軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.第五章、完

王太子の婚約者としての初仕事は、新薬開発に携わる村の視察だった。

王家の馬車には、シルヴェスターとクラウディアの他に、トリスタンとキールの姿もある。

キールの同行に、シルヴェスターは不満を隠そうとしない。

ちなみにキールの助手は留守番だ。

ニナの侍従である同郷のダートンに見つかり、稽古を付けられている。

「キールも当事者ですから」

「だからといって同じ馬車に乗る必要はなかったのではないか? おかげで道中に整備しているはずの車輪が一つ壊れたぞ」

「け、経年変化で耐久が落ちていただけですわ」

フォローするもののクラウディアも自信はなかった。

「何事もなかったかのように対応できるのはさすがです! ぼくとしては同行させていただいて正解でした!」

一緒に乗っている相手が相手なので、キールは口調を改めている。

相変わらず物怖じしないのはさすがの胆力だ。

「己の不運を周囲の力でカバーしようとするな」

「むしろキールの体質を考えたら、それが正解なんじゃ? 婚約式でもヴァージルのおかげで助かったんでしょう?」

トリスタンの言葉に我が意を得たりとキールが手を叩く。

「さすが、殿下の側近! 頭の回転も速いですね!」

「え、そうかな?」

煽てられるまま頬を緩めるトリスタンは、幼馴染からの冷たい視線には気付かない。

キールは早くもトリスタンの懐に飛び込む術を学んだようだ。

シルヴェスターとの二人きりの時間を邪魔された形ではあるけれど、こうして賑やかなのもクラウディアは楽しかった。

護衛を引き連れての移動なので進みは遅い。

途中、一泊を挟みながら、クラウディアたちは件の村を再び訪れた。

「まるで違う村みたいだ」

馬車から降りたキールがぽつりとこぼす。

視界の端に映る森や、足下に広がる緑の絨毯、清冽さを感じる空気は変わらずだが、村の出で立ちは大きく変わっていた。

まず象徴的だった石造りの礼拝堂が跡形なく撤去され、広場になっている。

子どもたちが共同で生活していた家屋をはじめ、元々あった建物は全て、区画整理と共に一新されていた。

今目立つのは薬の研究、製造場所となっている木造の工場だ。

これからも人員は追加される予定なので、村というよりは工場を中心とした町になっていくだろう。

シルヴェスターとクラウディアが並び立つと、まずは王城から派遣されている行政官に出迎えられる。

いわば村長の代わりだが、薬の製造にまつわる秘匿性から、今後も新たに村長が就任することはない。

行政官の後ろに見覚えのある顔が立っているのを認め、自然と笑みが浮かんだ。

茶色いおさげの少女がいた。

緊張で顔を強張らせているものの、以前より溌剌として健康そうに見える。

待ち望んだ再会に心が弾む。

「アイラ、お久しぶりね。元気にしていた?」

「はい! く、クラウディア様も、えっと……」

「ふふ、慣れるまでは言葉遣いも前のままでいいわよ」

保護されたとはいえ、目まぐるしく変わる環境に落ち着かない日々を送っているはずだ。

その上、同じ被害者だと思っていた相手が、雲の上の人だったと知り驚いたに違いない。

貴族であるだけでなく、今や王太子殿下の婚約者なのだから。

親元からも離されているアイラに、これ以上の心理的負担をかけたくなかった。

「うん、ありがとう。作法も教わってはいるんだけど、まだまだ勉強不足で」

「不便はないかしら?」

「全然! 服も、食器も、全部新品なの! むしろ本当に使っていいのか心配になるくらい。お世話をしてくれる人も優しいし……怒ったら、ちょっと怖いけど、前の気味悪い村長に比べればマシよ」

