向けたアピールだった。

トーマス伯爵家が夜会を通じて力を見せ付けるように、クラウディアも本人の強さを印象付ける。簡単に手出しできる相手ではないと。

伯爵夫人から一つでも言質を取れれば上出来だ。

「さて、しばらくは恒例の時間か」

シルヴェスターとクラウディアが会場に姿を現せば、あっという間に挨拶の列ができた。

早い段階で、ルイーゼの両親であるサヴィル侯爵夫妻と顔を合わせる。

「今のところ、何事もないようで安心致しました」

サヴィル侯爵夫人の笑顔に、ルイーゼの面影を見る。

だからといって気は抜けない。

彼らは彼らでクラウディアに貸しを作ることを虎視眈々と狙っていた。貴族とはそういうものだ。

友情を築いているのは娘のルイーゼであって、両親ではない、ということだった。

それでもクラウディアからしてみれば中立の存在だ。

硬派で有名なサヴィル侯爵家は、トーマス伯爵家ともサンセット侯爵家とも反目していない。大体いつも両家の間に入って宥める立場だった。

「サヴィル侯爵夫人のおかげで、気兼ねなく参加できておりますわ」

「そう言っていただけて嬉しいですわ。ドレスもよくお似合いになっていらっしゃいます」

夜会用のドレスをサヴィル侯爵夫人に見繕ってもらっていた。

婚約式で友好を示してもらっている手前、一切頼らない、というのも不義理なのだ。

決定的な借りにならない程度に頼り、恩義に報いるため、ルイーゼも交えて今夜着るドレスについて相談した。

それとなく周囲へにおわせれば、誰もがクラウディアのドレスを褒め称える。

侯爵夫人も悪い気はしない。

挨拶の列が消化されると、一旦男性と女性で分かれて輪ができる。

男同士、女同士だけで会話を楽しむ時間だ。

滞在時間が長い場合、終始パートナーと一緒にいることは少なかった。