作品タイトル不明
19.悪役令嬢は修道院をあとにする
「ここには城の歴史が、この土地の歴史があるのだ」
そう言って、パトリックは石の壁を撫でる。
「建材には当時のものが使われている。他の部屋は痛んだところから改修されているが、宝物庫だけは建設当時から手を加えられていないのだ」
最初から頑丈さを求められたためだろう。
すぐに劣化するようでは、宝物庫として機能しない。
結果、今も当時の姿を保っている。
「クラウディア嬢も、我が家の大まかな歴史はご存じだろう」
「わたくしだけではなく、歴史を習う皆が知っておりますわ」
リンジー公爵家もだが、サンセット侯爵家も歴史の授業で登場する。
それだけ王都がある大陸の中心部を王家へ譲渡した功績は大きかった。
うむ、とパトリックが頷く。
「我がサンセット侯爵家は、爵位を賜る前からこの地を治めていた。そのときから、この城はずっとここにあったのだ」
ハーランド王国の王都がまだ港町にあった頃。
城の城壁塔は監視塔として機能し、この城は砦だった。
「領地にも、もちろん同じだけの歴史がある。だが領地外で、歴史が形として残っているのはここだけだ」
物言わぬ石の壁。
何も知らない者からしたら、古びた石壁だ。
「リンジー公爵家のご令嬢に、歴史を語るなど過ぎたことかもしれないが」
「いいえ、歴史に敬意を払われているお姿は、見習いたい限りですわ」
「やはり血筋ですな。理解が深くあらせられる。王太子は良き方を選ばれた。妹も安心していることでしょう」
「勿体なきお言葉です」
ここまでくると夫人との温度差が気になった。
最近、仲睦まじいと聞いているけれど、クラウディアに対する姿勢については話し合われていないのだろうか。
「お父君はどうしてあのような軽率な行動に出られたのか。だが後継には恵まれましたな。ご嫡男に爵位を継がれればリンジー公爵家も安泰でしょう」
暗に父親は認めていないと言われる。
不義に関してはクラウディアも同意見だ。しかしパトリックは、血筋に重きを置いている節がある。
「侯爵家は無理でも、せめて伯爵家の娘だったら良かったものを」
その一言が全てだった。
(相手の血筋さえ良ければ、不義も認めるのね)
政略結婚が主流の貴族社会。
悲しいかな、愛人を作るのは珍しい話ではなかった。
貴族の未亡人の後援者になることはステータスでもある。
だとしても。
子どもの立場では、受け入れられるものではなかった。
(きっとこの考えは、パトリック様には通じないのでしょうね)
血筋を重要視するのも、貴族にはよくあることだ。王族派は特にその傾向がある。
宝物庫を出たあと、パトリックはお祈りのため一人で広間へ向かった。
「よく宝物庫へ行く子どもではありましたが、昔からパトリック様は敬虔であらせられます。子どもにありがちですが、きまぐれな神による奇跡の話が大好きで、よくせがまれたものですよ」
パトリックについて語る司祭は、好々爺としていた。
教え子というより親戚の子どもに近い感覚なのかもしれない。
「お城に奉公へ出られていたということですが、分家が途絶えた理由もご存じですか?」
少し気になっていたことを訊ねる。
これだけ歴史があるのに、なぜ分家は途絶えてしまったのだろうか。
肖像画からも本家の血が色濃かった。
嫡男が生まれなくとも、家を存続させる方法はある。
クラウディアの質問に、司祭は眉尻を落とした。
「あれは悲しい出来事でした。子どもながらに、強くそう思ったのを覚えています」
先に嫡男が亡くなり、養子を取る間もなく、不幸が続いたという。
「あとから聞いた話によると、度重なる死に、本家からも分家からも人をやるのを躊躇われたとのことです」
そっと司祭が声音を潜める。
「ここだけの話ですが、呪われたのではないかという話も出るくらいで」
「えっ!?」
