軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29.幽霊は生け贄を求める

古い石造りの壁が風を通す。

ひんやりとした隙間風に、机に向かっていた司祭は肩を震わせた。

もう夏の名残はどこにも見当たらず、長袖が手放せなくなっている。

慣れたものとはいえ、寒いものは寒い。

手がかじかんで動かなくなる前に寝ようと、ペンを置く。

今夜は特に冷える気がした。

「クリスティアン様は、まだおられるのだろうか」

恨みがあるのだろうとリンジー公爵家の屋敷を訪ねたのは記憶に新しい。

クラウディアのおかげで、生け贄になるという荒唐無稽な考えはもうないけれど。

心残りがあるなら、教えてくださいと祈る。

今では司祭のほうが、うんと年上になってしまった。

それでも優しい主人から受けた気遣いは忘れていない。

過去に囚われないよう言われても、これだけは胸に残しても許されるだろう。

古城が城として機能していたことを知る人間は、最早自分を残すのみ。

そんな自分も、老い先短い身である。

思い出として振り返る分には許してもらいたい。

本格的な冬が来る前には、転居する予定だ。

司祭の歳も考慮して、施工主が請け負ってくれた。

元の持ち主であるサンセット侯爵家にも伝えてある。

歴史に思い入れがあるパトリックは悲嘆していた。

けれど、これが今の世なのだ。

ベッドへ入り、眠りにつく。

窓は、闇を映すばかりだった。

誰の目にも、白い人影は映らない。

石造りの壁と擦れた風がヒュオオと存在を主張する。

外ではイタズラに枯れ葉が舞っていた。

そんな世界と隔絶された暗い、暗い、闇の底。

季節に似つかわしくない生温い空気が漂う場所に、それはいた。

緩慢な動きに合わせて、手から滴った血が放物線を描く。

――これではダメだ。

声にならない、掠れた音をこぼしながら、迷子のように彷徨っていた。

ふらふらと、同じ場所を行ったり来たり。

目だけが明確な意思を持って、答えを求めていた。

あぁ、どうして。

報われないのか。

どうして。

自分の、何がいけないのか。

ただ、後ろ指をさされず、生きたいだけだというのに。

握力を失った手から、ぼとり、と肉塊が落ちた。

「まだ、足りないのか」

答える声はない。

足が何かを踏みつけ、ぐにゃりとした感触が伝わってくる。

血だまりの中にある毛の塊を見た瞬間、肌が粟立った。

「まだ足りないのか、まだ……!」

視線の先に、頭があった。

光をなくした瞳があった。

迫り上がってきた胃液で、喉がイガイガする。

かきむしりたい衝動に駆られた。

いっそ、口に腕を突っ込みたい。

楽になりたかった。

平穏が欲しかった。

ただ安らぎの中で眠りたかった。

壁に立てかけてあったハンマーを手に取る。

「足りないと、言うのなら」

振り下ろし、転がっていた頭を潰す。

何度も、何度も。

ぐちゃぐちゃになるまで。

ただのゴミと化すまで。

「次を用意しよう」

本当はわかっていた。

動物では対価たり得ないと。

生け贄には、力に見合ったものが必要だと。

ぐだぐだと遠回りしていたのは、理性が邪魔をしたからだった。

けれど、もう悠長なことは言っていられない。

早く前へ進まなければならなかった。

――認められるために。

「大丈夫、次は上手くいく」

生け贄の目星は付けてあった。