現在、アイラをはじめ、子どもたちは派遣された保護官と共に暮らしている。

元々共同生活をしていたので、新たな時間割りができた以外は慣れたものらしい。

罪を犯したとは言いがたい大人たちは、薬や洗脳の影響が抜けるまで監視下に置かれ、子どもと自由に会うことは許されていない。

「ご両親と会えなくて寂しくはない?」

「んー、まだ小さい子で泣いちゃう子はいるけど、あたしはそんなに。月に一度は会えるし、前のパパとママに戻ったら、また一緒に暮らせるってわかってるしね」

アイラの表情から以前見た憂いが消えていることにほっとする。

こうして直接会う前から、保護官による報告書には目を通していた。

彼女の心を蝕んだ恐怖がまだ残っていることをクラウディアは知っているが、快方に向かっているのは確かだ。

近況を言い終え、キールと目が合ったアイラがにやりと笑う。

「キールは相変わらず運がないの?」

「まぁね!」

「胸を張って自慢することじゃなくない?」

「ぼくの運が悪いのは取り柄でもあるから!」

「その開き直り方は、素直にすごいわ」

思い切りの良さはキールの美点の一つだ。

運の悪さを逆手にとって探偵をするぐらいである。

「あたしもがんばろー」

「アイラは十分頑張っているわ」

「まだまだ覚えることが多いの。でもやれることが限りなくあるのが、楽しいし、嬉しいの」

以前の選択肢のなかった暮らしとは違う。

今は自分の意思で薬について学び、材料集めなど簡単な仕事を手伝っているという。

意欲的な姿が眩しく映ると同時に思う。

(アイラのことだから無意識のうちに察しているのでしょうね)

勘の良い子だ。

国から与えられるものが善意だけでないと、頭のどこかでわかっているのだろう。

手厚い保障は、薬に関わる者への口止め料でもあった。

他の村も新薬の製造拠点として一時的に国の直轄領となることが決まっていた。

次の世代からは領主との交渉になるが、他国への薬の漏洩を防ぐため、国の介入は続けられる。

彼女たちに与えられた自由は、また限られたものでしかない。

だというのに。

「ありがとう、ディーさん! 約束を守ってくれて、あたしの願いを叶えてくれて!」

アイラから弾けるような笑顔を向けられる。心が、大きく揺さぶられた。

涙が溢れそうになるのを耐える。

クラウディア一人で成し遂げられたことでは決してなかった。

「約束だもの。けれど、アイラたちの助けがなければ果たせなかったわ」

閉鎖的な村で腐ることなく、彼女は最後まで抗おうとしていた。

強い意志をアイラが持っていたからこそ、今に繋がっているのだ。

「わたくしのほうこそ、助けてくれてありがとう。あなたの権利が守られ続けるよう、わたくしも頑張るわ」

色んな選択が自由にできる未来をつくれるように。

婚約者として、クラウディアの立場は公のものとなった。

だからといって自動的に出来た人間になれるわけではない。

(事件に巻き込まれなければ、アイラの存在を知ることもなかったわ)

それは自分の未熟さの表れだった。

シルヴェスターが携わっていたから、滞りなく彼女を助けることができたのだ。

諦める気持ちはなくても、自分一人の力ではどこまでできたかわからない。

(このままではいけないわ)

ナイジェル枢機卿に関係なく、国が抱える問題は多い。

一つ解決できたからといって、終わりではないのだ。

見上げた先には、雲一つない青空が広がっていた。

清涼な空気で肺を満たす。

(王太子妃になるの)

責任は今まで以上に重くなり、間違いは許されない。

けれどのしかかる重圧は、ようやくシルヴェスターと並び立てた証しでもあった。

隣にある、温かい黄金の瞳を見上げる。

姿は国王に似ているものの、王妃の面影もシルヴェスターは携えていた。

(いつかは同じ場所に立つのよ)

国母と呼ばれるその人と。

立場と共に、手にする力も大きくなる。

力は使い方次第で助けにも、苦しみにもなった。

掲げる目標は変わらない。

ただ以前にも増して気持ちが強くなっていた。

(アイラのような境遇が生まれない社会をつくる)

王妃アレステアは、クラウディアにとって憧れの人でもあった。

だからこそ、思う。

自分は彼女にはなれないと。

ならば、せめて。

手にした力で弱者を救済できる人になるのだ。

王太子妃として、王妃として。

決意を胸に誓ったとき、離れた場所からべしゃっと水が落ちる音が聞こえた。

「ぼくはなんて運が悪いんだ!」

濡れそぼったキールを見て、アイラが声を上げて笑う。

(彼女の笑顔を忘れないようにしましょう)

守るため、新たな犠牲を出さないために。

ここが起点になるのだ。