軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

**.300話記念SS(第六章の時系列とは関係ありません)

人恋しくなる季節が近付いていた。

葉が全てなくなった落葉樹の枝が、寂しさに拍車をかける。

だからといって、率先して人肌を求めたことはなかった。

(これは不可抗力よ!)

クラウディアは言い訳したい気持ちでいっぱいになりながら、どうにか体勢を立て直す。

少しでも早く体を離そうと床に手を着き、膝立ちになった。

「ごめんなさい、ケガはないかしら?」

「はい……わたしは大丈夫です」

幸い、冬用の絨毯へ衣替えが終わっていたので、クラウディアと共に床へ倒れることになった侍女も無事だった。

ただ頬が赤く染まっているのを見て、申し訳なく思う。

(まさか人の胸に顔を着地させることになるなんて)

冬景色へと変わりつつある窓の外へ視線をやったのが悪かったのか、毛の長い絨毯に足を取られ、クラウディアは躓いてしまった。

そして偶然、傍にいた侍女を押し倒してしまったのである。

気付いたときには、侍女の胸の谷間に顔が埋まっていた。

慌てて体を起こしたものの、侍女は良い気がしないだろう。

謝りたいが、どう言葉にしたらいいものか。

悩むうちに自分の長い黒髪が床へ落ち、侍女の顔に影を作る。

「あの、わたし……クラウディア様なら……」

クラウディアが逡巡していると、先に侍女が口を開いた。

瞳は潤み、声にも熱が感じられる。

二人の間にある空気の密度が増していた。

そろり、と侍女がスカートの裾をたくし上げる。

何かを求めるように唇は薄く開いたままで、濡れた舌が覗く。

下げた視線の先で白い足が映るなり、考えるよりも早くクラウディアの中で警鐘が鳴り響いた。

傍から見れば、まだクラウディアが侍女を押し倒している状態だった。

「わたくしったら! 早く退くべきだったわね!」

ガバッと音を立てて、立ち上がる。

展開の早さに戸惑うものの、侍女に手を貸すのも忘れない。

「ケガがなくて何よりだわ。持ち場へ戻ってもらって大丈夫よ」

「あ……」

名残惜しそうな侍女を制し、退室を促す。

どうしてそういう発想に至ったか知りたい気持ちもあるが、結果的に押し倒してしまったのは事実なので、無理矢理自分を納得させた。

(侍女に手を出す主人がいないとは言えないけれど)

少なくともリンジー公爵家ではあり得ない。

(ヘレンがこの場にいたら、呆れられそうね)

ヘレンはお茶の用意をするため、席を外していた。

部屋に先ほどの侍女と二人きりだったのも、勘違いさせた要因かもしれない。

(だとしても侍女に手を出したことはないわよ?)

普段から同性への距離感が間違っているとは指摘されている。

そのせいなのかと思わなくもないけれど、腑に落ちなかった。

腕を組み、自分の所業を振り返っているところで、ヘレンがワゴンを押して入室する。

クラウディアはテーブル席へ腰を下ろし、カップが置かれるのを待った。

「お待たせいたしました。クラウディア様、何かありましたか?」

「えっ、な、何かって?」

「すぐそこで顔を真っ赤にして目を潤ませた侍女とすれ違いましたもので……」

「……」

ニッコリとヘレンは微笑んでいる。

何故かクラウディアは浮気を疑われている気分になった。

「ちょっとしたアクシデントがあっただけよ」

「なるほど、ちょっとした?」

ヘレンは微笑んでいる。

クラウディアは、その圧に屈し、今しがたあったことを説明した。

「はぁ、一度、侍女長に注意していただいたほうが良いですね」

「わ、わたくしって、それほど思わせぶりかしら?」

わざわざマーサにまで報告されること? と狼狽える。

亡き母親と乳兄弟であるマーサは、母親の存命中からクラウディアの教育係でもあった。

現在の関係性は悪くないけれど、彼女の叱責には苦手意識がある。

思わず眉尻を落とすクラウディアに、ヘレンは苦笑する。

「クラウディア様ではなくて、侍女のほうです。自分が求められていると勘違いするなんて、思い上がりも甚だしいでしょう」

まず自分が怒られるわけではないと知り、ほっとする。

次いで、侍女に対しても、そこまでのことだろうかと首を傾げた。

「今回はわたくしが押し倒す形になってしまったから……」

「偶然、ですよね? 意図的であるなら、話は別ですが」

確かに、展開の早さにはクラウディアも驚いた。

潔いにもほどがあるだろう。

「同性ゆえの距離の近さを勘違いしている節があります。これが男の使用人だったら、まずお体に触れたことに恐縮するはずです」

「言われてみれば、そうね」

もし今回の相手が男性だったら、頬を赤らめるどころか血の気を引かせて真っ青になっていたに違いない。

使用人から見た、クラウディアの立場はそういうものなのだ。

少しでも気分を害せば、自分の未来はない。

身体的な接触は、異性ほど過敏になる。普段から男の使用人は、自衛のためにクラウディアと距離を取っていた。

「どう考えても気が緩んでいます。今一度、自分の立場を見直させるべきです」

「わかったわ。この件については、ヘレンに任せるわね」

「はい、お任せください」

必要以上に恐れられるのも困るけれど、気の緩みは他の事故を誘発しかねない。

小さな積み重ねが大きな事故に繋がるのだ。

労働災害の場では、一件の重大事故の裏に、二十九件の軽傷事故、三百件の無傷事故があるという分析もある。無傷事故のうちに問題を解決しておくことが最善だった。

でも、とクラウディアはヘレンの袖を引く。

「ヘレンまで無用に気を引き締める必要はなくってよ?」

真面目なヘレンは、自分の態度も見直すだろうと思った。

ヘレンは今のままで良いのだと言い含める。

「わかりました。わたしは今のままで」

「ええ、お願いね。急に距離が出来たら拗ねるわよ」

「はい」

返事と共に、ふふっと笑いが漏れる。

下がった目尻を見て、クラウディアの頬も緩んだ。

(温かい)

たとえ肌が触れ合っていなくとも、好きな人と一緒にいるだけで心は温かくなるのだとクラウディアは実感した。