作品タイトル不明
18.悪役令嬢は古城の血筋を知る
木漏れ日が、落ちた枯れ葉にフォーカスを当てる。
次いで風が吹き、赤みがかった黄色い葉は地上から巻き上げられた。
ヒラヒラと舞った先で、終着点を黒髪に求める。
「クラウディアさん、葉が」
「あら、ありがとうございます」
頭に着いた落ち葉を、先輩修道者が取ってくれる。
ヘレンと共に庭を掃いているところだった。
修道院の近くに林があるのもあって、掃除が終わる頃には、毎日小さな山が築かれた。
お妃教育、最終日。
二週間の滞在はあっという間に終わった。
初日以降、幽霊に惑わされることもなく、絵に描いたような平和な日々を過ごした。
今では目撃した白い人影も幻だったのではないかと思える。
最終日も特別なことはなく、帰る時間まで淡々と日常業務が続く。
「晴れて良かったわ」
箒を片手に空を仰ぐ。
空にかかる雲は白く、雨雲の気配はない。
ヘレンも空を見上げて、笑顔を見せる。
「帰りはドレスですからね。しっかりメイクアップさせていただきます」
滞在中、身支度は自分でするのが決まりで、修道者は化粧をしない。
久しぶりに侍女らしい働きができると、ヘレンはやる気に満ちていた。
ドレスといっても、どちらかといえばワンピースに近いシンプルなものだ。
(程々で良いのだけれど)
そう思っているのはクラウディアだけのようだった。
掃き掃除が終わったところで、サンセット侯爵家の馬車がやって来る。
援助物資の搬入かと思ったが、馬車は正面入り口で停まった。
馬車から現れたのは、パトリックだ。
本人が来ることもあるというのは本当だったらしい。
先輩修道者が司祭を呼びに行く。
その動きが視線を誘導したのか、パトリックの紫目と目が合った。
向こうもクラウディアに気付いたらしく、近付いて来る。
「ごきげんよう、パトリック様」
「ごきげんよう。リンジー公爵令嬢は、今日がお妃教育の最終日でしたか」
まさか小言でも言いに、狙ってきたのだろうか。
でもその割には夫人が同伴していなかった。
考えている間に、パトリックがクラウディアの全身を一瞥する。
「ふむ、やはり高貴な血筋は隠せるものではありませんな」
修道者として過ごしていても、手入れは怠っていない。修道院側の気遣いもある。
髪に関しては及第点だが、一般的な修道者に比べれば上等だろう。
「姿勢、指先の一つをとっても、気品に満ちておられる。リンジー公爵も鼻が高いでしょう」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
これは嫌みなのだろうか?
修道者になりきれていないと、指摘されているのか。
しかし紫の瞳に、嘲りは見られなかった。
クラウディアの返しにも満足げに頷いている。
内心戸惑っていたところで、司祭が正面入り口から現れた。
迎えに来たのにパトリックの姿が見えなくて、こちらもこちらで焦っていたようだ。
「パトリック様、お姿が見えなくて心配しましたよ」
「やぁ、司祭、お邪魔しているよ。クラウディア嬢を見かけたもので、挨拶をしていたんだ。この歳で迷子になることもあるまい」
それに勝手知ったる城だ、とパトリックは笑みを見せる。
相変わらず目の下にはクマがあったが、司祭と気心が知れているのは傍目にも伝わってきた。
「そうだ、よければクラウディア嬢を案内しよう。私ほど、この城を熟知している者はいないからね」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
「回廊は行ったかな?」
「司祭様にご案内いただきました」
「さすが司祭はわかっているね。あそこは城の象徴だ。では宝物庫はどうかな?」
まだ案内していないという司祭の答えで、目的地は決まった。
エスコートのため、パトリックが腕を差し出してきたので、クラウディアは軽く手をかけて並ぶ。
修道者ではなく貴族としての対応を求められているのを察し、ヘレンも侍女としてクラウディアの後ろに付いた。
正面入り口から入り、石畳の廊下を歩く。
「教会に寄付する際、調度品は全て取り払われてしまったが、この廊下にも赤い絨毯が敷かれていたそうだ。今では、その姿を知るのも司祭だけになってしまった」
「司祭様は修道院になる前の城もご存じなのですか?」
てっきり修道院になってから配属されたものと思っていた。
クラウディアの問いに司祭が答える。
「子どもの頃、城へ奉公に出ていたんですよ。ご縁が途切れ、修道者になったんですが、城が教会へ寄付されたことで、また結ばれましてね」
城が修道院として使われることが決まり、元いた修道院から転属になった。
「縁が深いことだ。城が司祭を手放さなかったのだろう」
「おかげでこうしてパトリック様と面識を得ることも叶いました。幼少の折、パトリック様が宝物庫によく忍び込んでおられたのも覚えておりますよ」
「忍び込んだとは人聞きが悪い。そもそも鍵もかけられていないではないか」
修道院になった時点で、宝物庫は名ばかりの場所になった。
それでもパトリックにとっては思い入れがあるらしい。
「行き先も告げずいなくなられて、何度肝を冷やしたことか。まだパトリック様は目星がついているだけ助かりましたが」
「そうだろう、妹のほうが手を焼いたはずだ」
王妃になった今でも行動的な人である。
どうやら子どもの頃からお転婆だったらしい。
(兄妹にとって、いい遊び場だったのね)
きっと勉強のために連れて来られていたのだろうけれど。
予想外のところで微笑ましい話を聞き、頬が緩む。
馬車から降りてきたところを見たときは警戒したものの、パトリックに他意はないようだった。
(劇場のときも、そうだったわ)
夫人の発言に同調していたものの、一度たりともクラウディアを蔑む様子は見られなかった。
夫人とは切り離して考えたほうがいいかもしれない。
廊下の先にある階段を降り、地下一階へ。
目の前にある廊下を進んだ先に宝物庫はあった。
場所は、ちょうど正面入り口の真下にあたる。
鍵がかかっていないどころか、ドアさえ開け放たれていた。
「地下は湿気がこもりやすいので、換気のために開けているんです」
「ほら、忍び込むという表現は正しくないだろう?」
「これはパトリック様のほうに軍配が上がりますわね」
司祭にしてみれば、子どもが勝手にいなくなるのが問題なのだろうけれど。
「子どもの頃は、広く感じたものだが……」
感慨深げにパトリックは宝物庫を見渡す。
所蔵品がなくなった物置は、がらんとしていた。
石造りの壁に床、天井を支える大きな柱以外には何もない。
ただ城壁塔と同じく、使われていなくとも掃除はされていた。換気のおかげでかび臭さもなく、静かな場所だった。