「疑念を呼ぶほど、相次いだ、ということです。不吉さが勝り、本家が断絶を選ばれたのだと聞いております」
「もしかして、その頃にも幽霊が?」
「いいえ、幽霊の話は聞きませんでした。呪いも不幸が続いたから、後付けられたものでしょう」
流行病以外で人が立て続けに亡くなったため、誰かが別のところに理由を求めたのだろうと司祭は話す。
「偶然に意味を見出したくなるのが人間ですから」
司祭の言うことは、もっともだった。
クラウディアも頷き、残りのお妃教育に専念する。
けれど。
呪いと幽霊。
この二つは本当に偶然の産物なのだろうか。
(火のないところに煙は立たない、とも言うわ)
喉に刺さった魚の骨のような不快さが、クラウディアを蝕み続けた。
◆◆◆◆◆◆
「ふう、完璧です!」
修道院へ入居したのも夜なら、退去するのも夜だった。
白を基調にしたAラインのドレスに、薄手のケープを羽織る。
髪は下ろして、化粧はナチュラルメイクに留めた。
夜会へ行くのではなく屋敷に帰るだけなので、必要最低限、といった形だ。
それでも品位が溢れるクラウディアの姿に、ヘレンは満面の笑みを浮かべていた。
「ヘレンも二週間、お疲れ様」
「わたしにとっては休暇のようなものでしたよ」
修道者として過ごすのがお妃教育の目的だったが、実際のところは配慮し尽くされていた。
手が荒れたり、力がいる作業は避けられ、クラウディアとヘレンは表面的なことだけを任された。
屋敷では侍女としてがっつり業務にあたっているヘレンにしてみれば、仕事とは呼べないくらいだ。
知り、覚えてくれていたらいい、と司祭は語った。
結局のところ、クラウディアに求められているのは肉体労働ではないのだ。
修道院だけで話は終わらない。
いかに苦なく、人々が生活できるか。
少しでも楽なほうへ導くことが望まれている。
忖度が全くないわけではないだろうけれど、決してはき違えてはダメだ。
適材適所、未来の王太子妃としてできることを考えろ、それがこの二週間のお妃教育の本質である。
「では、行きましょうか」
「はい!」
修道院を出るまでは、自分で荷物を運ぶ。
正面入り口へ着くと、司祭をはじめ先輩修道者たちが全員揃っていた。
司祭が一歩前へ出て頭を下げる。
「二週間、お疲れ様でした」
「こちらこそ、お世話になりました。司祭様、皆様から学んだことは決して忘れませんわ」
にっこりと優しく笑う司祭を見て、周囲へ視線を巡らす。
修道者たち全員の顔を確認したあと、改めてクラウディアは礼を告げた。
「今まで、ありがとうございました」
二週間、長いようで短い滞在だった。
それでも先輩修道者たちは目に涙を浮かべてくれた。
皆、いたって普通の人たち。
教会というカテゴリーに属しているだけで、中身は何ら変わらない。
ヘレンがクラウディアを馬車へ促すと、パチパチと手を叩く音が鳴り始めた。
拍手の輪が広がり、大きくなっていく。
馬車の窓から見たときには、司祭を含めて、全員が笑顔で大きな拍手を送ってくれていた。
温かい光景に目頭が熱くなる。
(わたくしに、できること)
どうして欲しいと言葉にはされなかった思い。
平和な日常の中で、託されたものをくみ取ってこそ、指導者になれるのだろう。
ヘレンが腰を落ち着かせたのを見て、馬車を出発させる。
「荷物を置いたら、フラワーベッドへ向かうわ」
「お休みになられないんですか?」
「十分、休んだでしょう?」
クラウディアの答えにヘレンが苦笑する。
慣れないことや、普段以上に力を使うこともあるにはあった。
けれど三日目以降からは目新しいこともなくなり、手持ち無沙汰になった。
修道院へ滞在するため、書類仕事をいくつか前倒しにしていたので、特にすることがなかったのだ。
いくつか連絡を取り付け、報告を受けるだけで修道院外の業務も終わってしまった。
おかげでクラウディアにとっても、のんびりと過ごせた二週間だった。